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第三話:金剛の番人と、最後の一押し

理不尽な言葉の刃に、俺の心はとっくに麻痺していた。

勇者レギウスからの叱責を背中で受け流し、俺たち「聖なる銀槍」は、死と隣り合わせの迷宮を、ただひたすらに進んでいく。すでに仲間たちの間には、疑心暗鬼と焦燥が渦巻き、かつてのSランクパーティーの威光は、見る影もなかった。


どれほど歩いただろうか。

俺たちは、不意に、だだっ広い空間に出た。

そこは、これまでの洞窟とは明らかに異質だった。床も壁も、寸分の狂いもなく磨き上げられた、一枚岩の黒曜石でできている。まるで、神が創った巨大な祭壇のようだった。

そして、その中央に、”それ”は鎮座していた。


高さ10メートルはあろうかという、人型の巨像。

継ぎ目一つない滑らかな体は、松明の光を吸い込むかのように、鈍い光沢を放っている。顔に当たる部分には、目も鼻も口もない。ただ、のっぺりとした無機質な貌が、俺たちを見下ろしている。

《金剛の番人アダマンタイト・センチネル》。

古代文明が遺した、自律型の究極の防衛兵器。その存在は、伝説として文献に残るのみ。実物と遭遇した者は、誰一人として生きて帰らなかったと伝えられている。


「…嘘だろ」

レギウスが、かすれた声を漏らした。

だが、その絶望を肯定するかのように、番人は、ぎしり、と関節を軋ませて、ゆっくりと立ち上がった。その体からは、魔力とは異なる、絶対的な存在感が放たれている。

俺の目には、その概念がはっきりと視えた。

【揺るがない】【変わらない】【あらゆる変化を拒絶する】

それは、もはや生物や兵器というよりも、自然現象に近い、圧倒的な定義の塊だった。


「ひるむな!たかが人形だ!俺の聖剣で、両断してくれる!」

自らを鼓舞するように叫び、レギウスが駆ける。聖剣にありったけの聖属性の力を込め、渾身の一撃を番人の脚に叩きつけた。

だが、返ってきたのは、キィン!という甲高い金属音と、レギウス自身の腕に走る凄まじい衝撃だけだった。番人の脚には、傷一つついていない。


「馬鹿な!?我が聖剣が、通じないだと!?」

「ならば魔法だ!“爆裂焔エクスプロージョン”!」

賢者マグヌスの最大火力魔法が炸裂し、番人を業火で包む。だが、炎が晴れた後も、その黒曜石の体は、煤一つ付いていなかった。


(…無駄だ)

俺は、内心でつぶやく。

(そいつは、外部からの“力”という概念を、その存在自体が否定している。壊そうとすればするほど、その定義はより強固になる)


番人が、ゆっくりと腕を振り上げる。その動きは遅いが、逃げられない、と本能が告げていた。

絶望的な状況。仲間たちの顔に、死の色が浮かぶ。

その時、俺は、ほとんど無意識に、しかしはっきりとした声で言った。

「力ずくでは倒せない。概念そのものを書き換えるしかない」


「黙れッ!」

レギウスが、俺を睨みつけた。その瞳は、もはや怒りを通り越し、憎悪に近い色をしていた。

「役立たずが、お説教か!何もできんのなら、そこで震えていろ!」


――役立たず。

その言葉が、俺の中で、何かの枷を外した。

(…ああ、そうか。どうせ俺は、役立たずなんだ)

どうせ信じてもらえない。どうせ、ここに居場所はない。

なら、もう、どうなってもいいじゃないか。


俺は、レギウスの横をすり抜け、番人に向かって走り出した。

「ノア!?貴様、死にたいのか!」

背後からの怒声も、もうどうでもよかった。

振り下ろされる番人の拳を、紙一重で転がり避ける。その巨体が生み出す風圧だけで、体が吹き飛ばされそうになる。

俺は、その巨大な足首に、迷いなく自分の右手を押し当てた。

そして、自分の持つ魔力の全てを注ぎ込む覚悟で、一つの、そして唯一の可能性に賭けた。


【――この金剛は、“数千年の時を経て、風化し、脆くなった砂岩”である】


凄まじい魔力の消耗に、目の前が暗くなる。

だが、番人の動きは止まらない。俺の行動が、無意味な自殺行為だったと嘲笑うかのように、その無慈悲な拳が、再び振り上げられる。


「やはり、出鱈目だったか…!」

マグヌスの絶望した声が聞こえた。


しかし、その瞬間。

ピシッ。

ほんの、小さな、小さな音がした。

俺が触れた足首に、一本の亀裂が走ったのだ。それは、まだ本当に微細なもので、戦闘の状況を覆すには至らない。

だが、レギウスはそれを見てしまった。俺の「出鱈目」が、ほんの少しだけ、「結果」を出してしまったことを。

それは、彼のプライドにとって、死よりも耐えがたい屈辱だった。


「全員、撤退だ!この部屋を放棄する!」

レギウスは、まるでヒステリックに叫ぶと、俺を置き去りにして、部屋の出口へと走り出した。


俺たちは、命からがらその祭壇の間から脱出し、巨大な石扉を閉じることで、かろうじて番人を閉じ込めることに成功した。

通路に倒れ込み、荒い息をつく仲間たち。

その中で、ゆっくりと立ち上がったレギウスが、冷え切った目で、俺を見下ろした。


「ノア」


その声には、もう何の感情もこもっていなかった。


「お前のその、訳のわからない小細工には、もううんざりだ」

「役立たずどころか、貴様は我々にとって災厄神だ」


そして、彼は、まるで道端の石ころを捨てるかのように、言った。


「――パーティーから、追放する」

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