第五十四話:それぞれの道と、南への旅立ち
王都動乱の事後処理と、今後の大きな方針が定まった、数日後の朝。
俺とシルヴァは、王都の南門で、旅立ちの準備を整えていた。
「小僧、嬢ちゃん、達者でな」
俺たちの旅立ちを見送りに来てくれた、ガウェイン卿が、その巨大な手で、俺とシルヴァの肩を、順番に、力強く叩いた。
「次に会う時は、世界の運命を賭けた、本当の戦場になるだろう。それまで、せいぜい、腕を鈍らせるなよ」
「あなたこそ」と、シルヴァが不敵に笑う。「北の守りを、頼みます、ガウェイン卿」
「うむ!任せておけ!」
巨漢の騎士は、豪快に笑うと、自らの故郷である、北の護国へと、そのたくましい背を向け、去っていった。彼にもまた、彼の戦場があるのだ。
俺たちの装備は、セレスティアが、国の総力を挙げて、整えてくれた。
俺には、銘も、魔法効果もないが、千の鍛錬に耐えうる、最高品質の鋼で打たれた、新しい【万象の剣】の「器」。
シルヴァには、彼女の神速を、さらに加速させる、風の精霊の加護が編み込まれた、軽量のミスリル鎧。
その他、灼熱の砂漠と、極寒の夜を乗り切るための、特殊な素材でできたマントや、何日も水が腐らない魔法の水筒など、考えうる、最高の装備が、俺たちには与えられていた。
出発の前夜、俺は、セレスティアと、二人きりで話す機会があった。
彼女は、執務室のバルコニーから、復興の槌音が響く王都の夜景を見下ろしながら、静かに言った。
「…すまないな、ノア君。君に、また、重荷を背負わせてしまう」
「あんたが、謝ることじゃない」
俺は、答えた。
「これは、俺が、俺自身の意志で、決めたことだ」
彼女は、俺の言葉に、優しく微笑んだ。
「ああ、そうだな。君は、もう、誰かに強いられる者ではない。…だが、忘れないでくれ。君が、どれだけ遠くへ行こうとも、この王都は、君の帰るべき場所だ。そして、私は、いつでも、君の帰りを待っている」
その、あまりにも真っ直ぐな言葉に、俺は、どう返していいか分からず、ただ、黙って、頷くことしかできなかった。
そして、今。
俺とシルヴァは、南門の前で、セレスティアと、最後の別れを告げていた。
「行くぞ、ノア」
シルヴァが、用意された、砂漠の長旅にも耐える、屈強な馬に跨りながら、俺を促す。
俺は、セレスティアに向かって、一度だけ、深く、頭を下げた。
「…行ってくる」
「ああ。道中の無事を、祈っている」
セレスティアは、騎士団長としてではなく、ただ、一人の友として、俺たちの旅立ちを、その碧眼に、確かな信頼の光を宿して、見送っていた。
俺たちは、王都の巨大な門をくぐる。
数週間前、追放された俺が、セレスティアに連れられて、初めてこの門をくぐった時とは、何もかもが違っていた。
あの時は、不安と、絶望と、そして、ほんの少しの期待があった。
今の俺にあるのは、自らの成すべきことへの、揺るぎない「覚悟」と、隣にいる、最高の「相棒」への、絶対的な信頼だけだ。
俺たちは、王都の喧騒を背に、どこまでも続く、南の街道へと、その一歩を踏み出した。
ここから先は、誰も知らない、未知の世界。
どんな敵が、どんな謎が、俺たちを待ち受けているのか、分からない。
隣を歩くシルヴァが、まるで、これからの冒険を楽しむかのように、その緋色の瞳を、きらきらと輝かせながら、言った。
「なあ、ノア。南の大砂漠、か。今度は、どんな常識はずれが、私たちを待っているんだろうな」
その言葉に、俺は、遥か彼方、地平線の先を見つめる。
そして、これから始まる、本当の物語に、胸を高鳴らせながら、答えた。
「さあな。だが――」
「どんな“名前”の場所だろうと、俺たちが、やることは変わらない」
世界の真実と、自らのルーツを探す、壮大な旅が、今、始まった。
物語のステージは次の章へ・・・




