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第二十七話:剣の対話と、新たな火種

ミレット村を後にしてから、俺とシルヴァの関係は、目に見えて変わっていた。

彼女が俺に向ける視線から、あからさまな侮蔑や敵意は消え、代わりに、まるで解けない謎を前にした研究者のような、熱心な好奇心が宿っていた。


「おい、ノア」

街道を並んで歩きながら、彼女は、まるで我慢しきれない、といった様子で口を開いた。

「少し、剣を合わせてみろ」

「…模擬戦か?」

「そうだ。お前のその奇妙な力の理屈は、言葉で聞くよりも、剣で直接聞いた方が、理解が早そうだ」


その緋色の瞳は、純粋な探究心と、剣士としての闘争心に燃えていた。

村での一件で、彼女は俺の力の「創造」の側面を見た。だが、彼女が本質的に理解したいのは、やはり「戦闘」における力の使い方なのだろう。


「…いいだろう。ただし、手加減はしない」

「望むところだ!」


俺たちは、街道から少し外れた、開けた草原で向かい合った。

シルヴァは、腰のレイピアを抜き放つ。夕日を浴びたその剣身は、まるで彼女の闘志を映すかのように、鋭く、そして美しく輝いていた。

対する俺の武器は、相変わらず、ただの鉄のショートソードだ。


「行くぞ!」

シルヴァの言葉と同時に、彼女の姿が、掻き消えた。

〝銀閃〟の異名は、伊達ではない。常人には目で追うことさえ不可能な、神速の踏み込み。

次の瞬間、俺の死角である背後から、鋭い切っ先が、首筋を狙って突き出された。


だが、その切っ先が、俺の肌に触れることはなかった。

キィン、という澄んだ金属音と共に、俺は、振り返ることさえせず、背後に回したショートソードで、その一撃を、完璧に受け止めていたのだ。


「なっ…!?」

シルヴァの驚愕の気配が、背後から伝わってくる。

彼女は、すぐさま連続攻撃に転じた。四方八方から、まるで銀色の流星群のように、無数の突きと斬撃が、俺に襲いかかる。

だが、その全てが、まるでそこに壁でもあるかのように、俺のショートソードによって、弾かれ、受け流されていく。


俺は、ほとんど動いていない。ただ、最小限の動きで、彼女の神速の剣戟に、まるで合わせ鏡のように、対応しているだけ。

それは、もはや戦闘というよりも、二人で一つの演目を演じる、美しい剣舞のようだった。


数十秒後。

嵐のような連続攻撃を終えたシルヴァが、ぜぇ、はぁ、と、大きく息を弾ませながら、俺から距離を取った。

「…馬鹿な。なぜだ。なぜ、私の剣が、お前には届かない…?」

彼女は、信じられない、という顔で、俺を見つめる。

「お前の動きは、決して速くはない。それなのに、なぜ、私の全ての攻撃を、完璧に予測できる…?」


俺は、構えを解き、彼女に答えた。

「予測じゃない。俺はただ、あんたの剣の“名前”を、読んでいただけだ」

「…名前?」

「ああ。あんたが剣を振るう一瞬前、その剣には、【喉を狙う、鋭い一突き】とか、【足を薙ぐ、疾風の一閃】といった、明確な“名前”が与えられる。俺は、その定義を読み取って、それに合わせただけだ」


「……」

シルヴァは、完全に、言葉を失っていた。

彼女にとって、それは、無意識の領域。長年の鍛錬によって体に染みついた、剣士としての魂そのものだ。それを、俺が、まるで本を読むかのように、たやすく「読んでいた」というのだから。

彼女の絶対的な自信の源泉であった剣技は、俺の前では、全てお見通しの手品に過ぎなかった。


「…は、はは」

やがて、彼女は、乾いた笑いを漏らした。

「ははははは!なるほどな!勝てるわけがない!お前は、もはや、同じ次元にすらいないというわけか!」

その顔には、敗北の屈辱ではなく、自分のはるか先を行く、圧倒的な存在に出会えたことへの、歓喜の色さえ浮かんでいた。


彼女は、レイピアを鞘に収めると、吹っ切れたような、晴れやかな顔で言った。

「降参だ、ノア。私の完敗だ。…だが、いつか必ず、お前のその『目』でも読み切れない一撃を、放ってみせる」


その時、俺たちの関係は、単なる任務上の相棒から、互いを認め合う、本当の意味での「好敵手ライバル」へと、変わったのかもしれない。


***


模擬戦の後、俺たちの旅は、和やかな雰囲気で進んだ。

そして、出発から数日後。俺たちは、ついに、王都セントラリアへと帰還した。


騎士団本部の門をくぐり、俺たちがセレスティアの執務室へと向かうと、彼女は、難しい顔で、大量の書類に目を通していた。

俺たちの姿を認めると、彼女は、安堵の表情を浮かべた。


「ノア君、シルヴァ、よく戻った。ミレット村の件、報告は受けている。素晴らしい成果だ。二人とも、ご苦労だった」

労いの言葉をかけながらも、その声には、どこか切迫した響きがあった。


「団長、何かあったのですか?」

シルヴァが尋ねる。

セレスティアは、机の上の一枚の羊皮紙を手に取り、その顔を厳しく歪めた。


「…ああ。君たちが留守の間に、少しな」

彼女は、俺たちに、その羊皮紙を見せる。

そこには、王国最大の催しである、「建国記念祭・御前試合」の開催を告げる、国王直々の布告が記されていた。


そして、セレスティアは、静かに、しかし、重い声で、言った。

「ノア君。君に、新たな任務を命じる」

「――この御前試合に出場し、優勝しろ」

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