第五十三話:王の言葉と、星屑の地図
王都動乱から、数日が過ぎた。
街は、セレスティアの指揮の下、驚異的な速度で復興へと向かっていた。反乱軍の残党は一掃され、破壊された建物は修復され、人々の間にも、少しずつ、日常の活気が戻りつつあった。
俺は、シルヴァ、ガウェイン卿と共に、王城の一室へと招かれていた。
そこは、王家の書庫。壁一面に、古今東西の書物が、天井まで、びっしりと並べられている。
俺たちの前には、セレスティアと、そして、アークライト王国の国王陛下が、座っていた。
「まずは、改めて、礼を言う」
国王は、その威厳に満ちた声で、静かに言った。
「国を救ってくれた、英雄たちよ。本当に、ご苦労だった」
机の上には、押収された、元宰相オルダスの研究資料が、山のように積まれている。
「オルダスの遺した資料の解読が、ようやく終わった」
セレスティアが、重い口調で切り出した。
「彼の目的は、やはり、この闘技場の儀式によって、世界の理を歪め、我が主と呼んでいた、禁忌の存在を、この世に降臨させることだった」
彼女は、資料の一枚を、俺たちに見せる。そこには、禍々しい紋様と共に、一つの名前が記されていた。
【第一の虚無】
「…やはり、その名か」
国王が、苦々しげにうめいた。
「我が王家に、神代の時代から、口伝でのみ伝えられてきた、伝説の存在だ。『万物を、意味のない混沌へと還す、世界の消去者』…。オルダスは、その神話の怪物に、魅入られてしまったというわけか」
絶望的な事実。オルダスを倒したところで、脅威そのものが去ったわけではない。むしろ、今回の事件で、世界の「定義」が大きく揺らいだことで、「第一の虚無」が、この世界へ干渉する力は、以前より、増しているかもしれない。
俺は、そこで、意を決して、自らが体験したことを、話した。
ダンジョンで見た、古代の遺跡。
ミレット村で触れた、古の石碑。
そこに刻まれていた、文字ではない、「概念言語」の存在を。
俺の話を聞いた国王とセレスティアは、目を見開いた。
「…まさか。『調律師』の伝承は、真であったというのか…」
国王が、震える声でつぶやく。
セレスティアは、全ての点と点が、一つの線で繋がった、という顔で、俺に言った。
「ノア君。君の一族は、おそらく、神代の時代、世界の“定義”を調律し、安定させる役目を持っていた、伝説の一族だ。そして、その一族は、『第一の虚無』の脅威に対抗するための、唯一の知識を持っていた、と、古い文献には記されている」
「その知識が、眠っている場所が…?」
俺が問いかけると、セレスティアは、大きく頷いた。
「オルダスの資料にも、その場所を示唆する記述があった。『始まりの島、アヴァロン』。そこに、全ての答えがあるはずだ」
だが、彼女が広げた、最新の世界地図に、そんな名前の島は、どこにも存在しなかった。
「アヴァロンは、通常の航海術では、決して辿り着けない、概念の海に隠された、幻の島なのだそうだ」
セレスティアは、一冊の、ひどく古びた伝承の本を開き、その一節を、俺たちに示した。
「――その島への道を示すは、ただ一つ。“星屑の地図”のみ」
「星屑の地図…?」
シルヴァが、訝しげに尋ねる。
「ああ。伝承によれば、それは、遥か南方に広がる『ヴァルハイト大砂漠』の、その奥地で、ひっそりと暮らす、『星見の民』と呼ばれる一族によって、代々、守られているという」
南の大砂漠。星見の民。星屑の地図。
俺たちが、次に進むべき道が、明確に示された瞬間だった。
ガウェイン卿が、その場で、立ち上がった。
「ならば、話は決まったな。俺は、北の護国へと戻り、来るべき世界規模の戦いに備え、全軍の再編を行う。いつでも、出陣できるように、な」
セレスティアも、頷く。
「私は、この王都の復興と、内政の安定に全力を尽くす。そして、情報収集と、後方支援の全てを、引き受けよう。王都は、君たちの帰るべき、拠点となる」
そして、彼女と、ガウェイン卿の視線が、俺とシルヴァに、注がれた。
俺は、シルヴァの顔を見る。彼女もまた、俺の顔を見て、不敵に、笑っていた。その緋色の瞳には、これから始まる、新たな冒険への、闘志が燃え盛っていた。
俺は、皆を代表するように、言った。
「ああ。その“星屑の地図”は、俺とシルヴァで、必ず、手に入れてみせる」
世界の運命を賭けた、俺たちの、本当の旅。
それは、絶望的な状況の中で、しかし、最高の仲間たちと共に、今、始まろうとしていた。




