料理が得意ですって自己紹介したら、クラスメイトの女子が張り合って来たので返り討ちにした
「橘 春樹です。趣味は料理で、結構得意です。よろしくお願いします」
高校二年生の初日、新しいクラスでの自己紹介を僕は無難に終えたと思っていた。面白いことを言って目立ちたいタイプでも、人前で話すのが苦手でキョドってしまうタイプでも無く、取り立てて面白みもない普通の内容だけれど、それで全く不満はない。
しかしそんな普通の自己紹介であったにも関わらず、僕はある人に目をつけられてしまったんだ。
「橘君。ちょっと良いかしら?」
「なぁに?えっと……綿貫さん」
ある日のお昼休みにお弁当を食べていたら、クラスの女子の綿貫さんが話しかけて来た。
見た目は普通の女子なのに何故かお嬢様言葉を使う少し不思議な子だ。
「そのお弁当、貴方が自分で作ったのかしら」
「うん、そうだけど」
一体何の用かと思ったら、どうやら僕のお弁当に用事があるらしい。
ちなみに僕は普段友達とご飯を食べている。
たまたま今は友達がトイレに行っているから一人なだけであって、決してぼっち飯ではないからね。本当だからね。
「なるほど……見た目は合格ですわ」
「合格?」
「こ、こほん。何でも無いですわ」
「そんなにあからさまに誤魔化そうとされると、ボケてるのかと思っちゃう」
「うるさいですわ」
ほんのり顔を赤くしているということはボケではなく本気で誤魔化そうとしていたのだろう。天然さんなのかな。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
彼女は僕のお弁当をジッと見るだけで、何も言おうとはしない。
何かを言おうとして逡巡しているみたいで、表情がコロコロ変わるのが見ていて面白い。
でもそろそろ友達が戻ってくるし、そうしたら彼女は更に言い辛くなるかもしれないから助けを出してあげよう。
「もしかして、食べてみたいの?」
お弁当に興味があるということは、それしか考えられないよね。
「べ、別に私は貴方のお弁当になどこれっぽっちも興味ありませんわ!」
「あれ?」
僕の思い違いだったのかな。
でも顔を真っ赤にして妙なステップを踏み始めて、見るからに動揺してるから正解としか思えないんだけど。
「で、でも貴方がどうしても味見して欲しいと言うのでしたら、食べてあげないこともありませんわ!」
「じゃあいいです」
「え……」
「やっぱりどうしても味見して欲しいな」
「そ、そうですわよね!料理人を目指し研鑽を積み重ねているわたくしに料理の腕を確認してもらいたくなるのは当然のことですものね!そこまで言われたら食べてあげないことも無いですわ!」
「やっぱり遠慮します」
「え……」
「やっぱりどうしても味見して欲しいな」
「そ、そうですわよね!……もしかしてわたくし、揶揄われてますの?」
おっと危ない、気付かれるところだった。
反応が極端で分かり易くて面白いからつい揶揄っちゃった。
自己紹介の時、僕より後だった彼女は『料理人を目指してますの!料理の腕なら誰にも負けませんの!』などと僕を見ながら言い放った。その後、お昼になるといつも僕の方をチラチラ見てたけれど、あれはもしかして料理の話題で盛り上がりたいというアピールだったのだろうか。
素直じゃない性格っぽいからありそう。
「それよりほら、食べてよ。今日は鶏のから揚げが良い感じに出来たんだ」
「仕方ないですわね。それでは早速……」
「どうして箸を持って来てるの?まさか最初から食べに来たとか?」
「ほげ!?こ、ここ、これは、その、あの、りょ、料理人として、マイ箸をつねに懐に忍ばせておくのは当然のことなのですわ!」
「へぇ~そうなんだ」
ダメだ。
揶揄いがいがあって、ついやっちゃう。
僕、綿貫さんのこと結構好きかも。
こういうちょっと抜けてる感じの面白い人って好みなんだよね。
「それじゃあそのマイ箸でどうぞ」
「え、ええ。頂こうかしら。ですがわたくしの評価は厳しいですわよ。何しろ料理人を目指し研鑽を積み重ねているわたくしの舌は肥えに肥えていますから」
