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「最強」の皇女様

 アン・フロス・アウレリア。

 アウレリア王国第二皇女であり、「最強」と名高い『重力を操作する魔法』を扱う、一学年下の後輩だ。


 先ほどまで俺と戦っていた四人を一瞬で無力化した彼女は、地面に這いつくばる二人組を気にも留めず、と言うより踏みつけてからこちらに向かってきた。


 「第二皇女様がここに何をしに来られたんですか?」

 「近くを通りかかったら何やら物音がしたので、覗いてみただけです。怪我はありませんか?」


 そう言って、第二皇女は俺の事をじっと見つめてくる。


 「いや、傷一つ付けられてませんけど......」

 「そうみたいですね。傷どころか、制服も会議中からほとんど崩れていません。グラム・シリウス先輩、あなたもしかして遊んでいたのですか?」


 第二皇女の赤い瞳に睨まれる。やはり威圧感がすごいな。


 「いえ、真剣に戦っていました」


 第二皇女はため息をつきながら未だに地面に這いつくばっている四人に目をやる。


 「まあ、どちらにせよこの四人がこの裏路地であなた一人を襲ったという事実は変わりません。今回は『緊急事態』なので、先輩の魔法の使用は黙認されるでしょうし」

 「まさか、第二皇女様が助けに来てくれるとは思いませんでしたよ」


 俺はとりあえずお礼を言っておく。


 「人助けを行うのは当然です。それに主席の先輩なら、私がいなくても何の問題もなかったでしょう」


 『重力を操作する魔法』で四人を一か所にまとめながら、そう話す第二皇女。

 やはりこいつは腐った王族や貴族とは何か違う気がする。

 四人を縛り上げてから魔法を解いた彼女を見て俺はなぜかそう思った。


 「この四人を教師に引き渡します。手伝ってくれませんか?」

 「分かりました。第二皇女様」

 「学校ではあなたの方が先輩なので『アン』で結構です。それと、敬語も必要ありません」


 プイっとそっぽを向きながらそう言い残し、第二皇女様は四人を連行していく。

 別に俺いらないだろ。とも思ったが、悔しいが俺は彼女の持つ不思議な魅力に少しばかり惹かれてしまったのだろう。

 俺はおとなしく彼女の後について行くことにした。


   ◇  ◇  ◇

 

 「グラム先輩。お手伝いありがとうございました」


 無事四人組を先生に引き渡すと、いきなりお礼をされた。


 「いや、俺何もしてないですよ」

 

 両手をへそのあたりで重ね、深々とお辞儀をする第二皇女様に俺は慌ててそう言う。

 実際本当に何もしていない。ただ後ろをついてきただけだ。


 しかし、まさか王族にお礼を言われる日が来るとは思ってもみなかった。

 王族でありながら普通の平民の俺にお礼をしてくれる彼女は、俺にとってやはり不思議な存在だった。


 「三年生の主席ともあろうお方がご謙遜を」

 

 第二皇女様は少しだけ表情を緩めて肩をすくめる。

 どう反応してよいか分からず、俺も肩をすくめておく。


 二人並んで教師棟を出ると、外はもう真っ暗で、満天の星が夜空で輝いていた。


 「寮まで送りますよ」


 ここから女子寮までかなり距離もあるし、女子が一人で出歩いてよい時間ではない。


 それに、俺はもう少しこの第二皇女の事を知りたい。

 そう思って俺は第二皇女にそう提案した。


 すると、皇女様は目を丸くしてこちらを見てきた。


 「先輩は貴族や王族の事を嫌っていると思っていたのですが」


 確かに貴族や王族は嫌いだ。


 だが全員が悪い奴ではないことも知っている。

 この学校の生徒会長も貴族ではあるが、規律を重んじるため俺は信頼している。


 そして、俺の友達のレオンやアリナだって実は貴族出身だ。

 まあ、彼ら曰く辺境貴族らしいが。


 「俺は別に貴族や王族と言うだけで人を嫌ったりはしません。ただ腐っている人間が嫌いなだけです」


 俺が彼女の目を見てそう言うと、彼女も俺の事を真っ直ぐ見つめ返してくる。

 

