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仕事の依頼

「戦士、ですか」


 煉の問う様な声に、応えたのは一方的な物言いだった。


「戦士よ。最初の依頼を伝える。君の生きてきた世界とは異なる世界。その国の一つガルトランド王国に赴き、魔王を討伐せよ。なお、当該の世界での戦闘は剣、弓、魔法が主である。当該世界の住民、勇者を上手く育て事に当たるとよい」


「え、魔王、ですか? えっと、それはどういう」


「細かい事はこの後担当するワルキューレより聞くがいい。入れ!」


 背後から、大きな扉が開く音がし、真っ白なドレスを着た女が入室してきた。

 しかし、一目でその人物は人間ではないのだと分かる。真っ白な翼が生えているためだ。

 そんな彼女は、入室するなり跪きフレイヤの言葉を待った。


「比嘉 煉。君の担当はそこのカミラが担当する。カミラよ、以降は頼むぞ」


「承知しました」


 短いやり取りのあと、カミラと呼ばれた有翼の女は立ち上がり、その澄み渡ったガラスの様な瞳で煉を見て言った。


「それでは戦士レン様。こちらへ」


 言うと、どういう仕組みなのか触れてもいないのに扉が開く。

 ついてこいという事だろう、その扉の先へと歩を進めるカミラに、煉は慌てて付いていったのであった。



〇〇〇


「まず、貴方はこの依頼を断る権利があります」


 案内された先、品のよく、所々金の意匠が施された豪華そうな調度品の並ぶ部屋にテーブルとイスが用意されていた。

 そこに座らされ、金色の長髪の美人、カミラから言われたのはそんな言葉からだった。


「断ると、どうなるんでしょうか」


「貴方は戦士ではなくなります」


「えと、それはどういう……」


「貴方は既に死んでおりますので、その先はありません」


 あんまりな説明に思えた。

 それは実質断る権利などないのではないだろうか。そう思って困った顔をする煉に、カミラは一瞬、悲しさを覗かせる笑顔を浮かべた。


「自分の道が死して尚続くのは、必ずしも幸せとは限りません。寧ろ、一種の拷問であるかもしれません。私達が求めるのは、それでも尚戦う道を選ぶ戦士なのです」


 なるほど、と煉は納得した。

 今回は初めての死だ。だからこそ異世界に行くという提案は死を否定し、生を永らえるというメリットしかないように思えるのかもしれない。

 もしこれが何度も続き、何度も死を経験し、何百年、何千年も生き続けた後に聞かれたならば、受ける印象は変わっているかもしれなかった。

  そんな煉の胸中を知ってか知らずか、カミラは説明を始める。


「もし依頼を受ける場合ですが、貴方には当該の世界へと記憶を残したまま転生していただきます。引き継げるものは記憶だけではございません、タレントスキルも引き継いでの転生となります」


 分からない単語が出てきた。

 煉が疑問符を顔に浮かべると、言いたい事は分かっているとでも言いたげにカミラは頷き、言葉を続ける。


「スキルには2種類ございます。先ほど申しましたタレントスキル。これは才能という言葉で表現できるかと思います。ただしあくまでそれは才能ですので、育てなければ意味がありません。才能の大きさにはレベルがあり、各スキル毎にレベル1から5の5段階ございます」


 なるほど、という声が聞こえた気がした。

 それは煉の胸中なのか、それとも思わず声に出してしまったのかわからない。

 しかし、それには構わずカミラは続ける。


「続いてアクワイアスキルです。これはその人生の中での努力や行動によって獲得するスキルでございます。こちらは才能と違って引き継ぐ事はできませんので、貴方が前世で何らかのスキルを獲得していたとしても、リセットされる事となります。けれど無駄ではありません。貴方の前世で得たアクワイアスキルとその熟練度は次の人生で関係したタレントスキルに注ぎ込まれ、それが一定量になるとタレントスキル獲得となります」


「えっと、つまり元々剣のタレントスキルを持っていなくても、次の人生の中で頑張って剣を練習してスキルを伸ばせば、更にその次の人生では剣のタレントスキルを手に入れた状態で始められるって事ですか?」


「タレントスキルを得るまでの熟練度を得る事は簡単ではございませんが、ご認識の内容で相違ありません」


「もう一つ。アクワイアスキルっていうものはレベルに上限があるんですか?」


「アクワイアスキルには、レベルの概念はございません。よって、上限はないものとなります。熟練度という表現をいたしますが、特段数値化したデータはございません」


 まるでゲームの様だ。煉の胸中でそんな感想が漏れていた。

 つまりは自分というキャラクターのステータスをある程度自分の自由に人生の中で伸ばしていき、その伸ばしたスキルはそのまま次の人生に持ち越せないが、才能という形で伸びやすい状況になるという事だろうと推察される。


