表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/54

第二十五話:生命の再定義

「俺が、この土地に、新しい“名前”を与える」


俺の静かな、しかし、絶対的な確信に満ちた言葉に、村長は、ただ、震える唇で何かを言おうとして、言葉にならない、といった様子だった。

隣に立つシルヴァは、その緋色の瞳を疑念と好奇心で細め、俺に問いかける。

「…正気か、ノア。お前、自分が何を言っているか分かっているのか?この広大な畑、いや、村全体の土地を、まるごとどうにかするつもりか?そんなこと、神でもなければ不可能だ」


「可能か不可能かじゃない。やるんだ」


俺は、それだけ言うと、彼女に背を向け、再び、荒れ果てた畑の中心へと歩き出した。

村人たちが、遠巻きに、固唾をのんで俺を見守っている。その視線には、もう諦めだけではなく、ほんのわずかな、ありえない奇跡を願う、祈りのようなものが混じり始めていた。


俺は、畑の中心で、静かに膝をついた。

そして、乾いてひび割れた大地に、そっと右の手のひらを置く。

目を閉じ、意識を集中させる。俺の感覚は、大地と一体化し、この土地を蝕む【混沌】の核と、【拒絶】の概念の広がりを、正確に把握した。


(…まずは、癌を取り除く)


俺は、自らの魔力を、浄化の槌として、大地深くに存在する【混沌】の核めがけて、叩きつけた。


「――定義を開始する。この地に根付く全ての【混沌】と【拒絶】よ――消え去れ!」


俺の手のひらから、目には見えない、しかし、強力な浄化の概念が放たれる。

大地が、一瞬、びくり、と痙攣したかのように震えた。村長たちが、「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

土地の奥深くに根を張っていた、あの不快な「ノイズ」が、綺麗さっぱりと消え去っていくのを感じた。大地は、今、まっさらな、無垢なキャンバスとなった。


(…そして、ここからが本番だ)


俺は、懐から、森で拾った一枚の、青々とした樫の葉を取り出し、左手で強く握りしめる。

この葉が持つ、純粋な【生命力】の概念を、これから俺が描く、新しい世界の「絵の具」にするのだ。

俺は、自らの魔力の、そのほとんどを注ぎ込む覚悟で、ありったけの意識を、大地に置いた右手に集中させた。


そして、俺は、高らかに、宣言する。

この死んだ大地に、新しい世界の理を、祝福を、与えるために。


「――この無垢なる大地に、新たな“名前”を与える。お前の名は――“芽吹き、育み、恵みをもたらす、生命の揺り籠”だ!」


瞬間、俺の右手を中心に、世界の色が変わった。

淡い、若草色の光の波紋が、大地を伝って、どこまでも、どこまでも、広がっていく!

パキパキ、と音を立てて、乾いた大地に潤いが戻り、その亀裂がみるみるうちに塞がっていく。土の色が、生気のない灰色から、豊かな恵みを感じさせる、深い黒色へと変わっていく。


「お…おお…!」

「なんだ…なんだこれは…!?」


村人たちの、信じられない、といった声。

だが、奇跡は、まだ終わらない。

死んでいたはずの大地から、ふわり、と、陽炎のように、薄緑の靄が立ち上り始めた。それは、生命そのものの息吹だった。

そして、茶色く枯れていた雑草の根元から、小さな、小さな、新しい緑の芽が、まるで「生まれていいんだ」と許可されたかのように、次々と顔を出し始めたのだ。


乾いた風は、いつの間にか、土の匂いと、若草の匂いを運ぶ、優しい風に変わっていた。

死んでいた大地が、今、この瞬間、確かに、息を吹き返したのだ。


「…これが…彼の力…」

シルヴァが、呆然とつぶやく。

彼女の絶対の自信の拠り所である、神速の剣。それは、目の前で起きた奇跡の前では、何の役にも立たない。

破壊ではなく、創造。

死ではなく、生命。

彼女は、自分が知る「強さ」とは、全く次元の違う、あまりにも根源的で、そして、圧倒的な力の奔流を、目の当たりにしていた。


「ぐ…っ…」

俺は、大規模な定義によって、ほとんどの魔力を使い果たし、くらり、と視界が揺らぐのを感じた。体が、前に倒れそうになる。


「――おい、ノア!大丈夫か!」


その体を、力強く、しかし、どこかぎこちない動きで支えたのは、今まで呆然と立ち尽くしていた、シルヴァだった。

彼女は、俺の腕を掴み、その肩を貸しながら、驚きと、混乱と、そして、生まれて初めて抱いたであろう「畏敬」の感情が入り混じった、複雑な表情で、俺の顔を覗き込んでいた。


畑の周りでは、村人たちの、泣き声交じりの、割れんばかりの歓声が上がっている。

その中で、俺は、天才女剣士の肩に体を預けながら、この世界で、また一つ、自分の「役割」を見つけたような気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