皇女様のお誘い
「グラム、お前昨日ずいぶん遅かったけど、何かあったのか?」
一限の授業中、レオンが俺にそう聞いてくる。
俺たちが今、グラウンドで『風の元素魔法』を応用して飛行する訓練をしている。
その待ち時間にレオンが話しかけてきたのだ。
昨日アン第二皇女を送り届けた後、寮に戻った俺は、水浴びをしてベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまったのだ。
そして今日いつも通りレオンにたたき起こされて、無事一限目の授業に出席することができたのだ。
「まさか、会議ですぐにでも戦争が始まるって議題が出たとか?」
「いや、まあそれに近しい話もあったけど、会議が長引いたわけじゃないよ」
俺は首を振ってレオンの疑念を解く。
「じゃあ、会議の後に何かあったのか?」
「ああ。会議の後、近道して寮に帰ろうと思ったら、昼間の貴族連中に絡まれてね。それでその後色々あってアン第二皇女を女子寮まで送ってたらあんな時間になっちゃったんだ。ボードゲームしようって約束してたのに、ごめん」
俺が両手を合わせて謝ると、レオンは驚いた顔でこちらを見てくる。
「いやいや、ボードゲームより大事なことあるだろ。俺、貴族連中に絡まれてから第二皇女を寮に送るまでに起きた色々を聞きたいんだけど」
本当に色々あったんだ。
いったいどこから話そうか、そう考えていると。
「まさか、お前、第二皇女様に喧嘩売ったりしてないよな?」
レオンに本気で心配されてしまった。
「いや、さすがに喧嘩は......」
いや、会議中に思いっきり売った。俺、王族をお前ら呼ばわりしていた。
「......売ったけど、許されたって感じかな?」
「やっぱり売ってんじゃん! いつかはやるとは思ってたけど!」
俺、レオンにそんな風に思われていたのか。自分では割と平和主義だと思っていたのだが。
「それで、お前はいつ処刑されるんだ? その前に亡命するぞ」
「処刑はされないから大丈夫だよ。多分」
俺はとりあえずレオンを落ち着かせて、昨日起きたことをしっかり説明することにした。
四人に襲われて、千日手に陥っていたところを皇女様に助けられたこと。
皇女様は話してみると俺が想像していたような王族とは違ったということ。
一通り話し終わると、レオンがいきなり俺の肩を叩いてきた。
「お前ってそういうとこあるよな。なんと言うか、話せばわかる的な。」
「そりゃ、人はせっかく言葉を話せるんだから話をしないと損だろ。立場や意見が違っても、話ができれば分かり合えるかもしれないし」
「その分話が通じない人は嫌いなんだよな」
「話が通じないというか、考えが腐っていてこっちの話を一切聞かない奴が嫌いというか」
魔法の制御に失敗して墜落しつつある同級生を目で追いながらそう返す。
「貴族嫌いなくせに、俺とかアリナと仲良くしてくれるもんな。それで、アン第二皇女は話が通じる人だったって事か」
「うん、少なくとも俺が想像していた王族とは全く違ったかな」
昨日のアンを思い出しながら俺はそう言った。
「次、グラム・シリウス」
「はい」
教師から名前を呼ばれた。レオンとの話に夢中になって気づかなかったが、次は俺の番らしい。
「頑張って来いよ」
レオンに背中をたたかれて見送られる。
俺は杖を取り出してグラウンドの真ん中の方に向かう。
トントン、と二回その場で軽く垂直にジャンプしてから地面を蹴って走り出す。
この前遅刻しかけた時のように、足元の空気を圧縮し、どんどん加速する。
そして、思いっきり上方向に飛び上がる。
と同時に自分の体の周りの空気を操作し、体を押し上げてもらいつつ加速を続ける。
ある程度速度が出たところで安定した。
俺はグラウンドを一周飛行してから、速度を落として着地すると、拍手で迎えられる。
そう、『風の元素魔法』を応用しての飛行は、実はかなり高等技術なのだ。
『風の元素魔法』では人を飛ばすほどの威力のある風を起こすことができない。
そのため空気の密度と気流の速度を緻密に操作して飛ぶ必要がある。
ただ、俺は正直この魔法にあまり価値を感じていない。
制御が難しいという弱点はもちろんだが、なにより速度が遅い。
『風の元素魔法』を応用して地面を走ると、すべての魔力を推進力に使うことができるが、空を飛ぶとなると、魔力の一部を揚力に使わなければならないため、無駄が多いのだ。
しかも、この学校で戦闘力が上位の生徒は、ほぼ全員が『固有魔法』で移送できる。レオンも流体金属で移動できるし、皇女様なら重力を操作して簡単に飛ぶことができるだろう。
そのため、『風の元素魔法』を応用して空を飛べなくても、魔法師としてはあまり困らない。
それでも学校でこの魔法を習うのは、魔力の精密な操作を訓練するためだろう。
練習のための練習というやつだ。
「さっすがグラムだね!」
先ほど墜落した生徒を治療していたアリナが声をかけてくる。
