209プレイ目 アンセム
思ったより早く地の魔神と契約した椛は、アンセムの街にやって来ていた。
次の風の魔神が西の大陸にいるので通り道だからでもあるが、ちょっと確認したいことを思いついたのだ。
しかしアンセムはレベル上げをするための素材集めをしている連中で賑わっていた。
攻略組は1足先にどこかのダンジョンへ旅立ったらしいが、主どん装備は替えが利かない性能なので追っかけ連中が文句をたらたら垂れ流しながら集めているらしい。
良く見るいけ好かない連中に似た雰囲気だが、ちょっと種類が違うらしい。区別がつかないけど。
それはともかく、椛の目的は暗黒街である。
アンセムの街の暗黒街は入ったことがなかったので、通行証代わりの『暗黒街の掟』を買って中に入った。
ここは地下ではなく街の隅の下町の奥なので、街壁で光があまり差さなくて薄暗いとは言っても、充分開放的で明るい。
溶岩洞とか鍾乳洞を攻略していたせいか、空が見えるとほっとする。
それはそれとして、暗黒街には奥の奥にボスより怖い暗殺者組合と邪神教団が巣食っている。
暗黒街の掟にも書いてあるくらいだ。
「マジであった…」
まさかなあ、と思っていたかったのだが予想通りの物があった。
邪神教団はあると分かっていたが、邪神の像まで全ての街に配備する必要があったのだろうか。
今回は正面から入らずに、こそこそと侵入してスニークミッション気分だったが、隠し部屋に出入りする邪教徒がいたのですぐに分かった。
邪神の像に祈りでも捧げているのか、隠し部屋に出入りする黒ローブは多いのだ。
黒いモヤモヤは薄いのだが、間違いなく邪神の像だった。
アンセムで確認したのは、もちろん聖女様が呼べるからだ。
でも予想が外れてくれたほうが良かったと思う椛だった。
聖女様に報告すると、顔を強張らせて聞いてからうなづいた。
「まずは壊してしまいましょう」
「聖女様が動かれてはすぐに教団が気付きます!」
「薄いのなら我々聖法士だけで祓えるかもしれません。祓いきれなかったらお頼み申し上げますから」
「祓ってからの破壊でも間に合うと思いますから!」
しかし聖女様より神官たちの反応が予想外だった。全力で止めている。
王都カナリアのイベントは簡単に呼べたから勘違いしたのかもしれないが、あれは特殊だったのだ。
殺生石の時も、目の前にヤバい物があって、聖女様以外の者に対処できなかったから動けただけなのだろう。
試しに王太子のことを聞いたら、イベント時空の話は通じなかった。王太子は王都にいる設定のままらしい。
そのあたりの設定は検証クランが解明してくれるだろう。そのうち。
「えっと、マップで示すと場所はここで、暗黒街の入口がこっちなので…神官様たちも充分目立つというか…」
「そ、そうですけど」
「変装、変装すれば…!」
暗黒街の入口は1ヶ所だけだが、他は建物などの配置や何やらで入り込めないようにふさがれている。たとえ穴があっても見張りがうろついているはずだ。
椛は正規の入口以外から入ろうと思わなかったので、忍び込めるのかなと今さら検討してしまった。別のイベントが始まりそうである。
余計なイベントを始めている場合ではないので、マップを見て、神官たちを眺める。
邪神教団の隠れ家は暗黒街の奥、1番近付きにくい場所にある。
南の街壁と東の街壁の交差する角地である。
「壁の上からロープで降りる、とか?」
「それならわたくしが」
「聖女様はおやめ下さい!」
「わ、我々が、我々…!」
「壁の上…!」
高所恐怖症ではない者でも恐ろしい高さだろう。4、5階ある学校の屋上くらいの高さがあるのだ。神官たちが尻込みするのも当然である。
「勇者様も立場があるから動けない、みたいなこと言ってたし…」
「わたくし1人でも対処できるのに、巻き込めませんよ」
「聖女様お1人で行っては駄目ですよ!?」
「何か、何か手があるはずですから!」
「わたくしなら浮遊魔法が使えるから、安全に降りられます」
浮遊魔法とはふわりと浮くだけの魔法らしいが、高いところから飛び降りてもふわふわと落下するので安全なのだそうだ。
ただし強風だと吹っ飛ばされるらしい。
椛は思いついてぽよぽよぬいぐるみを取り出す。イベントの限定アイテムで、ぬいぐるみなのにふわふわと浮かんでいた。
「こんな感じですか」
「そうよ」
