第四十一話:不動の定義と、繋がれた魂
「――ガウェイン卿!あんたの【不動】の力を、一瞬だけ、俺に貸せ!」
俺の、あまりにも荒唐無稽な叫び。
それは、この絶望的な戦場において、狂人の戯言にしか聞こえなかっただろう。
「なっ…!?小僧、何を言っておる!力を貸すとは、どういうことだ!?」
案の定、ガウェイン卿は、背後から迫る混沌の触手を戦斧で打ち払いながら、困惑の声を上げた。
俺は、彼の疑念を振り払うように、さらに強く叫んだ。
「理屈は後だ!いいから、俺を信じろ!動くな!そして、あんたの力の根源を、俺の意識に繋げるイメージを持て!」
「むちゃくちゃを言う…!」
ガウェインは、そう悪態をつきながらも、その巨大な体を、大地に、どっしりと根付かせた。
彼の瞳に、一瞬だけ、迷いの色が浮かぶ。
だが、目の前で次々と仲間たちが倒れていくこの状況で、もはや、この得体の知れない少年の、万に一つの可能性に賭けるしか、道は残されていなかった。
「…分かった!どうなっても知らんぞ、小僧!」
ガウェインが覚悟を決めた、その覚悟の概念を、俺は確かに感じ取った。
俺は、矛盾の化身の攻撃を避けながら、ガウェインとの距離を詰める。そして、彼の鋼鉄のような背中に、自分の手のひらを、強く押し当てた。
(…見えた。あんたの力の、根源)
俺の目には、ガウェインの魂の中心で、まるで巨大な樹木の根のように、この大地と、そして惑星そのものと、固く結びついている【不動】の概念が、はっきりと視えていた。
俺は、その根源に、自らの【万物定義】の力を、慎重に、そして、大胆に、接続させていく。
「――定義を開始する。ガウェイン・フォン・エルドランの【不動】と、ノアの【定義】。二つの概念は、この一瞬、“一つ”に繋がるものとする」
瞬間、俺の全身を、凄まじい衝撃が駆け抜けた。
まるで、自分の体に、山脈そのものが流れ込んでくるような、圧倒的な質量と、存在感の奔流!
(ぐ…っ、重い…!これが、ガウェイン卿の力の、本質…!)
人の身で、星の重さを支えるかのような、途方もない負荷。意識が、飛びそうになる。
だが、俺は、奥歯を食いしばり、その莫大な概念の奔流を、無理やり、ねじ伏せ、自らの支配下に置いた。
そして、俺は、その借り受けた、あまりにも強大すぎる「力」を、自らの【万象の剣】に、一つの、新しい「名前」として、与えた。
これは、俺一人では、決して辿り着けなかった、二人だからこそ生み出せた、究極の【概念調合】。
矛盾の化身が、その不定形の体を、最大の質量を持つ、漆黒の巨大な槌へと変え、俺たち二人をまとめて圧し潰さんと、振りかぶる。
俺は、それを、正面から、迎え撃った。
「――この刃は、“現実を穿ち、混沌を縫い止める、不動の杭”である」
俺が振るった剣は、もはや、斬るためのものではなかった。
世界の理そのものを、この場に固定するための、絶対的なアンカー。
俺の剣が、矛盾の化身の、その混沌の塊に触れた瞬間――。
世界から、再び、音が消えた。
あれほど、変幻自在にその姿を変えていた、矛盾の化身の動きが、完全に、ぴたり、と、止まっていた。
まるで、時間が止められたかのように。あるいは、永遠に解けることのない、呪縛に囚われたかのように。
俺が放った【不動の杭】は、その混沌の存在の中心を、寸分違わず貫き、その流転する概念を、この世界の、この場所に、強引に「固定」してしまったのだ。
「…な…」
俺とのリンクが切れ、自らの力が戻ってきたガウェイン卿が、その光景を、信じられない、という顔で、見つめていた。
「お前…一体、何をした…。我が【不動】の力で、あいつを…攻撃した、というのか…?」
俺は、激しい魔力消耗による眩暈と、疲労感をこらえながら、答えた。
「あんたの力を借りて、あいつを、この世界に『縫い付けた』だけだ。これで、もう、あいつは姿を変えることも、概念を喰らうこともできない」
矛盾の化身は、まるで、醜い彫像のように、その場に、完全に、固定されていた。
その黒い瞳に、初めて、焦りと、恐怖の色が浮かんでいる。
俺は、そんな好機を逃さず、まだ呆然としている、巨漢の戦友に、檄を飛ばした。
「動けないのは、今だけだ!とどめを刺すぞ、ガウェイン卿!」
「お、おう…!」
我に返ったガウェインが、その戦斧を、力強く、握り直す。
その顔には、もはや、俺に対する疑念はない。ただ、共通の敵を前にした、戦士としての、獰猛な闘志だけが、燃え上がっていた。
俺たちは、二人、並び立つ。
絶望的な戦場で生まれた、ありえないはずの、最強のコンビが、今、反撃の狼煙を上げるために、その一歩を、同時に、踏み出した。




