風紀委員会
皇女様とコーヒーハウスに行ってから、数日が経った。
俺は今日も今日とて皇女様に呼び出されている。
昨日の夜部屋に戻ると、皇女様から貰った魔法道具の羽ペンが、皇女様からの連絡を紙に書き写していた。
『明日、授業が終わったら、西棟まで来てください』
要件が書かれていなかったのでなぜ呼び出されたのかは分からないが、とりあえず行くしかない。
今日最後の授業を終えた俺は、ニヤニヤ顔のレオンとアリナに見送られて西棟の玄関まで来た。
しかし、呼びだされた場所が西棟と言うのが少し気がかりだ。
西棟はこの前出席した会議室のある建物だ。
それ以外にも生徒会室など、この学校の様々な組織の本部がある。
正直、用事が無いなら近づきたくはない場所だ。
落ち着かなくて、少しそわそわしながら待っていると、遠くからでも目立つ銀髪の皇女様がこちらに歩いてくる。
「お久しぶりです、先輩。今日も来ていただき、ありがとうございました」
「昨日も会いましたけど。それで、今日はいったい何の用事ですか?」
最近皇女様に対する敬語が雑になっている自覚がある。
しかし、皇女様はそのことに気を悪くするでもなく、にこりと笑う。
「先輩はいつも用件を先に聞きますね。私について来てください」
ひらりと長い髪をたなびかせながら建物に入っていく皇女様について行く。
今日も皇女様はご機嫌なようだ。
俺が皇女様に連れてこられたのは風紀委員の部屋だった。
風紀委員は、問題行動を起こした生徒を処罰する委員会だ。
俺がここに連れてこられたという事は......
まずい、心当たりがありすぎる。
この前遅刻しそうになった時に魔法を使った事か。
それともレオンと一緒に夜の寮を抜け出して酒屋で賭け事をした事か。
それ以外にもかなりの余罪が頭に浮かぶ。
風紀委員会室など絶対に入りたくなかったが、皇女様に部屋に押し込まれてしまった。
「きみがグラム・シリウス君かい?」
部屋に入るなり風紀委員長に名前を呼ばれる。
ルナ・アルミナ。五年生の先輩だ。
この先輩も貴族出身だが、あの自分にも他人にも厳しいサージュ生徒会長に選ばれた人なので、ある程度信頼している。
ショートヘアのボーイッシュでクールな先輩で、魔法師としての実力もかなり高い。
風紀委員会は生徒を取り締まる組織であるため、戦闘力の高い生徒が選ばれる。
そんな生徒たちを束ねる会長が強いのは当然の事だった。
ルナ先輩、俺はルールは破りましたが反省しています。
せめて反省文を書かされるぐらいで許してください。
そう心の中で祈っていると、ルナ先輩は思いもよらない言葉をかけてきた。
「風紀委員会にようこそ、歓迎するよ」
「え?」
「あれ、聞いてなかったのか? アン第二皇女が風紀委員会に入る条件として、君も風紀委員に入ることになったんだが」
全く聞いていないです。
第二皇女はニコリと笑いながらこちらを見てきている。
先に伝えたら俺に断られると思って、わざと伝えずにここまで連れてきたのか。
「えっと、なんで俺なんですか?」
「君は生粋の権力者嫌いだから、アン第二皇女の不正を許さないだろう。それに、君の実力は相当な物だ。風紀委員にふさわしいと、私もベリリオン生徒会長も思っている」
そういえばこの前の会議で、皇女様が自分を風紀委員に推薦してほしいと言っていた。
どうやら、皇女様のお目付け役として俺が選ばれたらしい。
俺が風紀委員とか、柄じゃない。
先ほど心の中で自白したように、俺は素行が良いわけではない。
この国を変えることを目標にしてきたが、あまり上手くいかずに半グレ状態になってしまった事もある。
しかし、ここまで外堀を埋められてしまったら断るに断れない。
それに、俺だってあの時の会議では皇女様の暴走を危惧していた。
「......分かりました」
俺が折れるとぱっと笑顔になる皇女様。
お目付け役とはいうが、俺もここ数日で皇女様の人となりを少しは分かったつもりだ。
多分、この皇女様は不正をしたりしない。
なんとなくだが、そんな人ではないと思う。
「よろしく頼むよ、グラム君」
ルナ先輩の握手に、俺も答える。
「しかし先ほどの二人の様子を見ていると、ずいぶん仲がよさそうだったな。いくら第二皇女が美人だからって、不正を見逃したりしたらダメだからな」
真面目な顔して意味の分からないことを言ってくるルナ先輩。この人、冗談とか言うんだな。
「そんなことしませんよ」
俺が笑いながら返す。
「それでは仕事の内容だが......」
それから、仕事モードに入ったルナ先輩に仕事内容を教えてもらった。
風紀委員の仕事は週に二、三回、学校を見回る仕事があるくらいで、そこまで大変なものではなかった。
俺はあくまで一般の風紀委員として働けばよいそうだ。
しかし、これで俺も貴族たちを正々堂々と裁ける立場になった。
今までの鬱憤を堂々と晴らすことができる。
そんな俺の考えを見透かしたように皇女様がジト目で見てくる。
「先輩の不正は、私が見過ごしませんよ」
それはそうだ。
皇女様を怒らせるのは怖いので真面目に働くことにする。
「それでは、君たちは来週から本格的に活動してもらう。頑張ってくれ」
「「はい」」
ルナ先輩に一礼してから俺たちは部屋を後にする。
「ごめんなさい。先輩に伝えずに勝手にこんな事に巻き込んで」
西棟の玄関を出てしばらく歩いていると、突然皇女様が歩くのをやめて俯いてしまった。
「いえ、別に怒ってないですよ。授業終わりは特にすることもないですし」
「ありがとうございます。そう言ってくださると思っていました」
俺が怒っていると勘違いしているのかと思ってフォローすると、皇女様はかわいらしく舌を出しながら笑顔を見せる。
俺が許すと最初から分かっていたようだ。
皇女様の笑顔を見ながら俺は大きくため息をついた。
最近皇女様といると、いつもこんな感じだ。
ずっと皇女様に主導権を握られている感覚に襲われる。
しかし、別に嫌というわけではなく、むしろ少し心地よかったりする。
この人について行けば、もしかしたら本当にこの国を変えることができるかもしれない。
そんな予感をさせてくれるのだ。
「しかし、先輩がこうも簡単に許してくださると少し心配になります。私の不正を見逃してしまっては駄目ですよ」
「だから見逃しませんよ。それに、皇女様は不正なんてしないでしょう」
「ふふっ。信頼していただき、ありがとうございます」
「どうか俺の信頼を裏切らないでくださいね」
嫌ではないが、これ以上皇女様のペースに乗せられるのは悔しくて、少しだけ速足で歩く。
「これからしっかり私の事を見ていてくださいね、先輩」
そんな俺に追い付いて、下から覗き込むようにしてくる皇女様。
この皇女様が女王になったらいい国にはなるかもしれないが、部下は苦労しそうだな。
俺はそんなことをぼんやりと考えていた。