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プロローグ

「ふぅ……」

 薄暗いオフィスの中、黙々と資料を作成しフォルダに保存して一息つく。

 PCを閉じ、時計を見やると時刻は深夜3時半を回ろうかと言うところ。


(今月の残業時間も300時間突破しそうだなぁ。

 まぁ、残業代なんて殆どカットされるんだろうけど……)


 そんな事をぼんやりと考えながら荷物を纏め、机の上を片付ける。


 ここ最近まともに寝てないせいか手元がぶれて見えるし耳鳴りも酷い。


「お先に」


 未だキーボードをカタカタ叩いてる後輩の肩をポンと軽く叩き、パソコンを覗く。

 もう少しかかりそうだ。


「きりがいいとこで切り上げて少しでも寝とけよ」


「はい、まだ終わりそうにないので今日は椅子で寝ます…」


「じゃ、朝礼で」


 そう言って仮眠室へ向かう。


 後輩を気遣えるほどの余裕など無い。

 自分のことで精一杯だ。

 そんなんだから彼女などいない。

 と言うかそんな暇すらない


 とにかく頭が痛い。

 足元も覚束無く、フラフラとする。


「っと、その前にトイレ行っとこ…」


 用を足し、洗面所で手を洗う。

 ふと鏡を見るとくたびれた顔の冴えない男が死んだ魚のような目をこちらに向けていた。


「こんな大人にはなりたくないっていう大人の代表みたいな奴になっちまったな……」


 はは、と自嘲気味に笑う

 同年代の友人達は結婚したりいい役職就いたりしてるってのに…


「ある意味自業自得ってやつかもなぁ…」


 思えばろくな努力をしてこなかったな、と。

 俺は一人っ子で家もそこそこ裕福だったから甘やかされて育った。

 欲しいものは大体買って貰えたし、小遣いだって同年代と比べて結構貰っていた方だと思う。

 勉強の方も中学の時は授業を聞いてれば大体の事が分かるから勉強しなくてもテストで良い点を取れたし、スポーツもそこそこ出来たから学校の成績表の評定は結構良い方だった。


 そのまま県内でもそこそこ有名な県立高校に進学できたのだが、中学時代に勉強をしてこなかった俺が勉強をする癖がついてるはずもなく、テストはいつも赤点ギリギリ。


 部活にも入るわけでもなく家に帰ってダラダラとアニメやゲームに耽っていた。


 両親には勉強しなさいだの何だの言われたが、当時絶賛反抗期だった俺は聞く耳持たず。

 だが、両親は高校3年間根気強く説得しようと、対話を試みようとしてくれていた。


 今思えば、この時に親の話を聞いて将来どうするかなどある程度考えておくべきだった。


 そんなんだから、名門私立や国公立の有名大学などに受かる事が出来るほどの学力がつくはずも無く、就職には大学を出ていた方が有利だろうという安直な考えの元、所為Fラン大学と呼ばれる大学を受けてギリギリ合格し、進学した。


 特に目標も何も無く、 必要な単位だけを取って暇な時は人と交流する訳でもなく部屋に籠ってダラダラとゲームにアニメ。


 就職活動なぞ碌にするはずも無く、いよいよヤバいって時期に親に言われて渋々面接を受けに行ったが、何かに熱心に打ち込むわけでもなく、遊び呆けていた俺を見透かしたかのように来るのは毎度お祈りメール。


 もうダメだと不貞腐れかけた時に最後に受けた1社から採用通知が届いた。


 給料も悪くないし面接官もなんとなく優しかったな、なんて記憶もあったから会社もアットホームな感じだろうと勝手に思い描いて、その時はすごく喜んだ。


 両親も一緒に喜んでくれてあの時は就職祝いだからと結構良い寿司屋の出前とってくれたんだっけ……


 が、入社して思い知ることになる。

 そう、労基が入れば1発アウトであろう真っ黒くろすけな会社だったのだ。


 仕事は教えてくれないくせに理不尽にキレる上司、残業なんざ当たり前だが残業代は出ないし、アットホームのアの字も無いような暗い雰囲気でキーボード叩く音か電話対応の声しか聞こえない職場。

 とにかく最悪だ。


 これまで両親に迷惑をかけた自覚はあった手前相談出来ず、1年くらいで辞めてやるなんて思ってた。


 そんな時、入社半年経った位で辞表を提出しに行ったやつが出るなんて事態が起こった。


 が、しかし突っぱねられた上に3年間すらまともに働けない奴はどこの会社も採ってもらえないから職無しになるなんて脅しかけられて、根性が無いだの俺の若い頃はもっと大変だっただのそいつが泣くまで説教されていた。

 翌日から特に上司にいびられるようになり、そのうち出社して来なくなった。


 社会人なるとこんなに恐ろしい思いして働くのか、と怖すぎてチビるかと思った記憶がある。

 社会人なりたてて何も知らない俺はそれにビビって辞める気が失せてしまった。


 そのまま辞めれずブラック企業と言う名の底無し沼にズブズブと嵌って……

 哀れな社畜の完成だ。


 かと言って40にもなろうかという歳で辞める勇気もない。

 辞めた後他の会社にこんな死んだ目をしたおっさんが採用されるビジョンも浮かばないしな。


 みるみる痩せて顔色が悪くなっていく俺に両親は心配して声をかけてくれたがそれも煩わしくなり、それっぽい言い訳をつけて10年以上前に家を出て一人暮らしを始めた。


 そこからだな、親とは疎遠になっていったのは。

 この前、久々に電話がきた時も体は大丈夫かとか言って色々心配してたっけ…。

 大丈夫だから心配して電話しなくていい、その内顔を見せに帰るからなんて適当に返してしまったが。


 沈んだ気持ちでトイレから出てフラフラと仮眠室に向かう。

 もうかなりキてるのか頭がかち割れそうな程痛い。

 吐き気もしてきた。

 嫌な過去を思い出したからだろうか……。


 エレベーターが深夜で停められてたため、階段で階下へ向かおうと足早に歩を進めた。

 早く寝ないとぶっ倒れてしまいそうだ。


「しかし本当に酷い頭痛だな、ここまで酷いのは初めてだ……」


 降りながらあまりの痛さに顔を顰めた瞬間、足元の段が急に無くなったかのような浮遊感に襲われた。


 踏み外したのだろうと理解する間もなく、段差が眼前に迫ってくる。

 これはまずいと思った次の瞬間――。

 受身を取ることも出来ず、顔や体を強く打ちつけ階段から転がり落ちる。


「うっ、はぁっ…」


 踊り場に強く打ち付けられ、肺の空気が一気に吐き出され、全身痛いが呻くことすら出来ない。


 歯も折れたのだろう。

 口の中がヌメヌメするし、なにより舌が前歯のあるべき場所に当たらず飛び出ている。


 何となくだが、鼻も折れているのもしれない。


 頭も切ったのか痛いが、それよりも脳が鈍器で直接叩かれたかのように痛い。


 息を吸おうとして、これまでに感じたことの無い鋭い痛みが走る。


 頭が割れそうだ

 思考も上手く出来ない



 これはまずいと思った次の瞬間、目の前が真っ白になり、そのまま意識を手放した。





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