第二十一話:最初の依頼と、銀閃の騎士
王都の朝は、鳥のさえずりと、遠くで鳴り響く教会の鐘の音で始まった。
俺、ノアは、生まれて初めて眠る、天蓋付きの豪奢なベッドの上で目覚めた。差し込む朝日は柔らかく、シーツは驚くほど滑らかだ。追放され、ダンジョンの冷たい石の上で眠っていた数週間前が、まるで嘘のようだ。
(…これが、俺の新しい日常、か)
まだ、どこか夢見心地のまま、用意されていた清潔な服に着替える。
すると、部屋の扉が、控えめにノックされた。入ってきたのは、昨夜俺を案内してくれた若い騎士だった。
「ノア様、団長がお呼びです。朝食を共に、と」
案内されたのは、騎士団本部の最上階にある、セレスティアの私室に併設されたテラスだった。そこには、すでに朝食の準備が整えられていた。
「おはよう、ノア君。よく眠れたかな」
鎧を脱ぎ、簡素ながらも上質なドレスを身にまとったセレスティアは、普段の騎士団長としての顔とは違う、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ああ、まあな」
俺は、少しだけ気恥ずかしさを感じながら、席に着いた。
二人きりの、静かな朝食。他愛もない会話を交わしながらも、俺は、彼女が本題を切り出すのを待っていた。
やがて、食事が終わる頃、セレスティアは、その碧眼に真剣な光を宿して、口火を切った。
「単刀直入に言おう、ノア君。君に、最初の『依頼』を頼みたい」
「依頼?」
「そうだ。本来なら、まずは王宮への謁見や、貴族たちへの顔見せが先だろう。だが、昨日の暗殺未遂の一件で、状況が変わった」
彼女は、窓の外に広がる王都の景色を見ながら、続けた。
「今、この王都で、君はあまりにも目立ちすぎる。私の『対等なパートナー』という立場は、君を護る盾であると同時に、敵の嫉妬と警戒を煽る、格好の的にもなる。本格的に王都で動く前に、一度、君の『実績』を、誰もが認めざるを得ない形で、作り上げる必要がある」
「実績…」
「うむ。ちょうど、北方の辺境領から、一件、厄介な報告が上がってきている。ある村で、原因不明の奇病が流行し、大地が枯れ、作物が一切育たなくなった、と。現地の司祭が呪いを解こうとしても、魔法使いが調査しても、全く効果がないらしい」
その言葉に、俺は、ダンジョンで感じた、あの「混沌の概念」を思い出していた。
セレスティアも、同じ結論に至っていたのだろう。彼女は、俺の目をまっすぐに見て言った。
「おそらく、ただの病や呪いではない。世界の“定義”そのものの歪みが、あの村に影響を及ぼしているのだと、私は推測している。そして、その謎を解き明かせるのは、この国で、いや、この世界で、君しかいない」
それは、俺の力を試すための、最初の任務。そして、俺の存在価値を、王国に示すための、最初の舞台だった。
「…分かった。その依頼、受けよう」
俺が頷くのを見て、セレスティアは、安堵の表情を浮かべた。
「感謝する。だが、君一人で行かせるわけにはいかない。私の名代として、そして、君の護衛兼監視役として、騎士団の中でも、特に信頼できる者を一人、同行させよう」
「信頼できる、ね…」
俺は、昨日のバルト副長の、あからさまな敵意を思い出していた。
セレスティアは、俺の心中を察したように、苦笑する。
「安心しろ。腕は立つが、家柄や建前に囚われるような、石頭ではない。むしろ、純粋な『力』と『結果』だけを信奉する、騎士団一の合理主義者だ。おそらく、君とは、いいコンビになるだろう」
その時だった。テラスの入り口で、コンコン、と形式的なノックが響いた。
「失礼します、団長。お呼びにより、参上しました」
凛とした、しかし、どこか棘のある声。
入ってきたのは、一人の女騎士だった。
陽光を反射して輝く、銀色のショートカット。長身で、引き締まったしなやかな体躯は、無駄な贅肉が一切ない、磨き上げられた鋼のようだった。そして何より、その緋色の瞳が、まるで獲物を品定めするかのように、俺の全身を、舐めるように見つめていた。
俺は、すぐに、彼女が誰なのかを悟った。
商隊が噂していた、王国最強の若き天才。〝銀閃〟のシルヴァ。
セレスティアが、にこやかに、しかし、どこか面白がるように、俺たちを紹介した。
「ノア君、こちらが、君の初任務に同行してもらう、シルヴァだ」
「そしてシルヴァ。彼が、私が話した、私のパートナー、ノア君だ」
シルヴァは、俺から視線を外さないまま、その薄い唇を開いた。
その第一声は、彼女の性格を、完璧に表していた。
「……ふぅん。こいつが、ですか。団長が、あの副団長を黙らせてまで庇うほどの男とは、とても思えませんね」




