1プレイ目
「なんだこれ」
「どうなってるんだよ」
「え、街は何処…」
βテストで評判の良かったVRMMOの正式リリース日、ログイン先では多くのプレイヤーたちが戸惑い、怒っていた。
椛も「あれ?」と困惑しながら見回す。
そこは荒野だった。
ぽつぽつとテントが建てられ、土木工事中と思しきNPCがあちこちにいるものの、ほぼ何もない。
チュートリアルが発生する様子もないので、周囲を見ながら近くのテントに行って尋ねてみた。
「こんにちは。まずは冒険者組合に登録してみよう、とか言われたんだけど」
「こんにちは。こちらで受け付けてますよ」
そのテントにはNPCが3人いたが、椛に応じたのは1番若く見える青年だった。テント前に置いてある安っぽい長テーブルが受け付けのようだ。
「ここが冒険者組合?」
「建設予定地です。特別出張所なので出来ることは限られてしまいますが」
そう答えながらも青年はちゃちゃっと登録手続きを完了させて、身分証代わりになるカードと薄い冊子を差し出してきた。
冒険者の心得という組合の規定などが書かれたものだった。
「ところで、何の説明もなく荒野に放り出されたんだけど、ここ何処?アンセムって街から始まると思ってた」
「え?聞いてないんですか?」
椛がむしろ本題という気分で話を振ると、青年は驚いてから右往左往しているプレイヤー集団のほうを眺めて、納得した様子で答えた。
「ここはあなたたち移住者のための街として我が国が提供した土地です。公共施設は国が用意しますが、それ以外はご自分達で街造りをして下さいという話ですよ」
「まさかの街造り…!?」
このゲームのジャンルは『異世界生活シミュレーション』と謳われていたが、β版の感想からはよくあるRPGというイメージが強かった。広大なオープンワールドのフィールドを冒険者になって駆け巡り、各地に存在するダンジョンを攻略してレベルを上げていく。もしくは生産職になって様々なアイテムを作っていく。
でも街造りは聞いてない。
いやシミュレーションだから間違ってはいないのか。
椛はしばし悩んでから、丸投げすることにした。
きっと生産職の人たちがやってくれるさ。
「そうだ。地図はどこで手に入るものなの?」
「こちらでもマップのデータは配布してますよ」
自発的に求めないと貰えないようだが、メニュー画面にマップの項目が増えた。確認できるのは1番倍率の低い自分の周辺マップと、大陸のシルエットのみの2種類だ。
「えーと、この大陸南西部のカナーラントって国の、南端近くのゼロイス?ってのが現在地だよね」
「そうです。ここから北に向かうとアンセムの街がありますよ」
β版のスタート地点がアンセムだったらしいので、位置的にはさほど離れていないようだ。
ちなみにカナーラント王国は王政国家で、ゼロイスの街には国が任命した領主(貴族)がいるらしい。今のところ名前だけで、現地に来る予定は全くなさそうだ。
ちなみのちなみに、プレイヤーたちは異世界からの移住者という設定になっている。名称が住み着く前提なんだなと、椛は今さら気がついた。街だって造られて当然だったかもしれない。
「街…住み着く…つまり土地を買って家を建てろってこと…?」
「それは役所の管轄ですね」
役所(仮設テント)の場所を教えてもらったので、後で説明を聞きに行くことにした。
組合の近くには武器屋や道具屋などの最低限の店があるというので、そちらをチェックしておきたい。
あとは自発的に行動できないタイプのプレイヤーの集団に、組合のことくらいは伝えておこうと思ったのだ。
あんな所でたむろって文句を喚いていても周囲に迷惑なだけである。
声が大きいので、だいぶ耳障りだった。
VRMMO『リアース オンライン』
というのが椛が今日から始めたゲームのタイトルだ。異世界リアースがゲームの舞台だからと、シンプルに名付けたらしい。
没入型VRが一般に販売され始めて、すでに半世紀が過ぎている。それ以前のデスクトップ型のオンラインゲームも星の数ほど存在するだろうに、よくそんな捻りのないタイトルが許されたものだ。
