コーヒーショップ
「それでそれで? あんなに王族の事を嫌ってたグラム君が、どうして第二皇女にデートのお誘いを受けているんですか?」
目をキラキラさせてアリナが聞いてくる。
「グラム、水臭いじゃないか。なんで俺に相談しないんだよ」
レオンも俺の頭をグリグリしてくる。
二人とも鬱陶しい。
俺は藁にも縋る思いでプレウラを見るが、プレウラはさっきから俺の事をゴミを見る目で見てくる。
「お、お前はこの国を変えるって言ってたのに。だ、第二皇女がちょっと、か、可愛いからって、デレデレするなんて」
ここには俺の味方はいないようだ。
俺は今、好きなだけ騒ぎ立てる三人に囲まれながら黙ってサンドイッチを口に運んでいる。
先ほど、俺はこの国の第二皇女、アン・フロス・アウレリアに「授業後が終わったらコーヒーハウスに来い」と言われた。
そのことを三人に問い詰められているのだ。
「昨日の夜、ずいぶん帰りが遅かったもんな」
レオンはニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、だから。昨日はただ貴族に絡まれてたところを助けられて、そいつらを連行した後、皇女様を女子寮まで送っただけだってば」
「でも、グラムが送るって言ったんでしょ?」
アリナが俺の事を指で突いてくる。
「それはそうだけど......」
まずい、どんどん話が良くない方向に向かっている気がする。
「それに、第二皇女様を女王にするって言ったんだろ? それってもう...... 告白みたいなものじゃん!」
いや、告白なんてしてない。
確かに、王女になったらいい国になると言った覚えはあるし、王女を目指すといった彼女に応援するとは言った。
しかし、第二皇女様を王女にするなんて一言も言っていない。
どうやら、第二皇女様の頭の中で大きな勘違いが生まれているようだ。
昨日は話が通じる人だと思っていたのだが、残念ながら通じていなかったらしい。
俺は昨日上がった第二皇女様の評価を少しだけ下げて、サンドイッチを黙々と食べ続けた。
◇ ◇ ◇
大人しく授業を受けていれば授業は終わってしまう。
俺は今、学校を出て、町の大通りを歩いている。
アン第二皇女との約束、と言うか俺からしたらほぼ脅迫を受けた俺は、渋々学校から出て少し歩いたところにある『青の薔薇』というコーヒーハウスに向かっている。
この町は、アウレリア魔法学校の関係者たちでにぎわっており、さながら学園都市と言ったところだ。
前からくる人たちを避けながら石造りの道をしばらく歩くと、『青の薔薇』と書かれたぶら下がり式の看板が見えてくる。
そして、その看板の下にはアン第二皇女が立っていた。
「急に呼び出して申し訳ありません。グラム先輩」
「いや、別にそれは構いませんが。用件は何ですか?」
「そんなに焦らないでください。まずお店に入りましょう」
店員に案内され、俺とアン第二皇女は二人掛けの席に座る。
しかし、第二皇女がこう普通に町を出歩いていて大丈夫なのか?
案内してくれた店員も、まさかこの少女がアウレリア王国の第二皇女だとは思っていないだろう。
そんな心配をしながら運ばれてきたコーヒーを一口飲んで俺は驚く。
全然味が違う、気がする。よく分からないが何かが違う。
俺はカップを皿の上に戻して、口を開く。
「アン第二皇女。こんなところでコーヒーを飲んでいて大丈夫なんですか?」
俺の目の前に座る第二皇女は美しい作法でコーヒーを一口飲み、カップを皿に置く。
「別に私がここでコーヒーを飲んでいても、特に誰にも迷惑はかけていないと思いますが」
「いや、それはそうかもしれませんが......」
「先輩。今は二人きりですよ」
アン第二皇女はテーブルに手をついて身を乗り出しながらそう言ってくる。
「人目がありますので」
「誰も私が皇女だなんて気づいていません。それに、『風の元素魔法』で空気の幕を張ったので、外に声は聞こえません。だから、二人きりです」
この皇女、暴君だ。
「分かったよ」
俺が折れると、皇女様は満足そうにもう一口コーヒーを飲んだ。
「俺は人に迷惑をかけることじゃなくて、暗殺されたりしないのかを心配してるだけで」
「私が暗殺者の手にかかるわけ無いですよ。そもそも、私の生き死にはこの国にあまり関係ありませんし」
まあ、確かに彼女を殺せる暗殺者などいないだろうから、心配しなくてもいいのか。
しかし、自分には価値がないと言いたげな彼女の言葉が少し胸に引っかかった。
「それで、今日俺は何で呼び出されたの?」
俺は早めに話題を変えることにした。
「別に、ただお話しした方だけです。ご迷惑でしたか?」
そう、少し申し訳なさそうな皇女様が上目遣いで聞いてくる。
「別に、迷惑じゃないよ」
そんな顔をされたら迷惑だと言えるわけないだろ。
これでは俺が皇女様に色目を使われているとプレウラに勘違いされても仕方がない。
しかし俺は、そんな目の前の第二皇女をなぜか嫌いになれなかった。
「良かったです。ではまずこちらをご覧ください」
そう言って皇女様は恐ろしい厚さの紙の束を出してくる。教科書よりもよほどぶ厚い。
「この紙束はいったい何?」
「これは、私が女王になるための計画や、女王になった後の公約や政策などをまとめた資料です」
すごい量だな。まさかこれを一日でまとめたというのか。
「ぜひ先輩にも知っておいてほしいと思い、お持ちしました。また時間のある時に読んでおいてください」