 そう、俺は腐った人間が嫌いだ。

 魔法師を兵器としか見ておらず、その命で得られた富を独占する奴らが嫌いだ。

 自分は戦場に行かずに安全な場所から高みの見物をし、甘い汁だけを啜る腐った奴らが嫌いだ。


 しかし、彼女の赤く曇りのない真っ直ぐな目を見て俺は確信する。

 こいつはそんな奴らとは全く違う。多分、根っからの善人だ。


 そうしてほんの数秒見つめった後、突然、彼女はふわっと笑う。

 今まで見てきた気の強そうな彼女からは想像もつかない、かわいらしい笑顔だった。


 「私は護衛が必要なほど軟弱ではありません。ですが、せっかくですのでお供していただけると嬉しいです」

 「確かに、俺では第二皇女様の護衛として実力不足ですね」


 彼女の笑顔を見て少し面食らってしまった俺は、指で頬をかきながらそうごまかして、女子寮に向けて歩き出す。


 「ですから、私はグラム・シリウス先輩の実力を認めています。それと、敬語は必要ないですし『アン』とお呼びください」

 「そんなことをしたら、不敬罪に問われませんか?」


 俺は、横に並んで歩き始めた第二皇女様に恐る恐る尋ねる。


 「何をいまさら。先輩は先ほどの会議で私を『お前』呼ばわりした挙句、『戦争を勝手に起こした』と侮辱していました。そっちの方がよほど不敬ですよ」


 確かにそうだ。あの場で打ち首になっていてもおかしくはなかった。


 「なので、敬語を外し『アン』と呼んでいただけるのなら、あの会議で働いた不敬は不問とします」


 そう言われては仕方がない。俺は折れることにした。


 「分かったよ、ただし、二人きりの時以外は今まで通り敬語を使うし、皇女様と呼ばせてもらう」


 そう伝えると、アンは「ありがとうございます」といってまた笑顔を見せる。


 「ですが、先輩の言いうことも納得できます。最近、この国は隣国に対して挑発行動を繰り返し行い、 

少しずつ領土を奪っています。正直私も、今のこの国の外交政策には納得していません」


 表情を引き締め、アンは前を向いて歩きながらそう俺に言う。


 「アンは第二皇女様なんだろ? 何かできることはないのか?」


 俺の質問に、アンは首を振る。


 「第二皇女と言う立場は、先輩の思っているほど強いものではないのです。確かに私は王族ではありますが、政治に対する発言権は全くと言っていいほどありません」


 平民の俺は全く知らなかったが、そういうものなのか。


 「正直に言うと、私は城から逃げてきたのです。私も、先輩と同じで腐った人間が苦手なので」


 アンは寂しそうにぽつりとそう呟く。


 「すみません。こんなつまらない話をして」

 慌てて自分の口を押えるアンを見て、俺は思わず思ったことを口にした。


 「じゃあ、もしアンが女王になったら、この国はきっと平和で安心して暮らせる、いい国になるだろうな」


 アンは目をぱちくりさせながらこちらを見てくる。


 「先輩。その発言は現国王への反逆ととらえられても仕方のないものですよ?」

 「え、ごめんなさい。そんなつもりじゃ......」


 慌てる俺を見て、アンはくすくすと笑っている。


 「分かってますよ。それに、そんなこと誰かに言ってもらったのは初めてなので、嬉しいです」

 根拠は特にない。


 ただ、手を後ろに回して、少し恥ずかしそうに微笑むアンを見ていると、なぜだか彼女は立派な女王になる。そう思えてくる。


 つい数時間前の会議ではこの皇女様の事を敵だと思っていたのだが、俺は自分の心の変わりように自分でも驚いていた。


 しかし、恐らく皇女様は嘘をついていない。

 本当に腐った人間が嫌いで、この学校に逃げてきたのだろう。

 その証拠に、学校で彼女が貴族連中と一緒に居るところを見たことがない。


 「私、グラム・シリウス先輩とお話してみたかったんです。王族や貴族に対する憎しみを糧に主席に上り詰めたと、一部の平民の生徒の間で有名でしたので」


 俺、そんな風に見られていたのか。「最弱の主席」と呼ばれるのも嫌だが、憎しみを糧に主席に上り詰めたと思われるのも、俺が復讐鬼か何かみたいでなんか嫌だ。


 「だからこそ、意外でした。まさか王族である私としっかりお話してくださるなんて」

 「俺だってアンには嫌われてると思ってたよ。新学期の式典の時、舞台の上に居る俺を睨んできてなかったか?」

 「あれは、私を見る先輩の目が怖かったので、ついこちらも睨み返してしまっただけです」


 なるほど、俺が先に睨んでいたのが原因だったか。


 「それは、ごめんなさい」

 「別に怒ってはいません。もうしないでいただけると嬉しいですが」


 俺はまだ、この皇女様の事を完全に信用したわけではないし、恐らく向こうも俺の事を完全に信用したわけではない。

 しかし、お互いに会話の通じる人間であると分かったため、心なしか彼女と少しだけ距離が近くなった気がする。

 そんなことを考えながら歩いていると、女子寮が見えてきた。

 

 「送っていただきありがとうございます。実は私、王女を目指すことを諦めかけていたのです。でも、もう一度頑張ることにします」


 美しいお辞儀をしてから満面の笑みを浮かべるアン。


 「そうですか、ぜひ頑張ってください。俺にできることがあったら手伝うくらいはしますので」


  ここは人目もあるので、俺は敬語に戻してそう伝えてから、アンに背を向ける。


 今日一日いろんなことがありすぎた。

 とりあえず部屋に帰ったら寝よう。


 レオンとボードゲームをすることは諦め、俺はあくびをしながら今度は近道などせず、大通りを通って男子寮へ向かった。


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