第十八話:王都の噂と、すれ違う剣閃
枯れた村に生命の定義を与えてから、数日が過ぎた。
王都セントラリアへと続く街道を、俺たちは歩み続けていた。あの村での出来事は、俺だけでなく、セレスティアの騎士団にも、良い影響を与えたようだった。
彼らの俺に対する態度は、畏敬から、より親密な信頼へと変わっていた。俺も、彼らの真っ直ぐな好意を、以前より自然に受け入れられるようになっていた。
「ノア殿!昨日、村で分けてもらった木の実だが、あんたがちょっと触っただけで、信じられないくらい甘くなったぞ!」
「ノア君は、すごいな。君の力は、戦いだけでなく、人の暮らしを豊かにすることもできるのだな」
口々に話しかけてくる騎士たちに、俺は曖昧に頷きながらも、悪い気はしなかった。
自分の力が、誰かを笑顔にできる。
追放された俺にとって、それは、想像もしたことのない、温かい感覚だった。
そんなある日、俺たちは、王都からやって来たと思われる、大規模な商隊とすれ違った。
情報収集のため、セレスティアが護衛の騎士を介して、商隊の者たちに王都の様子を尋ねる。
「王都ですか?そりゃあ、もう大変な盛り上がりですよ!」
商人たちは、興奮した様子で語り始めた。
「もうすぐ、建国記念祭に合わせて、王国最大の御前試合が開催されるんです。国中から、腕利きの騎士や冒険者が集まってきていますよ」
「ええ、ええ!特に、今年の優勝候補はすごいらしい!何でも、王国騎士団に現れた、若き天才女剣士だとか!」
その言葉に、セレスティアの騎士たちが、にわかに色めき立つ。
「おい、それって…」
「間違いありませんな、団長」
セレスティアは、やれやれ、といった表情で肩をすくめた。
商人は、さらに熱っぽく続ける。
「ええ、確か、〝銀閃〟のシルヴァとか言いましたかな!その剣技は、あまりの速さに、誰も目で捉えることさえできないそうで…!今年の優勝は、間違いなく彼女でしょう!」
シルヴァ。
その名前を、俺は静かに胸に刻んだ。いずれ、王都で会うことになる相手かもしれない。
商隊と別れ、俺たちは再び歩き始めた。
王都まで、あと二日ほどの距離。街道はよく整備され、旅は順調に進むかのように思われた。
――その、瞬間だった。
道の両脇の森の中から、十数名の黒装束の集団が、一切の物音もなく、俺たちの前に躍り出たのだ。
その動きには、野盗のような荒々しさはない。訓練され、最適化された、プロの動き。全員が、顔を仮面で隠している。
「敵襲!」
騎士の一人が叫ぶのと、黒装束たちが襲いかかってくるのは、ほぼ同時だった。
セレスティアの騎士たちは、即座に俺とセレスティアを囲むように、円陣の防御隊形を組む。その反応速度は、さすが王国騎士団と言うべきものだった。
「どうやら、私の帰還を、快く思わない者たちがいるらしいな」
セレスティアは、冷静にそうつぶやくと、自らも魔法剣を抜き放った。
黒装束たちの狙いは、明らかにセレスティアただ一人だった。彼らは、護衛の騎士たちを巧みないなし、その刃を、執拗にセレスティアへと向ける。
キィン!と甲高い金属音が、何度も響き渡る。
騎士団は強い。だが、相手もまた、手練れの暗殺者集団。じりじりと、防御網が削られていく。
(こいつら…ただの暗殺者じゃないな)
俺は、戦況を冷静に分析する。
彼らの剣には、【殺意】の概念だけでなく、微弱ながら、あのダンジョンで感じた【混沌】の概念が、不気味にまとわりついていた。
その時、暗殺者たちのリーダーと思われる一人が、騎士の一瞬の隙を突き、防御網を突破した。
その凶刃が、一直線に、セレスティアの心臓めがけて突き進む。
「団長!」
騎士たちの悲鳴。
だが、その刃がセレスティアに届くことはなかった。
俺が、セレスティアの前に、立ちはだかっていたからだ。
「小僧が…!死にたがりか!」
暗殺者は、邪魔な俺を排除すべく、その刃を俺の喉元へと翻す。
俺は、自分の剣を抜かなかった。
ただ、迫りくる刃を、真っ直ぐに見据える。
そして、その剣そのものに、新たな定義を与えた。
【――その剣は、“鉛の如く重く、決して振り抜けぬ”】
「なっ…!?」
暗殺者が、驚愕の声を上げる。
流れるように振るわれたはずの彼の剣が、まるで根でも生えたかのように、空中でピタリとその動きを止めたのだ。いや、止められたのではない。彼の腕が、ありえないほどの「重さ」に耐えきれず、わななくと震えている。
俺は、一歩も動かない。
さらに、周囲で戦う他の暗殺者たちの武器にも、同時に、新たな定義を与える。
【その刃は、“焼き物のように脆く、一度の衝撃で砕け散る”】
直後、騎士たちの剣と打ち合った暗殺者たちの武器が、パリン、パリン、と。まるで薄いガラス細工のように、次々と砕け散っていった。
武器を失い、呆然とする暗殺者たち。
リーダーは、未だに「重くなった」剣を持ち上げることさえできず、無様に立ち尽くしている。
戦いは、終わった。
血を流すことなく、あまりにも一方的に。
俺は、リーダーの仮面の目の前にまで歩み寄ると、冷たい声で、問いかけた。
「誰の差し金だ?」