95プレイ目 ゼロイスからアンセム
12月から10を引いたらバレンタインデー
レイド戦が終わった直後に、こっそりとイベントの告知が来ていた。
盛り上がっていたので見逃した者もいただろう。椛も次にログインするまで気付かなかった。
「バレンタインイベントか。ポイントでアイテムと交換とかは一切なしで、チョコレートの欠片をいつもと同じ方法で集めて、本命チョコか義理チョコを作る…」
戦闘職も生産職も、普通に遊んでいればチョコレートの欠片が集まるだろう。
どちらが効率がいいのかなどを検証クラン辺りは調べているだろうが、効率より楽しく集められるほうがストレスなくて良いと椛は思う。
薬草を採取してポーションを作るほうが効率がいいよ!と言われても絶対やらないし。
チョコレートの欠片は100個集めて義理チョコひとつ、200個で本命チョコをひとつ作れる。
そのチョコレートをNPCにプレゼントすると好感度が通常より上がりやすくなっているという。
バレンタインらしい好感度稼ぎイベントだった。
「本命チョコのほうが当然好感度の上がりが良いけど、複数の人に渡したのが判明すると逆に好感度が大きく落ちるのでお気をつけ下さい…」
注意事項が小さく書いてある。
そこは目立つように書いておけよ、と思ったものだ。
でも複数の男に本命なのとか言ってチョコを配って歩く女なんて、考えるまでもなく嫌われそうだった。
「え?バレンタインチョコが欲しいの?」
バレンタインデー当日。
クランのメンバーがゼロイスのクランハウス建設予定も立っていない土地に集合を呼びかけたから何かと思えば、唯一の女性メンバーの椛にバレンタインチョコの無心をして来た。
「材料は渡す!義理で良い!チョコを貰えない男は現実だけで充分なんだ!」
「ひとつでいいから希望を恵んでくれ…!」
「オレのフレンド欄も椛以外は全員男のままなんだ」
没入型VRゲームというリアリティの高い世界だからこそ、現実同様に異性の知り合いを作るのが苦手なプレイヤーも多いのだ。
リアルとは全く違うイケメンアバターを作ったからと気が大きくなってナンパを始める男なんて、一部の者だけである。
椛のアバターを見てナンパするアホはいないので、噂で聞いたくらいだが。
「まあ、それで満足するなら…でもうちの姫は頼闇だって決まったじゃない」
「アタシも貰いたいほうなのよ!」
「こいつから貰って何が嬉しいんだ!?」
「タグに女装させたほうがマシじゃん!」
タグが怒っているが、見た目の話なのは分かった。
頼闇はオネエ言葉で話すだけで、見た目は渋いマッチョの大男なのだ。思い出が薄れてシルエットだけになろうとも、マッチョの大男なのは消えてくれないだろう。
ついでにオネエ言葉で話すだけで、中身も好みもほぼ男らしい。それが頼闇だ。
「タグよりロウガイのほうが女装が似合いそう…」
「中身が老害じゃな…」
「奴が女装したらロリババアになるのか?」
けっこうノリ良く女装しそうだが、誰得でしかなさそうだ。本人以外は喜ばないだろう。
そんな隣の国のショタジジイはともかく、椛は思い出して変身した。
「鬼女どもの目を欺くために獲得した男装、ナンパ男モード!」
「なんでわざわざ男になった…?」
「女の子から貰った気分だけでも味わいたいという、この切実な思いが伝わっていないのか…?」
ハイライトの消えた目で見られて、椛も今は冗談が通じないことを悟った。
バレンタインの男どもはめんどくさい。
ちゃんと一見美少女に変身してから、回収したチョコレートの欠片を義理チョコに変えて渡してやったので、クラメンたちも満足したようだった。
アンセムの街に戻った椛は、特に話す機会の多いNPCたちに義理チョコを配って歩いた。
焼き芋屋のおじさんも訓練所の教官殿も、ただのお祭りという軽い反応で受け取ってくれたものだ。
モテない男たちとは格が違う。
