91プレイ目 アンセムから西回り
クリスマスの次に何が来る?
現実もゲーム世界も年末年始である。
イベントの告知はなかったが、街の中の雰囲気が明らかに師走の空気になっていた。
「本年は大変お世話になりました。来年も宜しくお願い致します」
「おまえ、たまにマトモなこと言うよな」
「このおっさんが失礼なこと言うよ!」
「そうですよ、失礼ですよ」
椛が年末のあいさつをすると、アンセムの冒険者組合の買い取り窓口のおっさんが失礼だった。
受付嬢も呆れている。
椛だってアラサーの社会人なので、この手のあいさつは慣れたものなのだ。
「人数分の朽梨も用意して来たのに…」
椛がお年賀代わりの果物を出すと、おっさんは「来年もよろしくな!」と調子よく言ってごまかした。
朽梨はまだ出回る数が少ないらしく、買えないと言っている者がそれなりにいる。
椛はもちろんレンタル畑から届いたので、けっこう余っているだけだ。
「梨の苗も欲しいから、ちょっと行って来ようと思っててさ」
「梨はたまにしかこっちに流れて来ないからなあ。キールファン王国には洋梨があるらしいぞ」
「そうだったんだ」
「洋梨から作る酒が有名だ」
ペリーとか呼ばれている発酵酒のことらしい。椛もお酒は嗜むが、詳しくはない。
ビールや日本酒ならともかく。
「じゃあ芸術の国のほうから、グルっと回って果樹の苗探しをして来ようかな」
前にもらった『果物図鑑』に載っていたが、そのあたりにしかない果樹も多いようなのだ。
果物カテゴリかビミョーだが、栗の木もあるらしい。
栗と言えばモンブラン、マロングラッセ、甘栗、栗きんとん…おせちに欠かせない栗きんとんである!
料理人プレイヤーたちがいたら、おせちの話も聞きたいものだ。
「ブローゼスト王国にあるオレンジも好きなんだけど、まだ行く気しないし…」
「普通のオレンジなら商業組合で取り寄せてもらえばどうだ?」
「それもそうか!」
多少の手数料で取り寄せてもらえるなら、好物くらいは頼んでしまいたい。
椛はレアな苗は求めていないのだ。
…『俺オレンジ』とかいうふざけた名前の高級フルーツがあるらしいけど。
お世話になったところには気持ちばかりのお年賀を届けてから椛は出発した。
まずは西の港街ハトロワだ。
ここは料理人プレイヤーの一部が拠点にしていたが、元気になったのだろうか。
痛ましい事件のせいで近付きにくくて、調べてもいなかった。
だが寄ってみるとプレイヤーたちの屋台や露天が並ぶ通りは賑わっていた。
売られている商品も高品質である。
「おー、クッキーは品質9になったんだ」
「いらっしゃい。ずっと9止まりで、最高の10がやたらと遠いのよね。何か見落としてるらしくて」
「生産職も大変だね」
料理人は悔しそうだが、ライバルたちも同じところで止まっているので、さほど焦らずに済んでいるようだ。
料理は門外漢なので、椛は適当にうなづいてクッキーと気になったものをいくつか購入した。
これはお土産にもちょうど良いので、屋台をはしごして買えるだけ買い込んだ。
「あ、おせちとか作る?栗きんとんが食べたい」
「昆布巻きはいまいち。煮豆も豆の種類が違うからさー」
「タンバの黒豆くんは、さすがに異世界には…」
「丹波じゃなくてもいいから、黒豆!」
パティシエたちの屋台ではなく魚料理専門らしい屋台で聞くと、そんな返事だった。魚料理というより和食メインでやりたいそうだ。
そして栗はこの辺りでは入手困難だと言っていた。
「昆布はあったんだね」
「カツオとかマグロはいないんだよな」
騎獣なら居たよ、なんて余計なことは言わない。でも食用ならヤマト国なのだろう。
「味噌や醤油を使わない和食とか、縛りプレイがすぎる」
「…あれ、昆布巻きって醤油は使わないの?」
「お気づきに…」
「いや気付くだろ」
料理をほぼしない椛だって気付く。作らないけど食べるから!
「魚醤ってやつ。でもやっぱり違うからさ」
他の材料も代用品だそうだ。
だから売り物にはならないらしい。
なんだか無性に昆布巻きが食べたくなったが、お正月になったらリアルで食べようと思って片付けたのだった。
ハトロワの街の近くの森にはカシスが自生しているそうなので、それを伐採して苗も手に入れてから国境を越えた。
関所は冒険者カードを提示すればすぐに通してもらえるので、あまり別の国に来たという感じはしない。
スノレリア王国に入り、目的地の2つ目マミナスの街に到着した。
玄幽と契約した禁足地の森もあるし、朽梨が自生する森もある。
それに商業組合で普通の梨の苗が買えるはずだ。
玄幽を連れていると目立つだろうからと召喚せずに、まずは商業組合に向かった。
商人どもがますます嫌いになっているが、組合の職員はまだマシである。椛が梨の苗が欲しいと言えば、すぐに用意してくれたものだ。
「冒険者の方がお求めになられるのは珍しいですね」
「好物だからレンタル畑で育ててもらって、いつでも好きなだけ食べられるようにしたくて」
玄幽の好物だが、まるで椛の好物のように言っていた。おかげで勘違いされたのだが、気付かずに終わった。
そんなこともある。
組合を出た椛は時間を確認して、これから外に行くと夜になってしまうので街歩きをしようかと思いつつ、領主の館を眺める。
さして繋がりはないが、素通りも味気ない。
NPCには出来るだけ親切にするのがモットーだ。
「うーん、枇杷でいいか」
珍しい果物を届けるだけで好感度が維持できるのなら安いものだ。
アンセムの領主に届けるために箱や包装について色々と聞いてあるから、怒らせることはあるまい。
そんな軽い気持ちで届けておいたのだった。
夜はログアウトして飛ばして、翌日である。
椛は宿を出て朽梨の自生している森に行き、次の街までの移動時間を計算してなるべく苗を回収してから出発した。
朽梨は自生している木から得る苗と畑で育てた木から得る苗では、さらに味が変わるそうなので、出来るだけ集めておきたいものだったからだ。
次はナルメア国を通り、芸術の国ミュウテラの三都を回り、それからキールファン王国に入って東側からアルヴィーナ王国、カナーラント王国へと戻る予定だ。
目指す栗があるのはミュウテラ国の北の街ガノスだ。行ったことがなかったので、街の見物もして何日か過ごしたいところだ。
「そういえば東の街のヒシアには柚子があるんだっけ。和食料理人御用達では?」
レモンはブローゼスト王国にあったが、オレンジなどの柑橘類は好きでもレモンはいまいち好きではない。レモンティーなども好みじゃなくて、スルーしていただけだ。
「柚子と言えば、砂糖漬け…」
はちみつレモンは好みじゃなくても、こちらは好きだった。はちみつは好きだから、レモンが駄目なだけなのだ。
そういうこともある。
とにかく手に入るものは全て入手して行こう!と思うことにした。
椛の知らない料理で使うかもしれないのだから、持っていて困ることはあるまい。きっと。




