166プレイ目 アンセム
「これが、品質10のケーキです!」
「まあ…!」
椛が出したストロベリーのケーキに、聖女様も神官たちも目を丸くして見つめている。
ハムスターと契約できたことで王都ヴィスタに拠点を戻した料理人プレイヤーたちの店で買って来たケーキだ。クリスマスケーキとは別である。
お土産にしたいと言って多めに買わせてもらった。
「でも神官様たちにはクッキー1枚ずつになっちゃうかなって」
「そちらのクッキーも品質10なのね。すごいわね」
アンセムの街に戻って来た椛はまず神殿に新年のあいさつに来ていた。手土産がケーキとクッキーだ。
「ハトロワにいる移住者たちも品質10になってるらしいですよ。噂だと」
「聞いてはいたけど、移住者はわたくしたちと違うのねえ」
そこはゲームの設定なので、あまり深く語ることはない。何故と聞かれても仕様ですとしか言えないから。
今年もよろしくお願いしますと言ってお菓子を渡した。
「そうだ。うちのクランのマスターが、ヤマト国に行って侍になりたいって言って面倒くさい人になっちゃってて…何か助言を求めたい気分…」
「そういえばシラベさんも東の海の怪物の話をしてたわね。そんなにヤマト国に行きたいの?」
「わたしは黄金のさつま芋を探しに行きたいだけ…あ、召喚獣用のカタナも見たい」
「カタナは新調する前に匠に相談しないと拗ねてしまうわよ」
椛はカタナを作ってもらえるのは初回だけだと信じていたが、『神の匠』に気に入られると次のチャンスが生まれるらしい。
ちなみに気に入られているのは玄幽だ。
「レベルは上げてないので、性能が物足りなくなったら相談してみます…」
「レベル上げが行き詰まっているのかしら」
「いえ、装備を整えるために素材集めを優先してただけですよ。属性耐性とか物理攻撃軽減とか」
「順調なら良かったわ」
さすがレベル99の聖女様である。
でも聖女様の助言は凡人にはきっと不可能な奴だから、聞かないほうが良い気がした。
「でもヤマト国ね…トシュメッツ国が安定しないと無理じゃないかしら」
「ですよねー」
いろいろ考えてクラメンや検証クランとも相談して、可能性は検討したのだ。
結論は聖女様が言ったのと同じだった。
でも九尾の妖狐戦の前に解禁するのは不可能だった。
本人が「囮に使う船がもったいないにゃ!そんな金出さないにゃ!」と証言していたので。
他も一通りあいさつ回りをして、椛はパン屋の前にいた。時計を見ていて唐突に、なんの脈絡もなく思い出したから。
「クロワッサンが焼き上がる時間!」
「ガア!?」
『神の匠』のところへ連れて行って召喚したままにしていた玄幽が驚き、そして椛の腕を引っ張った。道を覚えていたらしく、迷うことなくパン屋の前に着いたものだ。
パン屋さんに「あと、20分くらい待ってね」と言われたところである。
「すごいね、玄幽。マップが見れるの?」
「ガウ?」
何言ってんだお前、という顔をされた。
ただ記憶力が良いだけらしい。
そういえば物覚えも良かったと玄幽を見る。
…椛より頭が良い可能性とか考えると泣きそうなので、気付かなかったことにした。
10分ほど待つと他の客たちも店の前に現われて列が出来ていく。今日も人気店だった。
客たちと世間話をしているうちにさらに10分がすぎて、玄幽は外に待たせて店に入る。人気のクロワッサンは上限の10個買って、他のパンも気になる物を何種類か選んだ。
ぶどうパンやくるみパンと同じノリで朽梨パンもあった。流通量が増えたのか安定して来たようだ。
「前からあったっけ、ぶどうパン」
「干しぶどうが最近手に入るようになったのよ。ワイン用のぶどうじゃないらしいけど酸味が程よくて味が濃いの」
「ほうほう」
めっちゃ酸っぱい山ぶどうを思い出した。
椛のレンタル畑には植えていないが、苗は渡したからどこかで増えたのだろう。
購入して店を出る。
玄幽がクロワッサンを狙うが、まずはぶどうパンを渡した。
「…おお、美味しい」