 けれど、気になる事はまだあった。


「ほかにステータスというか、例えばストレングス(筋力)やインテリジェンス(賢さ)のような数値化されたものはあるんですか?」


「ございません。ただし、タレントスキルに『忍耐力』や『持久力』、『筋力』といったスキルがございます。意図的に伸ばす事も可能です」


「そういうスキルは、どうやって確認するのですか?」


「現時点で貴方が関わる存在の中で、スキルの確認が可能なのはワルキューレのみとお考えください」


「つまり、生きている内は確認できないと?」


「その理解で間違いございません」


 現時点でという言葉が気にかかるが、もっと上位の存在がいるという示唆なのだろうと思われた。

 まだ確認する事がある。


「魔王を倒せ、という事を言われたのですが、具体的にどうやって倒すのでしょうか」


「方法は問いません。自由に活動してください。ただし、依頼の失敗は貴方の道の終わりとなる可能性もございますので、ご注意ください」


「うーん、この辺は実際にやってみないといくら聞いてもわからないか。あ、俺は今回どんなタレントスキルを所持できるんですか?」


「タレントスキルは低レベルでも一つ持っているだけで大きな力となりますので、できれば一つ以上は獲得できていると良いですが」


 そう言ってカミラはじっと煉の事を見つめ、目を見開いて驚いたような表情をした。


「どんな職業というか、人生を歩めば、こんなに多岐にわたる経験をするのでしょう。複数のタレントスキルをお持ちの様です」


「え、ああ、そうなんですか」


 そして羽ペンにインクを付け、紙ではなく、どちらかというと革のような物にサラサラと何かを書き始めるカミラ。


 そこに書かれていたのは以下の内容だった。


・持久力 レベル1

・刀術 レベル1

・体術 レベル1

・身体操作 レベル1

・感情察知 レベル1

・演説 レベル1

・真似 レベル1


 そして、『真似』の場所にアンダーラインが引かれている。

 気になって質問をしてみる事にした。


「あの、真似っていうのは重要なスキルなのでしょうか」


「ええ、とんでもないスキルです。対象となる物質や生物の行動や言動の原理を理解して、それを己の肉体でトレースする能力ですので、即戦力には中々なりません。ですが、使いようによってはあらゆるアクワイアスキルを劇的に成長させることができるでしょう」


「そうなんですか」


 スキルの一覧を見ていて思う。本当に自分の人生が反映されている気がした。

 恐らく、数ある戦闘技能で刀術と体術があるのは、殺陣の稽古が活きたのかもしれない。

 身体操作なども、舞台は自分の体で感情を表現するのだ、どう動けばどう伝わるか、どう伝えるためにはどう動かすか、そういった事を勉強する。

 感情察知や真似というのは、役作りやそれを体でトレースする事で身についたのだろうか。その辺りの詳細まではわからないが、確かに自分の人生で得たものなのだと煉の中で納得めいた感情が芽生えていた。


 軒並みレベル1というところに若干の不安を覚えるが、この辺りはなるようにしかならないと割り切る事にした。

 その決心が顔に出ていたのか、カミラは一つ頷くと何かがびっしり書かれた革のような物をこちらに提示する。


「こちらが契約書です。ご自身のタイミングでサインをしてください。サインと同時に転生がはじまりますので、その旨ご留意ください」


「……」


 煉は契約書に目を落としながらも、不思議に思っていた。

 他でもない、カミラの態度についてである。

 彼女はあまり感情の表現を行わないようにしている。これは、そうしようと『演技』しているのだと煉にはわかった。

 その裏には、どこか煉がこの転生を断って欲しいと願っている様に感じるのである。

 確かに今までの常識が通用しない異世界に転生するというのは不安ではあるが、そう悪い話でもないように思われる。

 それも、魔王を倒して世界を救う話なのだ。悪い話どころか、誰にとってもいい話であるように思う。

 けれど、それを心の中で良しとしていないという事は、魔王の力が強大過ぎて、事実上討伐できないという事なのか、それとも転生先が過酷過ぎる環境なのだろうか。

 

 聞いても答えてくれないだろうな、と胸の内で呟いた煉は、覚悟を決めて契約書にサインをした。


 すると、契約書が淡く光り、次いで煉自身も光に包まれる。

 眩くて何も見えなくなった煉の耳に、カミラの声が聞こえた。


「貴方は戦士です。どのような手段でも構いませんので魔王を倒す使命を帯びた戦士なのです。努々、その事をお忘れなきよう」


 脅すような、諭すような、そんな声の後、いっそ優しい声になったカミラの言葉が耳に残る。


「貴方にとっていい人生である事を祈っています。それでは、いってらっしゃい」


 いってきます。そう言おうとしたが、既に煉の意識は光に混ざる様に飲まれていて叶わなかった。

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