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第十四話:残響と、光への道

俺とセレスティアとの間に「対等な協力者」という契約が結ばれてから、俺たちのダンジョン脱出は、驚くほど順調に進んでいた。

俺が概念を読み解いて最も安全なルートを示し、セレスティアが卓越した指揮能力で部下たちを動かす。戦闘はほとんど発生せず、発生したとしても、俺が本気を出すまでもなく、セレスティアと彼女の騎士たちで十分に片が付いた。


彼らは、俺が作り出した「絶対防衛線」や「混沌の自壊」といった、規格外の力を見て以来、俺には戦闘をさせまいと、必死に護衛に徹しているようだった。それは、俺を「守るべき切り札」として認識している証拠であり、俺にとっては、少しだけ気恥ずかしくも、新鮮な感覚だった。


「ノア殿、こちらの水は問題ない。私が【解毒】の魔法をかけた」

「ノア様、足元が悪い。私に掴まってくれ」

「ノア君、疲れてはいないか?少し休もうか」


口々に気遣ってくれる騎士たちと、それを当然のように受け入れ、俺の体調を最優先してくれるセレスティア。

かつて、荷物持ちとして、常にパーティーの最後尾を歩かされていた頃の記憶が、まるで遠い昔の夢のように感じられた。


そんな旅の途中、俺たちは、見覚えのある巨大な石扉の前にたどり着いた。

《金剛の番人》を閉じ込めた、あの祭壇の間だ。

扉の向こう側からは、もう何の物音もしない。番人が活動を停止したのか、あるいは、俺たちが通った後、別の誰かがここを訪れたのか。


その時、セレスティアの部下の一人が、石扉の前の床に落ちていた何かを拾い上げた。

「団長、これは…」


彼が差し出したのは、見事な宝飾が施された、大剣のつかだった。だが、そこから先、肝心の刀身は、根元から無惨に砕け散っている。


セレスティアは、それを受け取ると、息を呑んだ。

「…間違いない。勇者レギウスが持つ聖剣『サンクトゥス』の柄だ。なんと、神代の金属で作られた聖剣が、こんな場所で…」

騎士たちも、その残骸を見て、言葉を失っている。

「では、勇者様たちは、この扉の向こうの番人と戦って…そして、敗れたというのか…?」


俺は、その砕けた聖剣の柄を、ただ黙って見つめていた。

俺の目には、視える。

そこに、まるで怨念のようにこびりついた、持ち主の残留思念が。


【焦燥】【屈辱】【後悔】

そして、他の全てを塗りつぶすほどに、濃密で、どす黒い【絶望】の概念。


(…やっぱり、折れたのか)


俺は、かつてレギウスに告げた、自分の言葉を思い出していた。

『その剣、“疲弊”している。一度休ませるべきだ』と。

俺の言葉を嘲笑い、自らの力を過信した英雄が辿り着いた、必然の結末。

だが、俺の心に、喜びや満足感といった感情は、一切湧いてこなかった。ただ、どうしようもない虚しさが、静かに胸に広がっていく。

彼もまた、自分自身の「価値」を、見誤っていただけなのだ。


俺が何も言わないのを、セレスティアは、俺なりに何かを感じ取っているのだと察したようだった。彼女は、それ以上何も問わず、ただ、「行こう」と静かに促した。


それから、さらに数時間。

俺たちは、ついに、ダンジョンの最深部から続く、長い、長い、登りの通路を歩いていた。

淀んでいた空気が、少しずつ澄んでいくのを感じる。肌を撫でる風が、地下特有の湿り気を失っていく。

そして、遥か前方に、小さな、しかし、力強い光が見えた。


出口だ。


光は、徐々に大きくなっていく。

騎士たちの間から、歓喜の声が上がる。

俺は、ただ無言で、その光に向かって歩き続けた。


そして――。

俺は、追放されて以来、初めて、その身に太陽の光を浴びた。


「……あたたかい…」


思わず、そんな言葉が漏れていた。

閉ざされた、冷たい孤独の世界から、光溢れる場所へと、俺は還ってきたのだ。

眩しさに、思わず目を細める。肌を撫でる、優しい風。土と、草と、森の匂い。世界の全てが、こんなにも鮮やかな色彩と、生命力に満ちていたことを、俺は忘れかけていた。


それは、単なるダンジョンからの生還ではなかった。

理不尽に全てを奪われた「ノア」の物語の終わり。

そして、自らの価値を自らの手で定義していく、新しい「ノア」の物語の、本当の始まりだった。


俺は、大きく、深く、外の空気を吸い込んだ。

隣に立ったセレスティアが、そんな俺の横顔を、慈しむような、優しい目で見つめていた。

そして、彼女は、まるで新しい世界の誕生を祝福するかのように、言った。


「お帰りなさい、ノア君」

「――そして、ようこそ。君が、君の力で勝ち取った、君の本当の世界へ」

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