てっきり料理談義がしたいのかと思ってたんだけど、もしかしたら彼女は僕の料理にダメ出しして、自分の方が料理が上手いとでも言いたいのかな。
『料理人を目指しているわたくしに向かって料理が得意だなど身の程知らずですわ。格の違いというものを教えてさしあげますわ!』
みたいな感じで。
彼女は自信満々に小ぶりの唐揚げをマイ箸で掴み、それを口の中に放り込んだ。
「もぐもぐ……ふふ、やっぱり……………………ほげええええええええ!」
「ほげ?」
唐揚げを何度か咀嚼した綿貫さんは、突然姿勢が良い『気をつけ』の体勢になり、謎の叫び声を挙げたのだった。
「綿貫さん、どうしたの?」
そう声をかけるが、彼女はショックを受けた表情から戻って来ない。
クラス中から何だ何だと注目を浴び、それでも微動だにしない彼女に対し、僕が女子なら脇をくすぐってやるのになぁなんて男子がやったら通報されかねないことを想い描いていたら、ようやく彼女が戻って来た。
「か……」
「か?」
「唐揚げは練習中ですわーーーー!」
しかし戻ってすぐに、彼女は敗北者と認めるかのような捨て台詞を残して教室から飛び出していった。
入れ替わりにトイレに行ってた友達が戻って来た。
「なんだなんだ。何が起きたんだ?」
「ほげ、かな」
「何だよそれ」
「僕にも意味が分からない」
「そうか、んじゃ飯食おうっと」
あっさりと話に興味を失った友達の背中越しに、恥ずかしそうに隠れるように教室に戻って来て、でもすぐに女子に見つかって弄られて顔を真っ赤にしている綿貫さんの姿が見えた。
可愛いすぎるでしょ。
ーーーーーーーー
それからと言うものの、綿貫さんは昼休みになると僕のお弁当をせびりに来た。
「せびってなんかいませんわ!わたくしのと交換ですわ!」
「何か催促しているようでごめんね」
「食べたいと期待されたら応えるのが料理人の務めですわ!」
「僕は他の人のお弁当を食べたいだなんて図々し……お願いする勇気がなくてさ」
「おーっほっほ!遠慮なく食べると良いですわ!…………あれ、もしかしてわたくし馬鹿にされて」
「いただきまーす」
バレるかバレないかギリギリを攻めて揶揄うのが超楽しい。
それはそれとして、今日は二人とも偶然春巻きを作って来たので、それを交換して味比べする。
「うん、春巻きはお弁当に入れると皮がふにゃふにゃになりがちだけど、パリパリのままで美味しい」
「当然ですわ!わたくしがどれほど研究して……ほげええええええええ!パリパリですわーーーー!」
そりゃあ僕だって美味しい春巻き食べたいから色々と試したんだよ。
「春巻きは専門外ですわーーーー!」
だとすると、彼女は一体何が専門なのだろうか。
翌日。
「今日は筑前煮ですわ!」
「奇遇だね。僕も筑前煮作って来たんだ」
「ほげ!?ぐ、偶然ですわね!」
ということでお互いに交換してみる。
「うん、出汁がしっかりと染みてて程よく柔らかくて美味しい」
「当然ですわ!出汁には拘りがあって……ほげええええええええ!濃いめの味付けなのに美味しいですわーーーー!」
「体育の後だからね」
普段はもう少し薄めの味付けにするけど、運動して塩分が欲しくなってるだろうから少し濃いめにしたんだ。
「体育の前ならわたくしの勝ちですわーーーー!」
また走って行っちゃった。体育の後だっていうのに元気だなぁ。
更に翌日。
「今日はだし巻き卵ですわ!」
「奇遇だね。僕もだし巻き卵作って来たんだ」
「ほげ!?今日も!?」
ということでお互いに交換してみる。
「うん、上品な出汁と優しい甘みとふんわりした食感が最高だね。僕はだし巻き卵はしょっぱい方が好きなんだけど、甘いタイプも美味しいなぁ」
「だし巻き卵は甘めの方が良いに決まってますわ!これは勝ちが決まって……ほげええええええええ!舌が蕩ける程に優しい甘さですわーーーー!」
「今日は試しに甘い方を作ってみたんだ」
誰も今日のだし巻き卵がしょっぱいだなんて言ってないよ。もちろんわざと勘違いさせるようなことを言って揶揄っただけ。
「不意打ちはずるいですわーーーー!」
