表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/54

第四話:鉄と、ひとかけらの感傷

「――パーティーから、追放する」


勇者レギウスの言葉は、まるで冷たい鉄の杭のように、俺の胸に突き刺さった。

反論の言葉は、浮かんでこなかった。驚きも、怒りも、悲しみさえも、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。ただ、ああ、やっぱりこうなったのか、という妙に冷静な諦めが、思考を支配していた。


レギウスは、顎で俺の装備をしゃくった。

「聞こえなかったのか?置いていけと言ったんだ。お前が今、身に着けているものは、剣も鎧も、すべて我々『聖なる銀槍』が与えたものだ。お前自身のものではない」


その言葉に、俺はまるで操り人形のように、ゆっくりと動き出した。

パーティーに加入した時、支給されて、あれほど嬉しかったレザーアーマー。硬いが、何度も手入れして、ようやく自分の体に馴染んできた、思い出のある防具だ。

ほとんど空になったポーションポーチ。

そして、数々の戦いを(主に後方で)共にしてきた、量産品のロングソード。


一つ、また一つと、俺は自分の体から、パーティーの一員であった証を剥ぎ取っていく。それらを、まるで供物のように、レギウスの足元に置いた。


「それが賢明というものだ、ノア君」

賢者マグヌスが、冷たく言い放つ。

「君がこのダンジョンで一人で生き残れる確率は、限りなくゼロに近い。我々が足手まといを抱えて共倒れになるリスクを考えれば、これは極めて論理的な判断だ」


論理的、か。

俺は、マグヌスの言葉を、どこか遠くで聞いていた。

神官のレナは、ただ俯いて、唇をきつく結んでいるだけだった。彼女の瞳が潤んでいるように見えたのは、きっと、揺らめく松明の光のせいだろう。


「行くぞ。こんな奴に構っている時間はない。我々も、早く体勢を立て直さねば」


レギウスは、俺が脱ぎ捨てた装備に一瞥もくれることなく、踵を返した。マグヌスも、それに続く。

最後に、レナが俺の横を通り過ぎる。その時、彼女は誰にも気づかれないように、小さな革袋を、そっと俺の足元に転がした。中からは、カラン、と乾いた音がする。おそらく、低級な回復薬か、保存食か。

ひとかけらの慈悲のつもりか、あるいは、ただの感傷か。

俺は、それを拾い上げることもせず、ただ黙って、去りゆく三人の背中を見つめていた。


やがて、彼らの松明の光は、通路の闇の向こうに小さな点となり、そして、完全に消えた。

鎧の擦れる音も、足音も、もう聞こえない。

後に残されたのは、絶対的な静寂と、全てを飲み込むような、底なしの暗闇だけだった。


「…………」


孤独だった。

パーティーにいた時から、ずっと孤独だった気はする。だが、この、物理的に、世界にたった一人で取り残されたという感覚は、まるで魂が凍り付くような、途方もない恐怖を伴っていた。


俺に残されたものは、着の身着のままの、擦り切れた旅人の服。

そして、いざという時のために、誰にも言わずに懐に隠し持っていた、一本の粗末な鉄のショートソードだけ。

それが、今の俺の全てだった。


死ぬのだろうか。

次に現れる魔物に、あっけなく喰われて、終わるのだろうか。

それも、悪くないかもしれない。そう思った。


だが、その時。

俺は、無意識に、その鉄のショートソードの柄を握っていた。

ひんやりとした鉄の感触が、手のひらに伝わる。

俺の目には、この剣が持つ、ありのままの概念が視えた。


【鉄】【短い】【鈍い】【安い】


あまりにも、情けない“名前”の数々。レギウスの聖剣とは、比べるまでもないガラクタだ。

しかし、そのみすぼらしい剣を握った瞬間、俺の心の中に、諦めとは違う、別の感情が、小さな炎のように灯った。


(――自由だ)


そうだ。

もう、俺の力を「出鱈目」だと嘲笑う者はいない。

俺の言葉を「ノイズ」だと切り捨てる者もいない。

魔力の消費を気にして、能力を小出しにする必要もない。

俺が、この世界で何を感じ、何を定義しようと、それを咎める者は、どこにもいないのだ。


それは、死の淵で手に入れた、あまりにも広大で、そして、恐ろしいほどの自由だった。


俺は、ゆっくりと、その鉄のショートソードを鞘から引き抜いた。

シャリン、と。

静寂を切り裂く、小さな金属音。

だが、今の俺には、それが、新しい人生の始まりを告げる、高らかなファンファーレのように聞こえていた。


俺は、闇の奥を、まっすぐに見据える。

その瞳には、もう絶望の色はなかった。ただ、自らの力を試すことへの渇望と、鋼のような決意だけが、静かに燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