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青い剣

 「やあ、君がグラム・シリウスだね?」


 ニヒルな笑みを浮かべながら、一人の男が近づいてくる。

 制服を見るに五年生、胸には金色の紋章。

 間違いない、今日の昼にあしらった二人の関係者だ。

 

 「君、今日中庭でこいつらに会わなかったかい?」


  そう言って、ニヒルな先輩は俺の後ろを指さす。

 

 「お前が泣いて謝るまで許さないからな......!」「絶対泣かす......!」


 今日俺が泥まみれにした連中だ。相変わらず小物だが、この狭い路地で挟み撃ちされるのはかなり面倒だ。


 「いえ、会っていません」


 俺はとりあえず時間を稼ぐことにした。

 嘘をつきながら、周囲の様子を確認する。


 正面に一人、後ろに二人。

 そして、ここから少し離れたところに一人。恐らく伏兵だろう。

 それともう一人。ネズミの使い魔を操る魔法師もどこかに潜んでいる可能性がある。


「そうかそうか、君は僕に嘘をつくんだね? そんな悪い子は、痛めつけられてもしょうがないよね?」


 がどんな返答をしようと痛めつけるつもりだっただろ。

 そう思いながら杖に魔力を込め、相手の出方を伺う。


 後ろ二人は無視していい。杖も持たずにただ俺に罵声を浴びせているだけだ。

 恐らく、俺の正面に立つこいつにすべてを任せるつもりなのだろ。

 

 後ろ二人を倒して逃げてもいいが、伏兵の存在が気がかりだ。


 俺は伏兵の『固有魔法』の正体をつかむまでは慎重に行動すべきだと判断し、とりあえず相手の足元を崩す昼にも行った戦法を試すことにした。


 「馬鹿だな。そんな魔法、僕に通じるわけないだろう」


 相手は『風の元素魔法』で少し足を浮かせ、俺の『土の元素魔法』を躱す。

 

 「さすがはイアン先輩だぜ!」「かっこいい!」


 後ろからそんな声が聞こえる。

 まあ、俺もこんな子供だましの攻撃が効くとは思っていなかった。

 相手の魔法のレベルを見るに、後ろの二人よりはよほど手ごわそうだ。


 「僕の魔法はね『相手の四肢の自由を奪う魔法』だよ。でも大丈夫、いきなり四肢の自由を奪ったりしない。まずは足から行くね」


 そう言って、イアンと呼ばれた相手は、俺に杖向けて杖を構える。

 次の瞬間、俺の足から力が抜け、膝をついてしまった。

 なるほど、これがこいつの魔法か。


 「あれれ、ずいぶん無様だね。さすが『最弱の首席』と言ったところかな? 抵抗してくれてもいいんだよ? おっと、君の『固有魔法』では、ここまで攻撃が届かないのか」


 下品な笑みを浮かべながら俺を見下してくるイアン。

 しかし、決して俺の剣の間合いには入ってこない。思ったよりも冷静だし、戦略も悪くはない。


 奴は、自らの『固有魔法』を説明してきた。これは魔法戦において基本的な戦法だ。

 