不意打ちじゃなかったら僕が負けてたかも。得意料理だったんだろうなぁ。これまでのより格段に美味しかったよ、って伝えたかったのにまた走って行っちゃった。
翌週の月曜日。
「今日はパエリアですわ!」
「奇遇だね。僕もパエリア作って来たんだ」
「ほげ!?パ、パエリアですわよ!?どうして被るのですわ!?」
ということでお互いに交換してみる。
「うん、サフランの独特な香りがしっかりと漂って、魚介の濃厚な出汁がお米に染み込んでいて美味しいね。ちゃんとお弁当に合うように全体のバランスも考えて味付けされてるっぽいし凄いなぁ」
「わたくしにかかれば海外の料理でもこのくらい朝飯前ですわ!土日使ってあんなに練習したのだから流石に……ほげええええええええ!おこげの食感が最高ですわーーーー!」
「炊き込み系のご飯ならおこげは外せないよね」
凡ミスだね。綿貫さんらしいや。日本の炊き込みご飯なら間違いなくおこげを入れたはずなのに。パエリアもおこげが大事ってことを見落としてたのは食べ慣れてない料理だってことなのかも。
「おこげは下の方に隠れてるだけですわーーーー!」
ならそれを食べさせてよ。
って揶揄う前に逃げてしまった。残念。
翌日。
「今日はフェジョアーダですわ!」
「奇遇だね。僕もフェジョアーダ作って来たんだ」
「ほげ!?どうしてブラジル料理が被るのですわ!????」
ということでお互いに交換してみる。
「うん、豆の濃厚なコクと牛肉の旨味がたまらないね。塩気がきつめだからご飯にもしっかり合う」
「初めてチャレンジした料理でもここまで美味しく作れるのですわ!でも嫌な予感が……ほげええええええええ!日本人の口に合うようにアレンジされてますわーーーー!」
「現地流のも好きだけどね」
流石にブラジル料理が来るのは予想外で、準備するのにほぼ徹夜になっちゃった。
マイナーな料理を選んで絶対被らないようにして僕のお弁当と比較させずに一方的に美味しいと言わせたいだけなのだろうけれど、気付いてしまったからには被せる以外の選択肢は無いよね。
「どうして……どうしてですわ……」
「あれ?今日は逃げないの?」
「べ、別にいつも逃げてるわけじゃありませんわ!」
じゃあエスケープしてるんだね。
って揶揄うかどうかちょっと迷った。
大喜びでそうですわって言って、すぐに間違いに気付いて真っ赤になってくれそう。
「そんなことより、どうして毎日わたくしとお弁当の内容が同じなのかしら!」
おお、ようやく聞いてくれたんだ。
流石にパエリアの時点で聞いて来るかと思ったけど、ブラジル料理まで粘るとは。
「簡単な話だよ。だって綿貫さん、昼休みに明日のお弁当は何にするか考えてノートにまとめてるでしょ」
「どうしてそれを!?」
「夢中になってるから気付いてないと思うけど、僕後ろからこっそりそれ見てたんだ」
「ほげええええええええ!見られてたですわああああああああ!」
最初は覗き見するつもりは全く無かったんだ。
でも綿貫さんと春巻きを交換して食べた日、どうして僕のお弁当を食べたかったのか聞きに行ったら、『明日は筑前煮で勝負ですわ。私の腕を見せつけてやりますわ』なんてブツブツ言っているのが耳に入っちゃって、つい真似てほげらせたくなっちゃった。
こっそり聞いたのとメモったノートを見ちゃったことをちゃんと説明して謝らないとね。
「クジラを捕るのは?」
「ほげええええええええ!って何を言わせるの!!!!」
しまった、ついまた揶揄ってしまった。
というか綿貫さんノリ良いな。
とりあえず僕は綿貫さんに、思考が駄々洩れだったことを伝えて謝った。
「ほげ……わたくしとしたことが企業秘密を口にしてしまっていたなんて」
絶対に企業勤め向いてないと思う。
それはそれとして、せっかくなので最初に聞きたかったことを改めて聞いてみた。
「どうして綿貫さんは僕のお弁当がそんなに気になるの?」
自分の方が料理が上手いと思わせたい。
それだけにしては、どうも僕に対する執着心が強すぎる気がするんだ。
「そんなの決まってますわ!あなたが商売敵になるかもしれないからですわ!」
「商売敵?僕ってまだ将来のこと何も決めて無いんだけど」
