9プレイ目 アンセム
街の外で探索する時間帯が夜に固定されている現状、昼間はヒマになる。
金策を考えれば、当面はこのサイクルは変えられない。
街の中の散策は明るい昼間にしたいので、椛にとっては都合がいい話だった。
移住者とバレると住民に睨まれるところは難点だが、夜は閉店してしまう店を見て回るのはなかなか楽しい。商店街を網羅するには10日はかかるだろう。
「あ、古本屋かな」
路地裏を覗くと、商業組合でもらったマップには載っていない小さな店を発見した。
うろつきながらこういう店を見つけるのはもう5軒目だ。今のところ一見さんお断りの店ばかりだったが、どこで紹介状を手に入れるんだろうとゲーム脳になるだけだ。
店内に入るとやる気のない声で「いらっしゃい」と言われた。
出てけと追い出されないだけで、歓迎されている気分になる。きっと気のせい。
店は狭いが、その分お客様の移動スペースを削って商品を並べさせていただいております、とばかりに詰め込まれていた。
本棚は天井に届くほど高く、むしろ壁に思える。そして上から下までぎっしりと本が並んでいる。
「踏み台置くスペースもないのに、上のほうどうやって取るの?」
「真に必要と思えたら、根性で取れるハズ」
「まさかの根性論」
「ちなみに稀覯本だから値が張るぞ」
好奇心で手を出すべからず、というお達しだと思うことにした。
本の壁の奥にカウンターがあり、そこで小柄な老人が座って本を読んでいた。
気難しい、偏屈という単語が似合う容姿ながら、椛の話に付き合ってくれているので、見た目より愛想は悪くないようだ。
「このあたりはレシピ?」
「そうだな。初心者向けならそっちのセール品にも入ってる」
そっちと言われて目をやれば、やる気のないセールの文字の書かれた札が差してある箱がふたつあった。
1冊10Rからとある。
1番安いHP回復ポーションが10Rなのだが、椛はまだこの世界の物価が馴染んでいないせいか、セール品が妥当な安さなのかは分からなかった。
思えば定価で売っているほうの本屋は見たが、店には入らなかった。本なんて嗜好品だろうと思ったからだ。
調薬はたまにしても、新しいレシピが欲しいと思うほど生産活動はしていないし。
「調薬のレシピは…何種類かあるね」
「そこにあるのは基本のレシピばかりだな」
タイトルを見ただけで薬屋に並んでいた商品のレシピだと分かった。
自分で作る気もなかったんだなわたし、と気付いてしまった。
それでも素材が手に入ったら、基本のレシピくらいは作ってみようと一通り取り出した。
レシピ以外に買いたい本なんてあったかなと思いつつ、店内を一周してみた。
「『植物図鑑』とか『魔物図鑑』か。そのうちでいいかな」
「必要になったら買えばいい。組合の資料室で読めるはずだ」
資料室なんてあったのかと思ってしまったが、時間のある時に行けばいいだろう。
「おお、『友人の友人から聞いた本当の話』とか、胡散臭い!」
「わしの趣味じゃないんだがな…」
「好き!全種類買う!」
持ち込まれたので仕方なく買い取ったらしい店主は、椛の宣言に喜んで店頭に出し切れなかった分まで出して来た。
全て1冊10Rのセール価格だったが、50冊近くあった。夜香花一輪分のお値段だ。
そう考えると益々この世界の物価が分からなくなる。
いや、やはり夜香花の値段がバグってるだけかもしれない。
レシピ本も含めると本を50冊以上まとめ買いしたのだが、重量感に比べて安かった気がする。
「薬草が1株1Rなんだから、500Rってそれなりのお値段なのでは?」
「今キノコは10個で1Rだけどな」
「キノコ安いな!」
屋台の並ぶ通りで焼き芋を見つけて秒で買ってかぶりついた椛は、焼き芋屋のおじさんと話していた。
ちなみに焼き芋は1本5Rだった。
「ダンジョンはどこにあるのかすら調べてないけど、ドロップ品のキノコってどんな大きさなの?今夜はステーキよって言われて喜んだらキノコのステーキだったとか愚痴ってる人もいたけど」
「軸の部分を輪切りにしても、人の顔くらいの大きさだからな。ボリューム満点だぞ」
「でっか」
形はエリンギっぽいらしいが、そんな特大キノコは薬草の10分の1のお値段だそうだ。
売値の話なので、買い取り価格はさらに低いはずだ。
森で薬草採取のクエストを受けたほうがまだマシだった。
「それで何が500Rなんだ?」
「あー、古本のセール品を50冊ほどまとめ買いした訳で。でも夜香花一輪が500Rなんだよね、商業組合のほう」
「ああ、夜香花か。採りに行けるならたいしたもんだな」
焼き芋屋のおじさんも、それは特殊だぞと言っている。
「冒険者は森の主を倒せれば見習い卒業、Cランクになれば1人前って言うぜ」
「そっかー。焼き芋なら100本買えるんだけど」
「1人で食うのか?」
大人買い!と思った椛もさすがにやめておいた。でも10本は追加で買って、アイテムポーチに入れたのだった。
つい買い食いして歩いていた椛は、近寄らないようにしていたプレイヤーたちの露天通りに来てしまった。
門前広場とは違って元から利用可能な場所だと聞いたが、NPCの屋台や露天の近くにあったのだ。
「…キノコ、買う人いるの?」
「全然売れない。でも邪魔だから処分したいんだよ」
噂の特大キノコで気付いたのだ。
売れないもので場所を潰すより他の商品を並べればいいのにとしか感じないが、本人の自由である。
他の商品も魔物のドロップ品のようだが、買うならバトルを苦手にしている生産職のプレイヤーだろう。椛には用がなかった。
流れで見て歩いて、生産職の露天もまだNPC売りよりランクも質も低かった。
アイテムにはレア度を示すランクと、出来の良さを表す品質が表示されている。
どこでも採取できる薬草などは最低のランク1だが、森に自生している薬草の標準的な品質は4になっている。
しかし畑で手間ひまかけて育てると、最高品質の10まで上げることが出来るらしい。
とはいえNPCの店では基本的に、品質4の物しか売っていない。高品質な物はプレイヤーにしか作れない、というゲーム的なご都合設定なのだ。
そういう縛りがないと生産職のプレイヤーの立場がないし、必要な措置である。
でも序盤の今は、プレイヤー産はまだまだだなという話だ。
「その装備、森のオオカミ系の素材でしょ。ダンジョン素材のほうが効果高いよ」
「武器と防具はフレンドに直接頼むから間に合ってるー」
売り込んで来るプレイヤーも多いが、フレンドという大義名分を振りかざせばあっさり引いた。
NPC売りのほうがマシ、なんて言ったら怒り狂うかもしれないが。
「ねえ、焼きキノコはどう?安いよ、コスパ良いよ」
「さっき焼き芋買い込んだから…!」
料理人の露天スペースはキノコ祭りだった。
しかもひと皿1Rとか、ぼったくりで「安いよ」と言うのだ。
益々プレイヤーと関わり合いたくなくなったし、急いでその場を離れた。
椛は基本ソロで遊ぶタイプではあるが、他のプレイヤーとの交流まで拒否しているつもりはなかった。
でもしばらく付き合いたくない。
掲示板も面白いスレが少ないし、当分MMOでソロゲーになりそうだった。




