92プレイ目 アンセム
椛が果樹の苗を探す旅をしている間に新年を迎えた。
特に公式イベントはなかったが、お年玉として中身がランダムの魔物のタマゴが全プレイヤーに配布された。
椛など魔物のタマゴが実装されていたことを忘れきっていたので、思い出すのに数秒かかったものだ。
ドロップ率は非公開だがかなり低いようで、椛はもちろん一度もドロップしたことがないし、掲示板に上がる報告も少なかった。
椛は魔物まで育てる気はないので、もらったタマゴもアイテムポーチの肥やしになっただけだ。
そんな感じで正月は過ぎ、アンセムの街に戻って来た。新年の華やぎが少し残っているような明るい雰囲気だったので、ここも平和だったのだろう。
入手して来た苗を神殿にも寄進して、レンタル畑のある村で畑を追加で借りて、諸々の手続きを終えてから椛は冒険者組合にやって来た。
「ただいまー、あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いしまーす」
「おう、よろしくな」
「おかえりなさい。よろしくお願いしますね」
あいさつしながら入れば、返事が返って来る。だいぶホームみたいになっていた。
「お土産は品質9のクッキーです。数がないから少しずつになっちゃうけど」
「ひ、品質9、だと…!?」
「まあ、本当です…!」
「移住者の料理人たちが作って売ってた」
NPCたちには作れないという設定なので、土産を渡した職員たちどころか冒険者NPCたちも驚愕の表情で確かめていた。
ハトロワの街で買えるよと言えば、真剣に買いに行くことを検討しているものもいた。
もちろんランクSSやSのNPCは別なので、そのあたりの設定は椛は良く知らないのだが。
「移住者ってのは規格外だよな…」
「そうなのかな。戦闘に関しては全然勝てる要素がないし」
「あー、そっちはな」
移住者の特性もあって、違いは多い。だが、NPCの中には一生勝てる気のしない存在が多かった。
ランクSではない教官たちも、勝てる気がしない相手だ。
「そうだ、教官殿に指導の予約して来よう」
「帰って早々か」
「個人的にアンセムで1番の魅力が教官殿たちの指導だから!2番が焼き芋屋さん」
「個人的すぎんだろ」
話していたら焼き芋の補充に行きたくなったが、後回しにする理性くらいは残っていた。
衛兵隊の訓練所に行くのが先である。
予約しても相手のスケジュールによっては、いつになるのか分からないのだから。
クラン『チャレンジャーズ』のメンバーはみんな自由に好きなことをして遊んでいるので、アンセムに来ている者は少ない。
だがスニークミッションにハマっているメンバーは、まだやっていたらしい。
「またなんか見つけたの?」
「新発見じゃない。ただの推奨レベル99の未踏破ダンジョンだ」
「本当に推奨レベル99でござるかぁ?三桁の大台に乗ってないでござるかぁ?」
「入口付近だけ少し調べて、ここヤバいから多分レベル99くらい必要って設定しただけらしいけどな」
組合に資料が残っているダンジョンだったが、詳細は一切不明だそうだ。
お前はどこまで入り込んでんだ!と怒られたらしい。
組合の酒場で会ったので少し情報交換していたが、冒険者NPCたちに「アホだ」「すごいアホ」と言われている。
本人は「どこまで行けるか試したくなるだろ!?」と言うだけだ。
分からなくもない。
「あと近辺でレベル120の魔物を見たって報告したら、あの辺りは禁止しなくても普通は入らねえよ!と怒られた…」
「…魔物はレベル99を越えちゃうんだね…」
人間はレベル99が上限だった。
遥かな昔にはレベル100以上にする方法があったと言われるが、失伝して幾星霜である。
ゲーム的に考えたら、上限解放イベントがどこかにあるということだろう。
「でも枇杷の木のところの魔物だってヤバいのに、120かあ」
「ゴリラっぽい魔物で、求ム挑戦者って顔で拓けたところに陣取ってたから、ボスかもしれない」
「さらにヤバさが増した!」
「写真を提出したら、アホー!アホー!って怒られてさ、解せぬ…」
「そんな化物見たくなかった!アホめ!の略では?」
「…なるほどな」
一生知らずにいたいことだってあるだろう。
秘境の秘境っぷりとか、街に近いからこそ知りたくないはずだ。
悪夢を見そうである。
「まあ、ヤバい話はここまでにして、魔物のタマゴの話は読んだ?」
「ランダムなアレか?ハズレばっかりだったって荒れてた気がするけど」
「荒れてるところはスルーしたから、可愛い魔物が100万分の1くらいの確率で出たって話しか見てないよ」
「ユーザー数1万弱だろ」
「それもそうだった」
椛のように放置しているプレイヤーもいるだろうから、タマゴを孵したのは5000人としておこう。5000分の1くらいの確率だ。
「猫又っぽいのに妖怪じゃなくて魔物だったっていう」
「サイズも見た目も家猫そのものだってな。猫派が大フィーバーしてた奴」
「わたしはポメラニアンとかどこかにいるのでは、と思うわけ」
「おまえ、犬派だったな…」
椛も猫は猫で可愛いと思うが、やはり犬派なのである。可愛い小型犬がいてもいいと思うのだ。
新春から夢が広がる。
「俺はそろそろ、ハムスターを探しに行こうか悩んでる」
「行けばいいじゃん。何を悩むことがあるの。あ、まだ勘違い系がうろついてるの?」
「スニークミッションの相棒になりそうだろ!闘技場だって戻りたいし!」
「ああ、ハムハムを手に入れたら歯止めが利かなくなりそうっていう…」
「王都の北の大山脈にはドラゴンがいるって聞いて、会いに行きたくなったし」
「行く気満々じゃねーか」
悩む素振りで背中を押してもらいたいだけだろう。
椛は望み通りに背中を押してやった。
好きに遊ぶのが1番だ。
「ほら、うちの星影」
召喚した星影を見て、その男は「思った以上に小さく見える」「可愛い」と感動していた。
星影は「小さくて悪かったな!?」「可愛いんじゃない、カッコいいんだよ!」というように怒って地団駄を踏んでいたが。
もちろんそれすら可愛い。
ちなみに星影はオスだった。
「俺は相棒を探しに行って来るぞ!」
「厳選沼にはハマるなよー」
「一期一会!」
特に用事が残っていなかったようで、軽い調子で旅立って行った。
どんな相棒になったのか、あとで見せてもらおうと思う。
「も、椛さん、その子は…!」
「え?ああ、公星の召喚獣の星影!」
「か、可愛い…!」
受付嬢の1人がふらりとカウンターを抜け出して来て、テーブルの上の星影をしゃがみ込んで見つめていた。
星影は「おまえもかー!」と怒るばかりだ。
「可愛いんじゃなくて、カッコいいんだよね、星影」
分かってくれるの姐さんだけだー、とばかりに星影が椛の指にしがみつく。
可愛い。いや、可愛いは禁句だ。
そういえば流星は「かくれんぼ師匠、すごい!」「カッコいい!」と慕っていたから、星影も気分が良かったのだろう。
カッコいい男でいたい男心だった。
猫又…ではなくキャットテイルという尻尾が2本ある魔物
サイズはリアルの猫と同じくらいです




