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第三十六話:動かざる山と、必勝の策

御前試合の二回戦が終わり、闘技場が次の試合の準備で沸き立つ中、俺たちは、セレスティアが用意した個室で作戦会議を開いていた。

議題は、もちろん、次の対戦相手――“不動”のガウェイン卿についてだ。


「厄介な相手になったな」

セレスティアが、机の上に広げた資料を眺めながら、重い口調で言った。

「ガウェイン卿は、バルト副長たちの派閥とは一線を画す、真に王国を憂う、高潔な騎士だ。だが、それゆえに、一切の油断も、手加減も期待できない」


隣に立つシルヴァが、腕を組んで、その言葉に頷く。

「ああ。私も、模擬戦で何度か相手をしたことがあるが、彼の前では、私の速さも意味をなさない。どれだけ斬りつけても、まるで、巨大な岩山を叩いているかのようだった。傷一つ、与えられん」


セレスティアは、ガウェイン卿の能力について、より詳しく説明してくれた。

「彼の家系に伝わるユニークスキル、『大地のガイア・ファウンデーション』。それは、自らの体を、立っている大地そのものと、概念的に一体化させる力だ。彼を動かそうとするのは、この大陸そのものを動かそうとするのと、同義になる」


(…なるほどな)


ゲルハルト戦で見せた、力の【返還】は、相手が動くことで生まれるエネルギーを利用する技だ。動かない相手には、効果が薄い。

リリス戦で見せた、精神への干渉も、あの揺るぎない【不動】の概念を持つ相手には、弾き返されるだろう。

これまでの戦い方は、通用しない。


「どうする、ノア?何か、策は?」

シルヴァが、心配そうな顔で、俺に尋ねる。

俺は、ただ、静かに、目を閉じていた。そして、頭の中で、いくつものシミュレーションを繰り返す。


(彼の概念は、【不動】。それは、彼が【大地】と繋がっているから成立する)

(なら、彼自身を攻撃する必要は、ない)

(俺が定義すべきは、彼が立つ、その**“前提”**そのものだ)


俺は、ゆっくりと目を開けた。

そして、不安げな顔をする二人のヒロインに向かって、静かに、しかし、はっきりと告げた。


「策、はある。たぶん、勝てる」


***


そして、準々決勝の日が来た。

闘技場全体が、この日一番の好カードに、異様な熱気で包まれている。

待合室から、闘技場へと向かう通路。その途中、俺は、対戦相手であるガウェイン卿と、鉢合わせになった。


彼は、その山のような巨体を、俺の前に立ちはだかるようにして、止めた。

「君が、ノア君か」

その声は、地響きのように低く、しかし、不思議なほどに、穏やかだった。

「リリス殿を破った試合、見事であった。だが、老兵からの忠告だ。私の前では、そのような小細工は、一切通用せんぞ」

彼の瞳には、ゲルハルトのような侮蔑はない。ただ、自らの力に対する、絶対的な自負と、俺という未知の相手に対する、純粋な興味だけがあった。


俺は、その実直な巨漢に、敬意を込めて、答えた。

「ええ。だから、小細工は使いません」

「…ガウェイン卿。あなたの“不動”に、心からの敬意を表します。その上で、俺は、あなたに勝ちます」


俺のその言葉に、ガウェインは、一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに、豪快に笑った。

「ハッハッハ!面白い!気に入ったぞ、小僧!ならば、全力で来るがいい!このガウェインが、大地の如き度量で、全て受け止めてやろう!」


俺たちは、それ以上、言葉を交わさなかった。

だが、その短いやり取りだけで、俺たちの間の戦いが、陰謀や憎悪とは無縁の、ただ、己が信じる「理」と「理」の、純粋なぶつかり合いになることを、互いに理解していた。


「さあ、やってまいりました、準々決勝、最終試合!片や、王国最強の盾!“不動”のガウェイン卿!」

「片や、彗星の如く現れた、謎の概念使い!“魔王”ノアァァァッ!」


アナウンサーの絶叫のような紹介と共に、俺とガウェイン卿は、闘技場の舞台へと、足を踏み入れる。

地鳴りのような歓声が、俺たちを迎えた。


ガウェイン卿は、闘技場の中央で、どっしりと、その両足を大地に根付かせるように、構えた。その瞬間、彼の体が、まるで、本当に、この大地と一体化したかのような、凄まじいまでの存在感を放ち始める。


俺は、【万象の剣】を抜き放つ。

そして、その切っ先を、ガウェイン卿本人ではなく、彼が立つ、その足元の、ただの石の床へと向けた。


(あんたの概念は、【不動】。その力は、確かに絶対だ)

(だが、その力が成立する“舞台”そのものが、もし、存在しなかったとしたら?)


審判長が、試合の開始を告げる、その声が、闘技場に響き渡った。

俺は、静かに、そして、冷徹に、この戦いの、最初で最後の一手を、定義した。

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