 この世界には言霊と呼ばれるものが存在する。

 発した言葉がその通りになるというものだ。


 『固有魔法』は、この世界の理を自分の理で上書きして発動するという性質上、言霊の効果を受けることができる。

 つまり、自分の『固有魔法』を説明することでそれが言霊となり、自分の魔法の効果がより強くこの世界に反映されるようになるのだ。


 現に、俺は先ほどから少しも自分の足を動かせないでいる。

 遠距離攻撃の手段が『元素魔法』しかない俺の機動力を削いでそれからゆっくりいたぶる。合理的な判断だ。


 「もう見張りは必要ないから出てきてもいいよ」


 膝をつく俺を見下しながら、イアンが暗闇にそう声をかける。


 しばらくすると、ネズミを引き連れた女が現れた。

 なるほど、伏兵の正体はネズミの使い手だったか。道理で俺が膝まずいた絶好のチャンスでも攻撃をしてこなかったわけか。


 さて、これで伏兵の『固有魔法』も割れた。


 俺は一瞬で『一本の剣を作る魔法』を発動し、何事もなかったかのように立ち上がる。


 「お、お前! 僕の魔法をどうやって解いたんだ!」


 イアンは俺に杖を向け、もう一度『固有魔法』を発動する。


 俺は剣を振り下ろし、自分に向けられた『固有魔法』の魔力を


 ―――切断した―――


 「な、なぜ魔法が効かない⁉」


 俺に放たれた魔法を俺は悉く切断する。


 自分を対象に発動された魔法は切りやすい。


 相手の杖から放たれた魔力が俺に向かって真っすぐ、一本の糸のように伸びてくるからだ。

 

 その魔力の糸を切ってしまえば、もう魔法は発動しない。


 「おい! お前たちも手伝え!」


 イアンのその言葉に反応し、俺の後ろで野次馬をするだけだった二人も参戦する。

 

「「はい!」」

 

 俺の背後から二人が放った風の刃と水の槍も、ひとつ残らず剣で切断する。

 威力から考えて、おそらくこれが奴らの『固有魔法』だろう。

 これらの魔法は自分を対象に発動されるものではないが、少し切りにくいだけで切れないわけではない。


 「打て! 打て! 打て!」

 

 半狂乱になって攻撃してくる三人の魔法をすべて叩き切る。

 同時に、攻撃の合間に襲ってくる使い魔にされたネズミの魔法も切断し、主従関係を解消していく。

 

 しかし、正直言って状況はあまり良くない。

 こいつらの魔法をすべていなすことは簡単だが、それでは戦いが終わらない。

 俺がこいつらに攻撃するためには近づかなくてはならないのだが、この狭い裏路地でこうも魔法を乱射されては接近するのは一苦労だ。

 

 仮に近づけたとして、こいつらを無力化することが難しい。

 相手の腕を落として無力化してもよいのなら楽なのだが、そんなことをしたら大問題になるだろう。


 だから、一人ずつ気絶させていくしかないのだが、そんな悠長なことをやっていては背後から魔法を喰らってしまうかもしれない。


 そもそも、俺がこの場を動いたらイアンの魔法が二人組に、そして二人組の魔法がイアンとネズミ使いの女に降り注ぐことになり、大惨事になるだろう。

 

 つまり俺は、こいつらの魔力が切れるまで、この場で魔法をいなし続ける必要があるというわけだ。

 なんて面倒くさい。


 早く寮に戻りたくて近道なんてするんじゃなかったな。

 すっかり日が沈んでしまった空を見て、俺はつい十分前にこの道を選んだ俺を呪った。

 そして、今日何度目か分からないため息をつき、心を無にして相手の魔法を切ることだけに集中しようと心を入れ替えようとした瞬間。


 ブオン


 と周囲に重苦しい音が響き渡り、俺に向けられた攻撃がぱたりと止んだ。


 周囲を見渡すと、先ほどまで俺が相手をしていた四人が見えない何かに潰されるように地面にへばりつき、苦しみ悶えている。


 「や、止めてくれ......」


 地面を這いずりながら、イアンが俺にそう懇願してくる。

 悪いがいくらお願いされても俺にはどうしようもない。

 この魔法は俺が発動したものではないのだから。


 しかし、俺は圧倒的で絶対的で「最強」と呼ぶにふさわしいこの魔法の使い手に心当たりがあった。

 

 「これで四件目ですか。私が思っている以上に、貴族の腐敗は深刻なようですね」


 杖を構えながら暗闇から現れた銀髪赤眼の少女はそう言いながら、正確には五件目だ。と心の中でツッコミを入れている俺に近づいてくる。

 先ほどまで会議室で俺の隣に座っていたこの国の第二皇女、アン・フロス・アウレリアがなぜこんな裏路地に居るのだろう。


 なんにせよ、先ほどよりもさらに面倒なことになったのは間違いなさそうだ。


 俺はもう一度ため息をついた。


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