「今はそうでも、将来は分かりませんわ!料理が得意なら料理人になる可能性はあるに違いないですわ!」
なるほど確かに。
あくまでも僕の料理は趣味の範疇であって、それを商売にするつもりは今は無い。でも将来どうなるかは分からない。やりたいことが見つからず、とりあえず得意な料理を活かす道に進もうと考えるのは変な話では無い。
でもそれでも大丈夫だと思うよ。
「安心して、僕は料理を仕事に活かすとしても、フランス料理とかそういうのは目指さないから。街の定食屋さんとかお弁当屋さんとか、そっちの方向に進むんじゃないかな」
僕の性格的に、やるならばそっち系に間違いないだろう。
綿貫さんはお嬢様っぽい雰囲気からすると、フランス料理などの欧州系の高級料理人を目指しているはずだ。
「ジャンル被りしてないから、商売敵になることは無いよ」
「…………」
あれ、おかしいな。
何故か綿貫さんが全く安心していない。むしろ青褪めているように見える。
「ダメ……ダメですわ……」
今にも倒れてしまいそうな程に焦っている。
一体どうしてだろうか。
その答えを教えてくれたのはクラスメイトの女子だった。
「橘君。ちょっと耳貸して」
「生田目さん、どうしたの?僕の耳は食べられないよ?」
「食べるわけないでしょ!?」
「なぁんだ。てっきりいつものハイエナ行為なのかと」
「ハイエナって言うな!君たちのお弁当が美味しいからしょうがないんだもん!」
彼女は、いや、彼女を始めとしたクラスメイトは、僕達のお弁当を狙っている。
僕と綿貫さんが謎の料理勝負をしている姿を見ていたらどれだけ美味しいか気になって、食べさせろと要求してくるようになったんだ。そのせいで僕はここしばらく自分のお弁当を食べられていない。まぁその代わり、交換という形で色々な家庭の味を堪能して勉強になってるから悪い話じゃないんだけどね。
「いいから耳を貸しなさい!」
「痛い痛い!引っ張らないで!」
ちょっとした冗談だったのに。
そんなこんなで生天目さんが、何故綿貫さんがあんなにも焦っているのかを教えてくれた。
「綿貫さんの家、お弁当屋さんなの」
マジか。
つまり彼女は僕が将来近くでお弁当屋さんを開いて、お客が取られて潰れてしまうかもと焦っていたってことか。
「綿貫さん……」
「な、何かしら……」
普段は鈍めの綿貫さんも、僕が全てを察したことに気が付いたのだろう。
恥ずかしさと絶望が入り混じったなんとも言えないそそる表情をしている。もう少し眺めていたいけれど、流石に可哀想だから止めよう。
「どうしてお嬢様言葉なの?」
「最初に聞くのがそれですの!?」
「いやだって気になるじゃん」
ぶっちゃけお弁当屋さんの娘っぽくはない。
だがそれこそが彼女の狙いだったのだ。
「ギャップ狙いですわ」
「実力で勝負しなよ!」
「ほげええええええええ!その通りですわああああああああ!」
いやまぁ美味しいお弁当屋さんの看板娘が謎のお嬢様言葉ってのはヒットするかもしれないけどさぁ。
最初からそれを狙うのはどうかと思うよ。
「とはいえ実力は十分だと思うけどね」
だってこれまで食べさせてもらったお弁当はどれも絶品だったもん。あんなに美味しいお弁当が売られてたら大人気間違いなしだ。
「ですが貴方のお弁当の方が美味しかったですわ……」
「そこ認めちゃうんだ」
「ほげぇ……」
「う~ん、差なんて無いようなものだと思うんだけどなぁ」
僕にとっては好みの差だと思うくらい美味しさに差は無かったと思う。
そう伝えた所で気休めだと思われちゃうかな。
早くいつもの通り元気なほげを見せて欲しい。
ならここはアレを伝えるしかないだろう。
「じゃあさ、僕が料理を教えてあげるよ」
「ほげ!よろしいのかしら!」
「もちろんだよ」
彼女の腕は僕と大差ないから、僕が教える中でそのことに気付いて自信を取り戻して貰おうという作戦だ。
「でも教えて貰ったところで、貴方がお弁当屋さんを出店したら、うちの店が危ないことに変わりはありませんわ……どうせわたくし自爆してお客様に迷惑をかけてしまいますもの」
己の天然っぷりを自覚してたんだ。
