別に心が壊れている訳では無い
かつて“氷の獅子”と恐れられた騎士団長・レオニスは、いつもと変わらぬ冷静沈着な態度で朝の巡回に出た。鋼の瞳、鋭い視線、動じぬ口調。何ひとつ変わっていない──はずだった。
だが、その頬を一筋、透明な雫が静かに伝っていた。
「……団長、泣いて、いらっしゃいますか?」
最初に気づいたのは副官のシルヴァだった。レオニスは一瞥する。
「問題ない。巡回を続けるぞ」
確かに彼の声は揺れていない。表情も、どこまでも無表情。いつものレオニスだ。ただひとつ違うのは、その目尻から絶え間なく零れ落ちる涙だった。
「えっ……でも団長……涙が……っ」
「呪いだ。森で拾った古びた指輪が原因らしい。夕方には解けるそうだ」
平坦な説明に部下たちはざわめいた。
(いやいや、いやいやいやいや……!)
(無表情でずっと泣いてる団長ってなに!?)
(やばい。なんか……心にくる……)
(泣いてるのに、全然取り乱してないのが余計に……!)
その日、レオニスは涙を流したまま指揮をとり、魔獣を退け、政務を淡々とこなした。その姿に、部下たちは勝手に思いを巡らせる。
「団長……限界だったんだな……俺たちが支えなきゃ……!」
(団長……今夜は泣き疲れて眠るのかもしれない……)
だがレオニス本人は、夜の風呂上がりにぽつりと一言。
「目が乾いてきた。目薬より効率が良いな」
まったく以って、いつも通りだった。