表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/54

第二十話:王都の門と、最初の波紋

「覚悟はいいか、ノア君。我々は、これから本当の意味での“戦場”に、足を踏み入れることになる」


夕日に染まる王都の城壁を前に、セレスティアは、俺の瞳をまっすぐに見つめて言った。

その言葉に、俺はただ、静かに頷きを返す。


「…ああ。覚悟なら、とっくにできている」


追放されたあの日、全てを失ったあの瞬間から、俺の世界は、常に戦場だった。ただ、戦う相手と、使う武器の種類が、これから変わるだけだ。


俺たちは、王国騎士団の帰還を告げる高らかなファンファーレと共に、王都セントラリアの正門をくぐった。

道行く人々が、セレスティアの帰還に気づき、次々と歓声を上げる。彼女は、この国の人々にとって、間違いなく希望の象徴なのだ。

その英雄の隣を、みすぼらしい旅装の俺が歩いている。好奇と、訝しげな視線が、容赦なく俺に突き刺さった。


(…すごいな。概念の密度が、辺境とは比べ物にならない)


俺は、そんな周囲の視線よりも、この街そのものが持つ、圧倒的な情報量に意識を集中させていた。

石畳の一つ一つに染みついた【歴史】の概念。大通りを行き交う人々の【活気】と【欲望】の概念。そして、壮麗な貴族街の屋敷から漏れ出してくる、どす黒い【傲慢】と【嫉妬】の概念。

それら全てが、巨大な渦となって、俺の感覚を刺激する。この街は、生きている。そして、同時に、深く病んでいる。


やがて、俺たちがたどり着いたのは、王城に隣接する、巨大な要塞だった。華美な装飾はないが、その石の一つ一つが、王国最強と謳われる騎士団の本拠地にふさわしい、【精強】と【規律】の概念を放っていた。

王国魔導騎士団本部。

ここが、セレスティアの城であり、俺の新しい活動拠点となる場所だ。


中庭に足を踏み入れると、一人の壮年の騎士が、部下を率いて出迎えに来ていた。その厳めしい顔つきと、鎧の意匠から、彼が相当な高位の騎士であることが伺える。

「団長!ご無事のご帰還、心よりお待ち申し上げておりました!」

「うむ、留守を感謝する、バルト副長」

セレスティアが、バルトと呼ばれたその男に、短く労いの言葉をかける。

だが、バルト副長の視線は、セレスティアの隣に立つ俺を捉えた瞬間、鋭く、そして険しいものへと変わった。


「団長。失礼ながら、そちらの…埃っぽい少年は?まさか、道中で拾われた迷子ではありますまいな」


その言葉には、隠す気のない侮蔑と、騎士団という神聖な場所に、得体の知れない異物が入り込んだことへの、明確な敵意が込められていた。部下の騎士たちの間に、緊張が走る。

追放された日を思い出すような、既視感のある光景。

だが、今の俺の隣には、あの時とは違う、絶対的な味方がいた。


「――口を慎め、バルト」


セレスティアの声は、冬の湖面のように、静かで、そして、冷たかった。

その声に含まれた、絶対零度の怒りに、バルト副長は、はっと息を呑む。


「彼が、私の命の恩人であり、この国の未来を左右する重要人物、ノア君だ」

セレスティアは、俺の肩に、皆に見せつけるように、そっと手を置いた。

「今後は、全騎士団員、彼を私に対するのと同等の敬意をもって遇するように。これは、魔導騎士団長として、そして、ヴァレンシュタイン家の名においての、絶対命令である」


「なっ…!だん、団長直々の、それに、ヴァレンシュタイン家の名を…!?」

バルト副長は、信じられないという顔で、絶句した。一介の、身元の知れぬ少年に、公爵家の名を賭けてまで保証を与えるなど、前代未聞だったからだ。

彼は、顔を屈辱に歪ませながらも、団長の絶対命令に逆らうことはできず、不承不承、俺に対して、ぎこちない礼をした。

最初の波紋は、思ったよりも、大きく、そして、早く広がったようだった。


セレスティアは、そんな部下の様子など意に介さず、俺に向き直ると、ふっと、その表情を和らげた。

「長旅で疲れただろう。まずは、ゆっくり休んでくれ。君には、迎賓館の特別室を用意させてある。詳しい話は、それからだ」


彼女に目配せされた若い騎士の一人が、緊張した面持ちで、俺の前に進み出る。

「ノア様、こちらへ。お部屋まで、ご案内いたします」


俺は、セレスティアに軽く頷きを返すと、その騎士の後に続いた。

これから俺の日常となる、この巨大な要塞の、長い、長い廊下を歩きながら、俺は静かに思う。


魔物も、ゴーレムもいない。

だが、ここには、もっと厄介な敵がいる。

嫉妬、驕り、偏見、そして、見えざる悪意。


俺は、案内された、豪奢な部屋の扉を開ける。

そして、これから始まる、新しい戦いに向けて、静かに、決意を固めた。


(…ここが、俺の新しい戦場か)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