まぁそれが無くても、同レベルのお店が近くにあったらお客を奪い合ってしまうことには変わりないか。
それなら究極の手段に出ようでは無いか。
「つまり綿貫さんは、僕が地元でお店を出さないっていう安心感が欲しいんだね」
「そうですわ!って、ち、違いますの!あなたが出店しても気にならない程の実力をつけたいのですわ!」
「うんうん、分かってる分かってる」
「その顔は分かってない顔ですわ!」
安心して。
ただ揶揄っているだけで本当に分かっているから。
綿貫さんが他人任せで楽しようなんて人じゃないことは、本当の本当に分かっている。
どれだけ料理に真剣なのか、分かっている。
「それならとっても良い方法があるよ」
「聞くのが怖いですわ」
「安心して。とっても良い話だから」
「詐欺師は皆そう言うのですわ!」
妙に心が籠っているけど、騙された経験があるのだろうか。
「本当に大丈夫だって。この案は綿貫さんにとって良いこと尽くめだもん。僕がこの街で店を出す心配がなくなり、しかも綿貫さんの実力が確実に向上する」
その手段を取れるのは、僕しかいない。
「僕が綿貫さんに嫁いで、一緒にお店を継げば良いんだ」
我ながらなんて完璧な案なんだ。
「それは名案ですわ!確かにそれなら貴方がお店を出店しなくなり、わたくしも料理を教えて貰うことで実力が上がりますわ!」
「でしょ!」
「これで一安心ですわ」
「じゃあこれから一生よろしくね」
ハッピーエンド!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ほげええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
過去一のほげ頂きましたー。
てっきり僕の言葉を冗談だと思ってノってくれてるのかと思ってたけど、プロポーズになってたって本気で気付いてなかったんだ。
「ほ、ほげ、ほげげ、何を、何を言ってるのかしらですわ!?」
「口調が変だよ」
「そんなのどうでも良いですわ!それよりさっきのはどういうことかしら!おふざけにしては酷すぎますわ!」
「僕は本気だよ?」
「な……!」
素直に照れる綿貫さんもまた可愛いなぁ。こんな反応されたらもっと好きになっちゃうよ。
「おかしいですわおかしいですわおかしいですわ!だってわたくしは貴方にそう思ってもらえるようなことは何もしてないですわ!」
それがそうでも無いんだよな。
「立派な料理人になるため、休み時間もずっとノートを睨めっこして本気でレシピを考えている。その真っすぐ夢を追う姿が気に入ったんだよ」
「ほげええええええええ!恥ずかしい台詞禁止ですわああああああああ!」
「自分から聞いて来たじゃないか」
もちろん今の段階で本気で結婚したいだなんて思っている訳ではない。でも彼女のことを気に入っていることは間違いない。揶揄うと反応が可愛くて面白いし、一緒に居ると間違いなく楽しいだろう。
「ほげげ……わたくしはどうしたら……」
「そんなの簡単だって」
「とっても難しいですわ!」
いや、物凄く簡単なことだよ。
だって僕達がこれからどういう関係になれば良いかなんて決まってるのだから。
「これからもお互いにお弁当を作り合って、料理の話をしながら毎日少しずつ仲良くなっていけば良いんだよ」
彼女にとっての現時点の僕って、揶揄ってくる自分より料理の実力が上のいけすかない野郎だからね。
ちゃんと好感度を稼がないと、付き合うなんて出来る訳が無い。そしてお互いを知るには、お互いが最も得意とする料理を通すべきだと、僕は思うんだ。
「…………」
僕の提案を受けて、彼女は時が止まったかのように微動だにしない。
彼女の脳内では様々な議論がなされているのだろう。
その議論が一段落ついたであろう頃合いを見計らい、僕は声をかけた。
「どうかな?」
「…………はい」
顔を赤くしてそう答えてくれた綿貫さん。
「ちょろいんだったかー」
「ちょろくないですわ!」
「ちょ料理人だったかー」
「ちょろくないですわー!」
さてと、ちょっとばかり本気で料理の勉強をしますか。
将来、お弁当屋を盛りあげていかなきゃならないからね。