156プレイ目 グルタからレイル
気が進まなかったが、椛はトシュメッツ国の港街グルタに戻って来た。
転移門の近くで出待ちしている者はいなかったので、少しホッとした。
ここにいるクランのメンバーにチャットを送ると、ほとんど街の外のダンジョン攻略中だったが、頼闇はイベントの情報収集をしているそうだ。
居場所を聞いて合流した。神殿前広場の近くの喫茶店だ。
「何か分かった?」
「東の海の怪物の話くらいね。西と同じで漁師が見たらしいから、漁船で行けば発見できるかもしれないわ」
「発見しても、首相がアレじゃなあ」
「そこなのよねえ」
発見だけしておいても、襲って来ないボスなら放っておける。だが必ずしも大人しくしている保証はなかった。
話ながら届いた紅茶と焼き菓子を摘む。特筆するほどではないが、一等地に建つ店にハズレはなかった。
「たぶん、わたしが持ち出した物を狙って来ると思うけど、どうだろう」
「届けて来たのでしょう?」
「ちゃんと配達して来たよ」
どこに、誰にとは言わずに話す。
プレイヤーたちが聞き耳を立てているし、NPCに聞かれても面倒くさい話題なのだ。
だから戻りたくなかったのだ。
「いるとしたらメルツのほうだよね。向こうに行く?」
「どうしようかしら」
「どっちでも良いけど」
一度は来て転移門を登録したかったし、こちらに来たのは良いのだ。メルツだと転移プレートも使えない可能性があったから。
メルツの支配者と思われる存在のところにアレを持ち込むのは、かなりのアホだけだろう。
「ヴィスタは報告したって?」
「そこはすんなり話が通ったみたいね。上でどんな対応をするのか不明だけど」
「帝都は?」
「駆け回っていた連中が今度こそってフライングして、騎士団からも相手にされなかったんですって!」
「きっとまた話が通じない判定だね」
会話する努力をするところから始めたらどうだろう。
会ってないけど、そう思う。
「台本を用意しないと駄目かしら」
「読み上げるだけで、アドリブで質問に答えられる気がしないなあ。もう書き出した紙を渡したほうが早そう」
「ありえるわあ」
「ランスロット様のファンたちに、ランスロット様の目に入るかも!って言えばそこらの騎士に渡してくれそう」
そのほうがマシな気がする。
頼闇も「そういうプレイヤーは帝都にけっこういるわね」と検討していたものだ。
そして椛たちが実際に動かなくても、こそこそ聞き耳を立てている連中が動くだろう。
他人の案を掠め取っても恥ずかしくないらしいから。
椛がスイートポテトを出して食べてもいいかな、と店の人に失礼なことを考えていると、店の外が騒がしくなった。
プレイヤーたちも何か情報を得たのか「うそ」「まさか」「なんで!?」と悲鳴混じりの声を上げて立ち上がる。
頼闇が「どういうこと!?」と困惑した様子なので尋ねようとしたが、その前に原因が店内に入って来た。
「やあ、椛。捕まえに来たよ」
「何故!?わたしは無実です!」
「トシュメッツ国が指名手配したからね。国外にも協力要請して来たんだよ」
白銀の煌めく鎧姿のイケメンが、いつもの本心を悟らせない完璧スマイルで言った。
「ちょうど椛の居場所を知っているという移住者から現在地が聞けたから、逃げられる前に確保しようと思ったんだ。報告している間に逃げられたら困るだろう?」
「同胞に売られたー!わたしは無実だー!」
「緊急措置として、我が帝国で身柄を預かる」
ランスロットの話は「敵であるトシュメッツ国には渡さないよ」という意味だろう。
そこは分かった。
でもランスロットが自ら来る意味が分からない。
「…まさか聖女様…」
「内緒」
ランスロットは右手の人差し指を唇の前に立てて、蕩けるような笑みで言った。
否定しない時点でビンゴだった。
椛はランスロットに連行されてハイレオン帝国の帝都にいた。
名目上は指名手配犯だが、そんな扱いは受けていない。
ただ神殿の転移門から騎士団までの道中、ランスロット様ファンたち(主にプレイヤー)から凄まじい目で見られていただけだ。
「あの人たち、わたしを何だと思ってたんですかね…」
「何だろう。移住者たちに君の居場所を知らないか尋ねたけど、理由は説明してないよ」
「ランスロット様が自ら迎えに出向いた女…理由など関係なく有罪では…?」
「…説明する訳にはいかないから、そうだね。強く生きてね」
「元凶が!元凶が!」
騎士団の兵舎まで来て話していたので、騎士たちからは同情された。
ランスロットは聖女様が関わると後先考えなくなるらしい。
「でも指名手配までするとは形振り構わないね。それほど欲しいのか」
「あんな漬物石のせいで悪名高い冒険者にされるとは…」
「事情を知らない国からは、そうだね…」
イベントが終わったら解消してもらえるのだろうか。そんな親切な運営だろうか。
不審感しかなかった。
兵舎に入って少し歩くと、ランスロットは椛を騎士たちに預けて去って行った。自分の執務室に戻ったようだ。
「外に出なければ自由にしていて良い。ただ気難しい方もいらっしゃるから気をつけるように」
「しばらくはこの部屋を使ってくれ」
「カメラの使用は許されますか」
「ご本人の許可が出れば」
「施設内や訓練中は不可だぞ」
そして騎士たちも椛を客室に案内して軽く注意すると去った。誰も犯罪者扱いして来ないのは良かった。
椛は部屋に入って、流星を召喚したかったが自重してミルクを呼んだ。
癒しと言えば天使である。
客室にはベッドだけではなく応接セットのソファとテーブルもあったので、ソファにいくつかぬいぐるみを出してミルクを座らせた。
椛は向かいに座ってスイートポテトを食べる。
地味にずっと我慢していたのだ。
ぬいぐるみで遊んでいるミルクを愛でながら、クランチャットを開く。頼闇が騒いでいた。
[やっと落ち着いたよ。今、帝都の騎士団の客室でお客様待遇]
[捕まったんじゃないの!?]
[だから帝国がトシュメッツの味方する訳ないって言っただろ]
[だって目の前で連行されて行ったのよ!]
[ショッキングな絵面でしたね…]
[指名手配犯が余裕]
[心配したのに!]
頼闇に怒られたが、一通り説明したら理解してくれた。あと聖女様の無法ぶりに[最終兵器聖女様]と理解が深まったようだ。
[でも指名手配までするとは思わなかった]
[九尾の妖狐の伝承って奴がほぼ禁書にしか載ってないらしいからな。あの食い意地以外わからない本からは性格もいまいち掴めないし]
[自慢話を嬉々として語り出す、強欲な女そのものじゃねえの、あれ]
[ブランド物で固めて、顔は化粧で固めてる女だろ]
[固めるの好きだな]
[最終的に石になってるからな]
固めすぎ!とうっかりツボに入ってしまった。ミルクに「どうしたの?」と不思議そうな顔をされてしまった。
[イメージは分かるわ。それにリアルの伝承もモチーフにしているなら、だいたいテンプレってことよね]
[酒池肉林]
[それ、血の池地獄と首吊り死体の林だと思ってた頃がある…]
[どんな地獄に暮らしてたんだよ]
[酒はどこ行った]
[ここは天国だよ]
とりあえずミルクのスクショを貼ると、全員に「メールで送れ!」と要求された。
そしてイベントの話1割どうでもいい話9割のやり取りが、しばらく続いたのだった。




