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第三十九話:共闘の定義

「――ここからは、ただの“生存”を定義する時間だ」


俺の言葉に、隣に立つ巨漢――“不動”のガウェイン卿は、豪快に、しかし、どこか楽しそうに、口の端を吊り上げた。

「面白いことを言う小僧だ!よかろう!このガウェイン、しばし貴様に、この背中を預けるとしよう!」


もはや、俺たちは、試合の対戦相手ではなかった。

この、混沌に飲み込まれようとしている、絶望的な戦場を共に戦う、ただの「戦友」だった。


俺たちの覚悟を嘲笑うかのように、闘技場に溢れ出した「名もなき混沌」の魔物と、裏切り者の騎士たちが、第一波となって、俺たち二人めがけて殺到してくる。


「くっ…!」

ガウェインが、その巨体を、わずかに揺らがせた。

彼の力の源である、この大地そのものの「定義」が、混沌の力によって汚染され、安定しないのだ。彼の【不動】の概念が、十全に発揮できていない。


「…貸し一つだ、ガウェイン卿!」

俺は、彼の分厚い背中に、そっと手のひらを当てる。

そして、彼と、彼が立つ大地、その両方に、新たな定義を、力強く上書きした。


「――この地は、“不動なる貴方の意志”と、“我が定義”によって、絶対不可侵の“砦”となる!」


俺の言葉と同時に、俺たちの足元を中心に、魔力の光とは違う、純粋な「秩序」のオーラが、円状に広がった!

ぐらついていた大地は、まるで鋼鉄の床のように、ピタリと安定を取り戻す。


「おお…!これは…!」

ガウェインが、驚愕の声を上げる。彼の【不動】の力が、先ほどまでとは比較にならないほど、強固に、そして、安定して発動しているのを感じ取ったのだ。俺の力が、彼の力の「土台」を、補強したのだ。


「ハッハッハッハ!小僧、気に入ったぞ!恩に着る!」

彼は、もはや何の憂いもない、といった様子で、その巨大な戦斧を、大地に叩きつけた。

「――我が立つこの一歩、いかなる混沌も、揺るがすことは能わぬ!」

ガウェインを中心に、半径10メートルほどの空間が、彼の絶対的な支配領域となる。彼は、その中で、まさに「動かざる山」そのものと化していた。


「さあ、反撃の時間だ!」

俺は、【万象の剣】を構え、殺到する敵の群れへと、今度は、自ら飛び込んでいく。

ガウェインが、敵の物理的な攻撃を一手に引き受ける、完璧な「壁」となってくれている。ならば、俺の役割は、その壁をすり抜けてくる、厄介な敵を排除する「矛」となること。


混沌の魔物が、その実体のない体で、ガウェインの防御をすり抜け、俺に襲いかかる。

俺は、その魔物に向かって、剣を振るう。

今度の定義は、破壊ではない。存在そのものへの、干渉。


【この刃に触れた“混沌”は、その存在定義を“消去”される】


俺の剣が、魔物の体に触れた瞬間。

斬るでもなく、燃やすでもなく、魔物は、まるで、そこに描かれた絵が、消しゴムで消されたかのように、何の痕跡も残さず、あっけなく、その存在を失った。


「見事!」

ガウェインが、賞賛の声を上げる。

彼は、裏切り者の騎士たちの猛攻を、その巨体で全て受け止めながら、戦斧の一振りで、数人まとめて吹き飛ばしていく。

俺は、そのガウェインを狙う、概念的な攻撃(呪いや精神攻撃)を、自らの力で相殺し、実体を持たない魔物を、一体ずつ、確実に「消去」していく。


俺たちは、一言も、言葉を交わさない。

だが、その連携は、何十年も共に戦ってきた、伝説のパーティーのように、完璧だった。

動かざる最強の「盾」と、万物を書き換える、万能の「矛」。

俺たちの周りだけが、この地獄のような戦場で、唯一、秩序が保たれた、安全地帯となっていた。


俺たちは、そうして、殺到する第一波を、完全に撃退することに成功した。

束の間の静寂。

俺は、息を整えながら、闘技場全体を見渡す。

状況は、最悪だった。

貴賓席では、セレスティアたちが、王を護りながら、反乱軍の猛攻に、じりじりと追い詰められている。

観客席では、シルヴァたちが、一般市民を庇いながら、防衛線を築いているが、溢れ出す魔物の数に、押し切られるのは、もはや時間の問題だ。


俺たちの、局地的な勝利など、この絶望的な戦況の前では、ほとんど、無意味に等しかった。


その時、貴賓席の最上段で、この惨状を、まるで演劇でも鑑賞するかのように、満足げに眺めていた宰相オルダスが、俺たちのいる、闘技場の中央に、その視線を向けた。


「ほう…。厄介な虫が、二匹。寄り添って、ささやかな抵抗か」

彼は、つまらなそうに、鼻を鳴らす。

「だが、それも、ここまでだ」


オルダスが、指を、パチン、と鳴らした。

すると、俺とガウェインの目の前の空間が、まるで粘土のように、ぐにゃりと歪み始めた。

そして、その歪みの中心から、これまでの「名もなき混沌」とは、比較にならないほど、巨大で、そして、濃密な絶望の概念を放つ、「何か」が、生まれようとしていた。


「ガウェイン卿、あれは…」

「うむ…。どうやら、我々は、一番厄介なやつの、注意を引いてしまったらしいな」


ガウェインが、戦斧を構え直す。

俺も、万象の剣を、強く握りしめた。

本当の戦いは、まだ、始まったばかりだった。

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