1.異世界転生
目が覚めると眩しくて思わず目を細めた。
ぼんやりとした視界に金髪の男が入る。
誰だコイツは
なんて思ったがそう言えば階段から転げ落ちて大怪我負ったから救急隊員にでも運ばれてるんだろうなと思う。
体はーー
痛くは無いな。
麻酔でもされているのだろうか
いや、命に関わる怪我とかした時は脳が痛みを和らげる物質を分泌するなんて聞いたことがある。
「ーーー?っっ!ーーっ!」
外国人の救急隊の方だろうか
初めて見たな。
なんて言っているかは理解出来ないが非常に焦っている事が伺い知れる。
意識が戻った事を周りに知らせているのだろうか
それとも何か指示を出してるのかもしれない。
思い返してみたがかなりの重体だったろうしな。
そんな事を呑気に考えていると、ひょいとソイツに抱き抱えられる。
(え?どゆこと)
そりゃあ救急隊員ともあれば大人1人くらいは抱き抱えられるだろうが、その抱え方に違和感があるのだ。
なんと男の腕の中に俺の体がすっぽりと収まっているのだ。
それに、手を見やると人形かってくらい小さくなっているし、何か喋ってみようとしたが、上手く発声出来ないで代わりに出たのは呻き声のような音だけだ。
男がこちらを覗き込む。
抱えられた事で近づいてその顔を認識する事が出来たのだが、まるで有名絵画から飛び出してきたのかという美しい顔の横には、ピコピコと動く長い耳が付いてるではないか。
ますます理解が出来ない。
そんな俺の心情など知らんと言わんばかりに近くに寝ていた女性に手渡される。
耳は男と同じく長い。
こちらもとんでもない美人だ。
街中で歩いていたら誰もが振り返るであろう美貌だ。
だがその表情は優れない。
髪は乱れ、額には大量の汗が浮かんでおり、目の下には薄ら隈が出来ている。
「ーー?ーーーー?」
「ーーー、ーー」
「ーー、ーーー」
相変わらず言っている事は理解できないが何となく不安な事は伝わった。
そんな不安げな様子の女性の肩に安心させるように男性の手が置かれる。
(あぁ、そうか)
目の前には夫婦と思われる男女。
怪我一つない上に縮んだ体。
アニメやゲームなどの創作物でしか見た事のないエルフの特徴。
ここまで条件が揃うと否が応でも理解させられてしまう。
さんざん見たアニメのシチュエーション
その道を通ってきた男なら誰もが一度は憧れるであろう異世界転生をしたのだと。
死んだ事など忘れて、年甲斐(見た目は赤ん坊だが)もなくこれからの事に思いを馳せてワクワクしていた。
そこから約半年が経過した。
半年も経つと最初何言ってるのか分からなかった両親の言葉も多少言っていることが理解出来るようになってきた。
子供の脳みそは柔軟で色んな事を吸収しやすいのだろう。
やはり言葉がわかるようになったのは大きい。
「アグニカー、どこ行くんでちゅかぁ」
「あぅあぅ」
母親が掃除をしながら俺を呼ぶ。
言葉がわかるようになってまず良かったのは自分の名前がアグニカという事。
某ロボットアニメに出る英雄みたいな名前だ。
両親がつけたのかどうかは分からない。
と言うのも産まれた翌日里長(と思われる老人)の所に連れていかれ、札みたいな物にサラサラと何かを書いて両親に渡していたからだ。
あとはゴブリンなどの魔物の名前が会話で出たことでいよいよ異世界なんだと実感出来た。
次に移動手段を得た。
そう、最近やっとハイハイが出来るようになったのだ。
これによって家の中を色々見て回る事が出来る。
今の所魔術書のような物は見つけられていないがせめて何か童話本のような物でも見つけられたらと思う。
まだ上手く喋れなくて伝えられないので自力で見つけて読んでもらいながら学ぶしかない。
早く文字を学びたい。
何事も早め早めが良い。
そんな事は嫌という程前世で学んだ。
早めという事ではこれと同時並行でステータス確認や自力で何かスキルなり魔法を使えるようになるなり出来ないかやってみているがこちらはなかなか上手くいってない。
と言うか何も進展がない。
正直、ステータス表示が出ないのはちょっと残念だった。
(やはり詠唱は必須か?)
喋られるようになったらぜひ試したい。
男なら一度はかっこいい詠唱を唱えて魔法を使ってみたいものだろう。
もっとも、詠唱がいらないなんてパターンもあるかもしれないのだが……。
魔法が使えないなんてパターンは考えたくもない。
「ただいま、久しぶりにホーンディアが獲れたから今日の夕飯はちょっと豪華だぞ」
「あら、もうそんな季節なのねぇ」
「残りは干し肉にして冬に備えよう」
「そうね、備えはしておくに越したことはないもの」
ふむ、名前から察するに鹿肉だろう。
冬も近いのか。
「アグニカよ、今日も元気にしてたかぁ?」
「あぅ、うう」
「そうかぁ、よしよし」
「今日も家の中を動き回っていたわ。何かを探してるのか色々触って目が離せないのよ」
「そんなものじゃないのか?目に映るもの全てが気になるのだろう。好奇心旺盛で良いじゃないか」
「うーん、そんなものかしらねぇ」
「そんなもんさ、それよりご飯にしよう」
会話を打ち切り母親が食事の準備を始める。
火を起こすのに魔法使ってるかもしれないし見に行きたいが父親が俺にぞっこんで抜け出せない。
今日も今日とて逃がしてはくれないだろう。
遊んでいる内に食事が出来上がってしまう。
母に食べさせてもらう。
因みにもう乳離れしている。
離乳食は芋のようなものを潰してポタージュの様にしたものだ。
乳離れするまでは童貞の俺には女性との経験が無いため刺激的すぎた。
赤面した時は父親が大急ぎで家を出て医者のような老エルフを呼んできた。
病気か何かと勘違いしたのだろう。
何も異常は無かったのだが……。
まだ幼いからか食事をとり終わると急激に眠たくなる。
そのまま母の腕の中で眠りに落ちた。