高く浮けるわけではないので、高いところから落とすとふわふわと落下する。
それだけの魔法だが、場合によっては便利そうだった。
「ところで、聖女様…たいていの街に暗黒街があって、邪神教団の隠れ家があるわけで…調べてみないと分からないものの、全てに邪神の像があったら、どうしたら…」
「…そう、ね。全てでなくても、わたくしが行けない場所ばかりね…」
「対処法を考える必要がありますね」
「聖女様に頼れない場合の対処法を我々も実践しましょう!」
だから聖女様は神殿で大人しくしていてー!という神官たちの心の声が聞こえて来そうだった。
結局、良い案が出なかったので、神官たちが変装して暗黒街に入ることになった。
入口で椛が「ちょいと訳ありでね」「探し物があるとかで護衛を頼まれたのさ」などと適当な設定を語り、ゴロツキたちから人数分の『暗黒街の掟』を買って配った。
相手は金さえ持っていれば客だと思っているらしいので、特に追求はして来なかった。
神官たちはお忍び中の貴族か商人に見える服装に、顔を隠せるフード付きの暗色のローブ姿だ。
いつも白い神官服姿なので、だいぶ印象が変わっている。
一応は探し物をする素振りで怪しい屋台を覗いたり、オークションの出品リストを確認しながら奥に進んだ。
神官たちは「こんなものが…!」「これ絶対に偽物ですよ!」とか言っていたが、騙されない客だって多いので、店主や周囲の客たちも(カモかと思ったのに、けっこうしっかりしてやがる)と残念そうに見ていただけだ。
ちなみに神官たちがもっとも怒っていたのは、アンセム特有なのか良く置いてある聖女様のサイン色紙だった。
椛もこんな物を買うやつがいるのかなと思ったが、それだけ聖女様が人気ということだ。
聖女様ファンが暗黒街なんかに出入りするかなとも思ったが。
そんな調子で探し物をする客の振りで奥に進み、邪神教団の隠れ家の近くの入口付近より怪しさが増している露天が並ぶところで一旦、神官たちに待っていてもらうことにした。
「ちょっと様子を見て来ます」
椛1人なら祓えないし、邪神の像も壊せない。だから邪教徒たちは邪神の像を起動させないのだと思う。
しかし神官たちに祓われるくらいなら、と起動する可能性がある。
それは避けたいので、ここで椛が邪教徒たちを片付ける計画だった。
ここの邪教徒たちのレベルが分からないので、1人で倒せるか試してみないと分からない。
「という訳で行くよ、天狐」
「妾なら呪われても良いと思っておらんかにゃ?」
「あんたと魔神たちは呪いに強そうというか、もともと邪悪よりに見えるというか…」
天狐が不満を口にしたが、焼き芋1本で笑顔になった。追加報酬を奢る約束もしてやったので、やる気に満ちていた。
「ふはははは!《七つの災厄》九尾の妖狐が《七つの災厄》最弱の名を返上しに参上!」
「毎回毎回テキトーなことを言わんと気が済まないのかにゃ!?」
「妖狐にゃんのネームバリューが強すぎてつい」
神殿や聖女様の仲間が《七つの災厄》を名乗るとは邪教徒どもも思うまい。
というノリで殴り込みをかけた。
王都カナリアの邪教徒たちと同じくらいの強さだったので、すぐに制圧できたものだ。
「…妖狐にゃん、いらなかったな」
「妾の名前を散々利用しておいて言うことがそれかにゃ!?」
「そうだった。アンセムの美味しいアップルパイなら奢るからさ」
王都よりアンセムの美味しいもの情報に詳しい椛は、そう言っておいた。アップルパイは椛のつけたランキングではベスト5に入る美味しさだ。
お値段もリーズナブルだし。
それから神官たちを呼んで、黒いモヤ──邪気を祓ってもらった。聖法士でも祓える濃度だったと、神官たちも安堵していたものだ。
「ここまでの道程でも呪いは感じませんでしたから、影響は出ていないはずです」
「あとはこれをどなたかに破壊していただきたいですね」
「そこも考えなくてはなりませんね」
ここだけではなく、他の街での対処もある。
壊せないなら定期的に祓うしかないだろうが、邪神教団だって祓われるくらいなら場所を移すだろう。
これはプレイヤーが破壊するための武器を入手する流れになるのかな、とは思ったが椛はすでに別ルートで入手済みだ。
検証クランに任せるしかない。
面倒だから押し付けるのではなく、椛には調べようがないのだ!という大義名分を掲げておくことにしたのだった。