「お、お前。ちょっと飛べるからって、ち、調子のるなよ」
どもりながら俺に突っかかってくる地味な見た目の彼女は、プレウラ・アースロ。
先ほど墜落していたせいでそうは見えないかもしれないが、『巨大なムカデを召還する魔法』を使う、かなりのやり手の魔法師だ。
「プレウラちゃんはムカデに乗って移動できるから別に空飛べなくてもいいじゃん。私の『固有魔法』は治癒しかできないし、グラムは剣を出すことしかできないから、『元素魔法』で補わないといけないんだから」
「そ、それでも。グラムに負けるのは、く、悔しいから」
同級生は割と俺の実力を認めてくれている人もいる。
ただ、なぜかプレウラはことあるごとに俺に突っかかってくる。
「プレウラちゃん、前回のトーナメントでグラムに負けたのが悔しいんだよね」
「ち、違っ! く、悔しくないし! つ、次は負けないし!」
ニヤニヤしながらプレウラの頭をなでるアリナと、そのアリナの胸を殴るプレウラ。
何がとは言わないがぽよぽよしているのでやめてほしい。
そっと目をそらすと、ドサッと音がした。
グラウンドを見ると、砂まみれになって倒れているレオンがいた。
どうやら着地に失敗したらしい。
立ち上がって頭をかきながらこちらに歩いてくるレオン。
「いやー 油断してたら最後の最後でミスったわ」
「そうか、生きててよかったな」
「本当だよ。怪我はない?」
アリナはレオンに駆け寄って『傷を癒す魔法』をかける。
やはりアリナは面倒見が良い。距離が近すぎるのが難点だが。
「グ、グラム。今度のトーナメントは、ま、負けない」
俺の制服の袖をつかみながらプレウラがそう言ってくる。
「まだ一ヶ月くらい先じゃん」
治療、と言うよりイチャイチャしているレオンとアリナを見ながらプレウラとそんな話をしていると、一限の授業はあっという間に終わった。
二限の授業も何事もなく終わり、俺たちは四人で売店に向かった。
昨日はカップル+俺の布陣で辛かったが、今日はプレウラがいる。
二日連続で貴族に喧嘩を売られるなんてことはないだろうし、今日は平和なランチタイムを迎えられそうだな。
俺はサンドイッチを買い、レオンたちと明るい気持ちで中庭に向かう。
すると、前から銀髪で赤い瞳の少女が歩いてくるのが見えた。
間違いない、アン第二皇女だ。
挨拶だけはしておくかと思っていると、第二皇女がこちらに気づいたのか、小走りで近づいてくる。
「グラム・シリウス先輩。こんにちは、実は先輩の事を探していたのです」
どうやらアンは俺の事を探していたようだ。
なぜ? 俺とレオンは顔を見合わせる。
「やっぱりグラム死刑になるんじゃないか! とりあえず逃げるぞ!」
このままでは殺される。俺もそう判断して逃げようとしたが、第二皇女に腕をつかまれてしまう。
「第二皇女様。グラムの奴、口は悪いですけど根はいい奴ですし、魔法師としての実力も高いので、殺してしまうのはもったいないと私は考えます」
レオンは俺の事をかばう作戦に出た。やはり持つべきものは親友だ。
「はい、私もグラム先輩が強いのは存じておりますし、死刑にはしませんよ。ただ、用事があるだけです」
アンは不思議そうな顔をして俺たちを見る。
どうやら俺を処刑しに来たわけではなかったようだ。
「ええと、アン第二皇女様。こんにちは、俺に一体何の用でしょうか?」
第二皇女に腕を握られながら、俺は恐る恐る聞いてみる。
「はい。今日の授業後、お時間はありますか?」
「ありますけど......」
俺がそう答えると、アンは手をパン、と叩いて嬉しそうな顔をする。
「良かったです。では、授業が終わった『青の薔薇』に来てください」
「え、何でですか?」
『青の薔薇』とは最近流行りのコーヒーハウスだ。
しかしなぜ俺が第二皇女様とそんなところに行かなければならないのか、分からなかった?
「なんでって、先輩、昨日私が女王になるためにできることは全部してくださると約束したではないですか」
レオンとアリナとプレウラが目と口を大きく開け、あっけにとられた顔をしている。
俺、昨日そんな約束したっけ。
「えっと、似たようなことは言ったかもしれませんが、それは社交辞令というかなんというか......」
「では、授業後お待ちしています。もし来なかったら...... いえ、先輩に限ってそんなことありませんよね」
俺の話を全く聞かずに、脅迫まがいの言葉を残してアン第二皇女は去っていく。
あれ? あの皇女、昨日は話が通じると思っていたのだが、俺の勘違いだったか。
なぜか今日は話が全く通じなかった。
しかし、行くしかない。断ったら今度こそ不敬罪で殺される。
「グラム。お前いつの間に第二皇女とデートする仲になってたんだよ」
レオンが肘で俺を突いてくる。
アリナはニヤニヤ顔で、プレウラはジト目で俺を見てくる。
「これは尋問にかける必要がありそうだね」
楽しそうなアリナの言葉に、俺はこっそりため息をつく。
俺には今日も平和なランチタイムは訪れなかった。