実験に行こう
それから一年が経過し、リアンは13歳になっていた。
父、マディガンとはどこかよそよそしくなってしまったが、母クラリスが態度を変えずに優しく接してくれるため、表面上は仲の良い親子でいる事が出来た。
そして、剣の訓練に誘われなくなったリアンは、どこか訓練場に顔を出す事を避ける様になり、その分魔法の勉強に勤しむようになっていったのである。
元よりアンナを教師に幼い頃から魔法を学んでいたリアンであったが、この頃から特に錬金術を習得していく事になる。
錬金術とは、火、風、水、土の四元素魔法を行使し、様々な物質を分解、抽出、組み換えを行って新たな物質に変化させるという事を目的とした魔法である。
この世界で一般的な錬金術は、例えば鉄鉱石から鉄を抽出する事や、それを熱して、他の物質と組み合わせて武器や道具を作成するなどが知られている。
この魔法に注目した理由としては、肥料作成をしようと思ったからだ。
前世の高校で習った知識に、ハーバーボッシュ法というものがある。
これは鉄を触媒に、空気中の窒素を水素と反応させてアンモニアを合成するというものだ。
この技術には高温、高圧が必要である為一定の施設を作成する必要があったが、錬金術を使えば機器の作成事態は難しくない。
アンモニア肥料を使って痩せた土地に微生物を発生させ、効率的に開拓する計画は、既に一定の成果をあげ始めていた。
そして、このハーバーボッシュ法によって硝酸の生産も可能となったのである。
これに硫黄と木炭を合わせて黒色火薬の原料にもなる事を思いだしたリアンは、マスケットライフルを作成してみたが、満足のいく結果にはならなかった。
というのも、魔法のある世界である。筒に火薬を詰めて、弾を詰めて、導火線に火を付け、狙いをつけて撃つ。この工程が多すぎるのである。
また黒色火薬はまるで煙幕の様に大量の煙が発生してしまうため、隊列を組んで使用すると、戦場がまるで霧につつまれたかのように前が見えなくなってしまう可能性があり、使うとすれば狙撃くらいであろう。
それであれば魔法を使える者をある程度集めて隊列を組んで一斉に撃った方が戦争向きと思われた。
このため、リアンはより手軽に使用でき、煙の少ない火薬の作成を研究していたのだが。
手軽さについては一定の成果が見えたが、無煙火薬のレシピが分からず難航していたのである。
そんなこの世界に存在しない新たな武器開発の実地試験を行うため、リアン一行は森道を歩いていた。
意気揚々と歩くリアンの後ろから、情けない声が聞こえてくる。
「リアンー、休憩しようぜー」
「もうちょっとだよカルア。頑張ろう」
「鬼かよ……」
カルアと呼ばれた男は、仕立てのいい使用人服を着た、リアンと同じ歳の少年だった。
しかし、よく見るとシャツのボタンは第二ボタンまで外しており、ベストに至っては閉まっているボタンが一つもない。
袖口ですらカフスを付けていないので、とにかくだらしない印象である。
ただ、散らかった服の印象とは正反対に、顔立ちは驚くほど繊細に整っており、どこかちぐはぐな印象だった。
そんな彼が整った顔を歪めている理由はその背に背負った籠である。
籠の中には布で包まれた棒状の物が数本と、その他雑多な荷物が詰め込まれている。
かなりの重量なのか、背負い紐が肩に食い込んでいるのが分かる。
そんな彼に心配そうな視線を向けていた少女が、おずおずといった体で口を開いた。
「あ、あの……少しなら持ちますけど」
メイド服をしっかりと着こなした少女であった。
リアンは視線をその少女に転じ、指を立てて言う。
「甘やかしちゃ駄目だよエラ。カルアは甘やかすと調子に乗っちゃうからね」
「ああん!? お前俺を馬鹿だと思ってるだろ!」
不満の声を上げるカルアに、リアンは驚いた顔をして目を見開いた。
「……何故バレた。貴様天才か!?」
「てめえ! ぶっ殺す!」
まるで噴火する火山の様に起こるカルアと、楽しそうに笑うリアン。
そこにはどこか春の木漏れ日のような温かさがあった。
思わず小さく笑ってしまうエラに、それを燃料に更に怒鳴り声を上げるカルア。
しかしその怒鳴り声はリアンの笑顔の燃料となるので、その光景はいつまでも続くのであった。
歩いている森道は、クラウディウス家の領地である。
道はそれなりに整備されていて、馬車が通る事もあるのだが、野生動物や魔物の出現も多く、利用する者はあまりない。
ただし、隣のウダルリヒ伯爵家の領土への最短ルートとなっているため、何らかの急を要す場合に利用する事がたまにあるのである。
勿論、急を要さなくても商人たちにとって、最短ルートで物資を届けるというのは一定の理由にもなるのだが。
リアンたちが何故そんな場所を歩いているのかというと──。
「よし、この辺の横道に入ると小川がある。その辺りで実証実験しよう」
「はい、リアン様」
「あいよ」
リアンの言葉に、エラは承諾の返事をし、カルアは不承不承といった体で頷いた。
小川のほとりに荷物を下ろし、リアンたちは景色に息をつく。
サラサラと流れる水の音はまるで耳を癒す魔法のようであり、緑豊かな情景は、見ているだけで視力が良くなると言われても疑わない程だった。
全員で小川の水気を含んだ空気を堪能し、リアンは開始の為に口を開いた。
「じゃあ、ここに荷物を広げよう。エラも手伝ってくれる?」
「はい」
キラキラと光る水面に負けない、キラキラとした笑顔を見せたエラを視界の端に、リアンたちは荷物を広げ始めたのだった。