開発者インタビューで「最初は『Re:アース』って名前で地球によく似た異世界とか地球の裏世界って設定だったんだけど、こねくり回してるうちに変わっちゃって名称だけ残っちゃって」と暴露していたので、タイトルに意味がないのに。
椛としては中身が面白ければタイトルは気にしないが。
「あそこで冒険者組合に登録できるよ」と一言だけ告げて、大行列が形成されて行くのを横目に、椛は武器屋と道具屋のテントにやって来た。
武器屋には初期装備各種しか売っていなかったが、道具屋のほうは尋ねてみないと正しい使い方がわからないアイテムもあった。
このゲームでは敵のことをモンスターではなく魔物と呼ぶらしいが、罠が売っているのに魔物に使う訳ではないという。
「これはね、魔物じゃなくて野生の動物を捕まえるための罠だよ。魔物は可食部位をドロップする種類もいるけど、このあたりだと鹿とか猪を捕まえないとお肉が手に入らないからね。あ、ウサギの魔物はたくさんいるけど食べられるのは罠で捕まえた動物だけだよ」
「狩らないと食べれないものなの、お肉って」
「そりゃあ店もないし」
あ、携帯食なら在庫があるよ、美味しくないけど、と道具屋NPCが商品を勧めて来る。
全プレイヤーのアイテムポーチに最初から10個はいっているアイテムだ。満腹度システムがあるため、料理スキルを持っていないならこれを買うか料理人プレイヤーに頼むしかなさそうである。
そして頼むにしても肉は狩って来い、と。
「他の食材は売ってるの?」
「料理できるの?塩ならあるよ」
「サブ職は薬師にしたからなー」
戦闘職と生産職があり、メインとサブで1つずつ設定できる。戦闘職をふたつ、もしくは生産職をふたつという設定は不可能だが、サブ職のステータスは上乗せされるので、未設定のままにするのはただの縛りプレイである。
とはいえ職を設定していると補正がかかるだけなので、料理人ではなくても料理スキルは獲得可能だし、デメリットもとくにない。
ただ椛は料理をする気がないだけだ。
道具屋は余計な追求はせずに、薬師なら初級調薬セットがあるよと他の商品を出して来た
それは椛も初期投資と思って購入したものだ。
冒険者組合の登録の行列は、3人のNPCが受け付けているようで目に見えて進み、だいぶプレイヤーが少なくなっている。
とはいえ今さらスタートダッシュもないだろうに、荒野の向こうに見える森へ駆けて行く者が大半だった。
何をしたら良いのか分からないなりに、とりあえずレベル上げだと真のスタダを切った連中も多かったんじゃないのかなと椛は思う。
椛は混雑を避けて、少し遅れてログインしたほうだが。
組合のテントから北に歩いて行くと、こちらにもプレイヤー集団がたむろしていた。
遠目にも見えていたので驚いた訳ではないが、中央にキラキラしたモニュメントがあり、ログインとはまた違うエフェクトでプレイヤーが出現したので足を止める。
椛はちょっと眺めて、現れたばかりのプレイヤーが口汚く罵る様子にすぐに理解した。
魔物に負けてリスポーンしたのだろう。
確かβ版では神殿にある転移門がその役割を果たしていたという話なので、ここにはテントもNPCも見当たらないが、神殿建設予定地のようだ。
街(建設予定地)のほぼ中心地だ。
公共施設は国が用意すると言っていたし、街のおおまかな形は決まっているのだろう。
良く観察してみれば、土木工事中のNPCたちが作っているのは道や街を囲む壁のようだ。
この荒野がどんな街になるのか、椛はようやく楽しみになって来たのだった。
書いてる人はVRジャンルを読みあさっているものの、MMOはプレイしたことがありません。
でもRPGなどのゲームは好きでそこそこ遊んでます。なので思考がオフゲ仕様のため、おかしなところがあるかもしれません。
ゲームは好きだけどステータス画面はほぼ見ない人なので、作中に登場する予定はありません。
だって殴ってみればHPゲージの削れ具合でだいたいわかるじゃない…(脳筋)