第五十一話:我が世界、そして終焉の定義
「――そして、俺の世界では、お前は、ただの侵入者に過ぎない」
俺の宣言と共に、黄金の光で満たされた【領域】が、その支配権を、完全に確立した。
この空間の中では、俺の言葉が、世界の理そのものとなる。
「おお…!力が、みなぎる…!これが、ノアの小僧の世界か!」
ガウェイン卿が、自らの両腕を見つめ、驚愕の声を上げる。彼の体からは、疲労が消え、全盛期以上の力が満ち溢れているのを感じているのだろう。俺が、この領域に**【全ての仲間を、祝福する】**と、定義したからだ。
「…信じられん。私の剣が、今まで以上に、軽く、そして、鋭い…」
隣で、シルヴァもまた、自らのレイピアを握りしめ、そのありえないほどの切れ味に、戦慄している。
領域の外側では、変貌した宰相オルダスが、鬼の形相で、混沌の力を、何度も、何度も、俺の領域の壁に叩きつけていた。だが、その絶対的な破壊の力も、黄金の壁に触れた瞬間、何の抵抗もなく、霧散していく。
「馬鹿な…!ありえん!この私の『混沌』が、あんな小僧の『秩序』ごときに、弾かれているだと!?なぜだ!?」
俺は、そんな彼に、静かに告げる。
「あんたは、まだ、分かっていないらしいな」
俺は、【万象の剣】を構え、シルヴァ、ガウェイン卿と共に、領域から一歩、外へと踏み出した。俺たちの体は、領域の祝福によって、黄金のオーラに包まれている。
「あんたの力は、既存の世界の“定義”を、汚染し、破壊する力だ。だが、俺の力は、ゼロから、新しい世界を“創造”する力。…もとより、次元が違うんだ」
「黙れ、小僧ォォッ!」
オルダスは、激昂し、その体を、さらに巨大な、混沌の塊へと変貌させる。
だが、その攻撃は、もはや、俺たちには届かない。
「行くぞ!」
ガウェイン卿が、先陣を切る。領域の祝福を受けた彼の【不動】は、もはや、揺るぎようのない、絶対の概念と化していた。彼が振るう戦斧の一撃は、オルダスが張った混沌の障壁を、紙のように、たやすく引き裂いていく。
「そこだ!」
シルヴァが、ガウェイン卿がこじ開けた、ほんの一瞬の隙を、見逃さない。
銀色の閃光と化した彼女のレイピアは、祝福によって、さらにその速度を増し、オルダスの混沌の鎧の、僅かな隙間を、的確に貫いた。
「ぐぅっ!?」
オルダスが、初めて、苦悶の声を上げる。
彼は、信じられない、という顔で、俺たち三人を見ていた。たった今、この瞬間、この戦場において、俺たち三人は、彼が理解できない、完璧な相性を持った、一つの「存在」となっていたのだ。
そして、俺が、その最後の、とどめを刺す。
オルダスが、体勢を立て直そうとする、その目の前に、俺は、音もなく、立っていた。
「…終わりだ、オルダス」
俺が、そう告げた瞬間。俺の【真実の瞳】は、彼の魂の、その中心核に渦巻く、どす黒い概念を、視ていた。
それは、ただの【混沌】や【無】ではなかった。
――あまりにも、深く、そして、救いのない【絶望】と【喪失】の概念。
俺の脳裏に、ビジョンが流れ込む。
病に倒れた、幼い娘。助かる方法は、ただ一つ。だが、王国の厳格な「法」という名の理が、それを許さなかった。彼は、世界の「秩序」そのものに、愛する者を奪われたのだ。
だから、彼は、世界から、全ての秩序を、意味を、名前を、消し去ろうとした。
「貴様などに…!」
オルダスが、最後の力を振り絞り、俺に叫ぶ。
「私の絶望が、分かってたまるかッ!」
俺は、静かに、その言葉を受け止めた。
「…ああ、分からない。あんたの絶望は、あんただけのものだ」
「だが、あんたは、その絶望を、この世界中に、ばら撒こうとした。罪のない人たちを、あんたと同じ絶望に、引きずり込もうとした」
「――だから、俺は、それを、止める」
俺は、【万象の剣】を、彼の心臓部へと、静かに、突き立てた。
そして、彼に、最後の、そして、おそらくは、唯一の救いとなる、定義を与える。
「――その魂を、苦痛に満ちた“混沌”から解放し、穏やかなる“無”へと、還す」
俺の剣から放たれたのは、破壊の力ではない。
全ての憎悪と、絶望を、優しく洗い流す、黄金の光だった。
オルダスの体から、禍々しい混沌のオーラが、綺麗さっぱりと消え去っていく。
彼の顔から、狂信的な笑みも、憎しみも消え、その瞳には、ほんのわずかに、人間だった頃の、穏やかな光が戻っていた。
「…ああ。これで、ようやく…」
彼は、まるで、長い眠りにつくかのように、そうつぶやくと、その体は、光の粒子となって、静かに、霧散していった。
オルダスが消滅した、その瞬間。
俺たちの頭上を覆っていた、巨大な、紫色の結界が、パリン、と。まるで、ガラスが砕け散るような、甲高い音を立てて、砕け散った。
破壊された闘技場の天井から、美しい、月明りが、差し込んでくる。
結界が消え、オルダスという支配者を失ったことで、闘技場のあちこちで暴れていた、反乱軍の騎士や、混沌の魔物たちは、一斉に、その戦意を喪失し、次々と、武器を捨てて、投降を始めた。
長かった、王都動乱の一夜が、ついに、終わりを告げたのだ。
俺と、シルヴァと、ガウェインは、静まり返った闘技場の中央で、その月明りを浴びながら、ただ、静かに、立っていた。