「あ、ありがとう......」
笑顔の皇女様からずっしりとした資料を受け取る。
読むのに一週間はかかりそうだ。
「ところで、先輩はいったいこの国をどのように変えたいんですか?」
受け取った資料を流し読みしていると、皇女様がコーヒーを一口飲みながらそう尋ねてきた。
「俺は、平民の魔法師が兵器として消されるこの国を変えたいんだ。もちろん、魔法師が戦力として大切なのはわかっている。でも、安全な後方で高みの見物をしている王族や貴族たちが私腹を肥やすために起こした戦争で、魔法師が命を落とすなんてことは、間違ってると思う」
「では、具体的にはどのようにすればよいと考えていますか?」
「それは......」
俺は皇女様のその質問に答えることができなかった。
そして、気づいた。俺は今まで、漠然とこの国を変えるために腐った貴族を排除しなければならない、と考えていただけで、具体的な方法を考えていなかったことに。
その事実を目の前の後輩に気づかされた。
「私も先輩の意見には賛成です。この国の魔法師の死亡率を見ても、ほとんどが平民出身の魔法師です。そして、この国の王族や貴族たちが自分の私腹を肥やすために戦争を起こしているというのも、間違いではないでしょう」
皇女様はまっすぐ俺の目を見ながら言葉を続ける。
「腐った王族や貴族たちを全員殺せば、解決するかもしれません」
「いや、それは......」
さすがにやりすぎ。という言葉を俺は飲み込む。
人殺しをしたくない。
そんな甘い考えはやはり捨てなくてはならないのだろうか。
「知っています、先輩は優しいですからね。昨日だって、貴族たちが同士討ちをしないように気遣っているように見えましたし」
少し表情を緩めてそう言う皇女様。
そこまで見抜かれていたとは。
まあ、昨日そうしたのは問題を大きくしないためなのだが。
皇女様は再び表情を引き締めて話す。
「なるべく犠牲を出さずに国を変えるためには、私が国のトップに立つしかありません。しかし、私は第二皇女。兄弟の仲で王位継承権が一番低く、今のままでは女王になることなど到底できません」
皇女様の赤い瞳が不安で揺れているように見える。
「ですから、私には強い味方が必要なのです。絶対にこの国を変えるという強い意志と、だれにも負けない強い力を持った味方が、私には必要なのです」
皇女様はゆっくりと頭を下げる。
「お願いします。グラム・シリウス先輩。私の味方になってください」
いくら『風の元素魔法』で外に音が聞こえないからと言って、こんな場所でこんな重大な話をされると思っていなかった俺は、内心とても焦っていた。
しかし、俺の答えはもう決まっている。
しっかり話すようになってから二日しか経っていないが、アン第二皇女は信用できる。
特にこれと言った根拠はないが、少なくとも俺はそう信じている。
「頭を上げてください、アン第二皇女」
俺は敬語に戻して第二皇女に声をかける。
「分かりました。俺はあなたを信じます。あなたがもしも他の王族や貴族と同じような人間だった場合、私はすぐにあなたを見捨てますが、それでもよければあなたに味方させていただきます」
「ありがとうございます。これでもし私が道を踏み外しても安心です」
皇女様は安心したようにふわりとかわいらしい笑顔を見せる。
しかし、この皇女を倒すのは骨が折れるどころか返り討ちに合いそうなので、できれば道を踏み外してほしくない。
「ところで、これから本格的に王位を狙うわけですよね? もし失敗したらどうするんですか?」
そう尋ねると、皇女様はにこりと笑って俺の手を握ってくる。
「もしそうなったら、一緒に亡命してください」
どうやら俺は、大変なことに自ら足を突っ込んでしまったらしい。
皇女様との密会? が終わり、俺は皇女様と一緒に寮に向かって歩いている。
先ほどコーヒーハウスで皇女様の味方をすると約束した俺だが、それはとてもリスクの高いことだった。
しかし、この皇女様が女王になることができれば、この国を変えることができる。
というより、それしか方法はない。
俺は腹をくくることにした。
「それで、どうやってこの国のトップを目指すんですか?」
俺は小声で第二皇女に話しかける。
すると、皇女様は人差し指を自分の唇に当てる。
「だめですよ。そんなことを町中で話しては。でも、どうしてもお話ししたいというのなら、仕方がないのでまた明日お話ししましょう」
明日も会うのか? と思っていると、皇女様から一つの羽ペンを渡される。
「これは、私の部屋にある羽ペンと対になっています。これで紙に字を書くと、もう片方の羽ペンも同じ動きをするので、離れていても連絡が取れるのです」
どうやら連絡を取るための魔法道具のようだ。
「これで毎日連絡が取れますね」
満面の笑顔でそう言う皇女様を見て、俺はため息をついた。
「一緒に亡命してください」だの「毎日連絡を取れる」だの、この皇女、いちいち言うことが重いな。
そう言えば、『固有魔法』は使用者の精神と深く関係しているため、『固有魔法』がその人の精神性を表しているという説を唱える人もいる。
俺はこの説に懐疑的だった。
しかし、目の前にいるこの 皇女様の『固有魔法』は『重力を操作する魔法』だ。
もしかしたら、『固有魔法』がその人の精神性を表しているという説もあながち間違いではないのかもしれない。
重力魔法を操る彼女は、実はかなり重い女なのかもしれない。
俺はそう思いながら彼女を女子寮まで送って行った。