「ガウ」
玄幽も気にいったようだ。でもクロワッサンも諦めてくれなかったので渡してやった。
へえ、あのめっちゃ酸っぱかったアイツがねえ、とおばちゃんみたいなことを思う。そろそろアラサーとも言えなくなるので、ただの三十路のおばちゃんと名乗らねばならないのだろうか。
メニュー画面を呼び出して見る。
アバターの年齢設定は17歳のままだった。
移住者は年を取らないらしい。
住民はどうなのか、聞いて大丈夫なのか、ちょっと分からなかった。
椛が古本屋に行くと言うと玄幽は「じゃあ帰る」という反応だったので、送還して別の召喚獣を呼んだ。
出て来るなり「行って来るぜ」とゼスチャーを決めて、星影は旅立った。
忍者星影の探し求めるものとは一体…椛もいまだに分からない。
何か拾って来るかな程度の気持ちだったので、星影は放って古本屋に向かう。
趣味のトンデモ本も探しているが、双剣の奥義書の話を聞いた覚えがあった。買えるとは思わないが、値段くらいは確認しておきたい。
この辺りを歩くの何度目だったかな、と思いながらのんびり歩く。人の姿はなくても、どこからか話し声が聞こえたり子供たちのはしゃぐ声も聞こえる。
しろいネズミだー!と言っている気がするが、たぶん他のネズミだ。
忍者はハムスターだし。忍者だし。
あいつが探してるの遊び相手なんじゃ…とか疑うものではない。霧影を見つけた時も友達できた!と言ってたなんて、そんな。
疑惑に囚われているうちに古本屋に到着した。覗けば本の壁だが、奥にいる老店主は元気そうだ。
「こんにちは。これお土産」
「おお、おお!?」
生返事をした店主はクッキーの入った小袋を見て、鑑定したのか慄いていた。
袋は原材料不明だがビニール袋そっくりな透明な物で、中身がひと目で分かる。鑑定しても袋ではなく中身が鑑定できる便利仕様だ。
「予告くらいしろ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「じゃあ焼き立てクロワッサンもつけよう」
人気のクロワッサンを2個つけた。これは好物だったのか、ホクホク顔で受け取っていた。
なかなかのレア表情だ。
「双剣の奥義書はある?」
「何冊かあるが、1番安くても百万は下らないぞ」
「…だよねー」
もっと稼げるようにならないと手が出ない設定なのだろう。いつ買える日が来るのか不明だ。
「じゃあトンデモ本を確認して、他はおすすめある?」
「そうだな。北の秘境に関する研究書はどうだ?余計な物を発見したとか噂を聞いたぞ」
「わたしが見つけたのは枇杷だけですが!?」
それは秘境ハンターの成果だが、内容は気になるので買うことにした。
真面目な研究書らしいが、古文書や伝承をヒントに秘境内にありそうな遺跡について書いてあるそうだ。
秘境ハンターにあげたら喜びそう。
トンデモ本コーナーで所持品と見比べながら数冊抜き出し、調薬のレシピ本もちょっと悩んで買っておいた。
店主にあいさつをして店を出る。
「…帰って来ないな、あいつ」
けっこう時間が経ったはずだ。
やはり子供たちと遊んでいるだけなのでは…
仕方なく引き返しながら霧影を召喚した。
「星影が帰って来ない…子供たちと遊んでる気がする…」
霧影はギクッと黒いモヤモヤの身体を震わせて、そんなことないよとふるふると弁護している気がする。
黒いモヤモヤの感情は椛には読めない。ただの被害妄想だ。
「霧影は良い子なのにね」
椛は霧影を褒めたつもりだった。
なのに何故か霧影が椛の影に入り込んで出て来なくなった。
チーム忍者は扱いが難しかった。
□霧影は「褒められた!恥ずかしい!」と照れているだけなので大丈夫です
□前のほうの話の中でクロワッサンはお一人様5個まで、と書いてあったのを見つけて「あ…!」となりましたが、パン屋さんが玄幽を指して「でも2人分必要でしょ?」と言ってくれた──というエピソードを追加してもいいかな…いいよね…(本筋にまったく関係ないし)




