第四十六話:三位一体の戦術
「本丸に、乗り込むとしようか」
シルヴァの、その鋭い一言が、俺たちの反撃の合図だった。
俺と、隣に立つ巨漢の騎士ガウェイン卿は、無言で頷き合う。
目的は、ただ一つ。この闘技場の最上段で、高みの見物を決め込んでいる、宰相オルダスを討つこと。
「行くぞ!」
先陣を切ったのは、ガウェイン卿だった。
「我が後ろに続け!この道は、我、一人がこじ開ける!」
その言葉通り、彼は、まるで巨大な破城槌のように、観客席へと続く大階段に群がる、反乱軍の騎士と魔物の群れへと、正面から突っ込んでいく。
その巨大な戦斧の一振りは、敵兵を、盾ごと、数人まとめて吹き飛ばす、圧倒的な破壊力。彼は、その身一つで、俺たちの進むべき道を、血と肉で染め上げながら、切り開いていった。
「援護は任せろ!」
シルヴァが、そのガウェインの巨体の影から、銀色の閃光となって飛び出す。
彼女は、ガウェインが引き付けている敵の、側面や背後を、目にもとまらぬ速さで駆け抜け、指揮官や魔術師といった、厄介な敵だけを、的確に、そして、一撃で沈黙させていく。
神速の剣技は、乱戦において、まさに無類の強さを誇っていた。
そして、俺は、その二人の、さらに一歩後ろ。
戦場全体を、自らの「概念知覚」の範囲に収め、この混沌とした戦いを、一つの「盤面」として、支配していた。
「ガウェイン卿、右翼から、実体のない魔物が来る!」
俺が叫ぶと同時に、ガウェイン卿の死角から現れた《混沌のレイス》に、定義を与える。
【――その“非実体”の概念を、“鉛の重さを持つ肉体”に定義する】
「なっ…!?」
壁をすり抜けようとしていたレイスは、突如として実体化し、その場に無様に落下する。そこを、ガウェインの戦斧が、容赦なく叩き潰した。
「シルヴァ、目の前の騎士の鎧だ!」
シルヴァが、反乱軍の小隊長らしき、重装騎士の剣戟に、一瞬、動きを止められる。
俺は、その重装騎士の鎧に、概念を放つ。
【その“鋼鉄”の定義は、今、この瞬間、“腐った木”に等しい】
「うぉっ!?」
騎士の鎧が、何の前触れもなく、木屑のように砕け散る。がら空きになった胴体に、シルヴァのレイピアが、寸分違わず突き刺さった。
ガウェインが、道を切り開く「槌」。
シルヴァが、敵の急所を貫く「槍」。
そして、俺が、戦場の理そのものを書き換え、二人を勝利へと導く「頭脳」。
俺たちは、たった今、即席で組んだとは思えないほどの、完璧な連携――三位一体の戦術で、混沌の戦場を、凄まじい勢いで駆け上がっていく。
「な、なんだ、あいつらは…!?」
「止まれ!止めろォ!」
反乱軍の兵士たちが、明らかに、俺たち三人を恐れ、その進軍を止めようと、数を頼りに襲いかかってくる。
だが、彼らの刃が、俺たちに届くことは、決してなかった。
俺は、俺たち三人の周囲の空間に、常に、一つの定義を与え続けていたからだ。
【――ここに、“仲間を傷つける刃”が、届くことはない】
その、あまりにも単純で、絶対的な守りの定義の前では、敵の剣も、魔法も、呪いも、全てが、俺たちに届く直前で、その意味を失い、霧散していく。
俺たちは、そうして、いくつかの防衛線を突破し、ついに、闘技場の中層階にある、開けたテラスへとたどり着いた。
最上段にある、オルダスの玉座まで、あと、もう少し。
だが、そのテラスの中央に、一人の男が、まるで、俺たちを待ち構えていたかのように、静かに立っていた。
その顔には、見覚えがあった。
王都に到着した日、俺に、あからさまな敵意を向けた、あの男。
「…よくぞ、ここまで来たな、裏切り者のガウェイン。〝銀閃〟の嬢ちゃん。そして…」
男は、その憎悪に満ちた瞳で、俺を、真っ直ぐに睨みつけた。
「忌々しい、概念使いの小僧め」
王国魔導騎士団副団長、バルト。
彼の手には、禍々しいオーラを放つ、巨大な魔剣が握られていた。
「褒めてやろう。雑魚ども相手に、良い連携だった。だが、それも、ここまでだ」
彼は、その魔剣を、俺たちへと向ける。
「この先へは、この私を倒してから、行ってもらう」