領主とか『神の匠』とか、迷ったが一応届けてみると、受け取り拒否はされなかった。
接点が少ないNPCの好感度上げには有効なイベントだ、と実感したものだ。
義理チョコに余裕があったので領主の秘書官とか領主館の門番にも渡したら、こちらも受け取ってくれた。
嫌われてさえいなければ渡せるようである。
検証クランのシラベにメールで教えると、領主にツテのあるプレイヤーが少ないから助かると返された。やはりイベントの検証はしていたようだ。
実益のためではなく趣味だから、公開するかどうかは聞いていない。
まだ残ってるけどどうしようかな、と思いつつ冒険者組合へ向かった。まだ組合の職員たちには渡していない。
行ってみると、受付嬢から貰うことを夢見るファンとか、貰うアテがなくてうらぶれてる冒険者NPCたちとか、目的不明なのに何故か組合内を彷徨くプレイヤーとか、カオスな雰囲気だった。
「えっと、職員さんの人数分はないんだけど、それでも渡したほうが喜ばれるものなの?」
「組合に対する寄付という形でしたら、おひとつから受け付けておりますよ。お気持ちが嬉しいものですから」
受付嬢に尋ねると、にっこりと返された。
そうやって寄付されたものを合わせれば、それなりに職員たちに行き渡るのだろう。
「本命を渡すなら闘技場の覇王にファンチョコって言って渡したかったけど、あそこまで行けないから今年は全部義理チョコにしたんだー」
椛が軽口を叩きながらアイテムポーチから義理チョコを10個ほど取り出すと、刺さるような視線が集まった。
もちろんチョコレートのほうに。
バレンタインのチョコ難民たちの、なんかイロイロな負の感情の詰め込まれた視線である。
「…目を合わせちゃ駄目な奴だ…!」
「ソウデスネー」
受付嬢の表情まで固まって、声も固くなっている。受け取るのも無言の圧力との戦いらしい。
過酷な職業、それが冒険者組合の受付嬢…
などと考えている間に、手続きが終わってチョコレートは奥に運ばれて行った。
さすがに諦めたようで圧が消えた。代わりに沈痛な空気が重くなった。
「アップルパイが美味しいお店でバレンタイン限定のチョコレートパイが売ってて、期間限定なのが惜しい美味しさだったよ」
「毎年この期間のみなので、私も楽しみにしているんですよ。カカオがこの街まであまり届かないから、この期間のために買いためているそうですね」
とりあえず美味しいスイーツの話で盛り上げようと頑張ってみたが、無理だったことを記しておこう。
そもそも男どもは貰うことに気を取られすぎていて、目当ての女性に渡して好感度を稼ぐことすら忘れていたらしい。
後日、検証クランが好感度の上がり幅の予測を掲示板に載せて、別の悲鳴が上がったそうだ。
【オマケ】
「王都ブロムはバレンタイン当日は地獄というか戦場だったらしいよ」
「聞きたくねぇんですが」
「鬼女の群れの先頭にいたのがプレイヤーだったらしくて、鬼女を超えたのかもしれない…」
「良くやるなあ…」
「芸術の国の大劇場ではファンたちが『バルジェ様に届けて』って本命チョコを持って押しかけて、あの広いエントランスホールが本命チョコで埋まってたって…スクショくらい付けて欲しかった」
「それは見たかったけど、本命チョコばかりか…さすが世界規模の人気俳優…」
「本人がいないのにそれだからね」
「聖女様も人気だったらしいけど、普通に和やかだったっぽい」
「あそこは聖女様に迷惑をかけるなって鉄の掟があるらしいよ。過激派信者の話を聞いて少し調べたことがあって」
「検証クラン、ヤバいところにも手を伸ばしてた…!?」
「興味がわくとつい…暗黒街なんかも調べたいんだけど…」
「邪神の封印を好奇心で解くタイプ!」
「解かないよー、たぶん」
カカオの苗木を商品リストに追加すれば、期間の制限が無くなって食べられるようになるチョコレートパイ




