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「最強」との戦い

 大歓声に迎えられながら、俺は闘技場に入場した。


 向かい側からは、銀髪赤眼の可憐な少女が入場してくる。


 アン・フロス・アウレリア。

 この国の第二皇女にして、「最強」の重力魔法を使う、俺の人学年下の後輩だ。


 王族出身でありながらその身分に決して奢らず、腐敗した王族や貴族が蔓延るこの国を変えるために女王を目指している。


 努力家で、約束は守る。

 少し生意気で、少しわがままで、少しだけ「重い」皇女様だ。

 俺はそんな皇女様を信頼している。

 それが俺の知る皇女様だった。

 

 俺の前に立つ皇女様はいつもと変わらない。


 それなのに、皇女様を戦うべき相手として見ると、途端に怖くなった。

 魔法師としての皇女様に対し、畏怖の念を抱いてしまったのだ。


 俺は今まで対戦相手を怖いと思ったことは無い。

 プレウラやタナトス、レオンと戦った時だって、去年、一学年上の主席のユノ先輩と対峙した時だって、怖いと思ったことはなかった。


 俺は今、「最強」の魔法師と対峙している。


 嫌でもそう意識させられる。


 俺と皇女様は黙って向かい合う。

 今まで感じたことの無い緊張で、窒息しそうだ。


 闘技場に響いているはずの大歓声も、よく聞こえない。


「先輩、よろしくお願いします」


 皇女様のいつも通りの笑顔で、余計な緊張がほぐれた気がした。

 皇女様に緊張させられて、皇女様に緊張を解かれるなんて、少し笑えてきた。


「よろしくお願いします。皇女様」


 俺は短く息を吐いてそう返す。




「それでは。両者、構えて」



 皇女様は俺にまっすぐ杖を向けてくる。


 俺はレオンの時と同じように両手で杖を持ち、杖の先を少し下に向けて構える。


 皇女様は試合開始と同時に『重力を操作する魔法』を放ってくるだろう。

 それを切断できなければ、俺の負けだ。


 俺は深呼吸をして、集中する。

 周りの音が消えていく感覚。しかし、これは緊張しているからではない。




「試合、開始!」




 審判の声と同時に、皇女様の杖から俺に向けて『最強』と名高い『重力を操作する魔法』が放たれる。


 俺も試合開始と同時に『一本の剣を作る魔法』を発動する。

 一瞬で青く輝く剣を作りだしたはずなのに、皇女様の杖から放たれた『固有魔法』は、もう俺の目の前にまで迫っていた。


 俺は切っ先をわずかに動かして、最小限の動きで皇女様の魔法を切断しようとする。


 しかし、俺の剣が皇女様の『固有魔法』に触れた時、剣から凄まじい衝撃が伝わってきた。


 俺は剣を振りぬいて、なんとか皇女様の『固有魔法』を切断する。


 今まで受けたどんな魔法よりも、速くて硬かった。


 ギリギリで皇女様の『固有魔法』を防ぎきり、顔を上げる。

 すると、少し驚いた顔の皇女様が目に入った。


 皇女様は今まで自分の『固有魔法』を防がれたことが無いのかもしれない。


 少なくとも、今回のトーナメントでは初めての経験だろう。



 チャンスは今しかない。


 俺は『風の元素魔法』で加速し、皇女様との距離を詰める。

 

 しかし、皇女様は冷静だった。


 自分にかかる重力の方向を操作し、『風の元素魔法』で加速した俺よりも速いスピードで後ろに下がる。


 あと一歩のところで、俺の剣は空を切った。


 再び皇女様が俺に向けて『固有魔法』を放つ。

 俺はそれを切断しようとした。


 


 ブオン


 という重い音が闘技場に響き渡る。


 その音と共にとてつもない力に押しつぶされ、俺は思わず膝をつく。


 歯を食いしばりながら首を巡らせ周りを見ると、俺を中心に半径二メートルほどの範囲の地面が割れている。


 皇女様は俺ではなく、俺の周りの空間を対象に『固有魔法』を発動したのだ。

 

 皇女様の『固有魔法』が発動している空間の中では、普段の何倍もの重力がかかっている。


 俺は、『風の元素魔法』と『土の元素魔法』を併用して地面を転がりながら、なんとか皇女様の魔法の範囲の外に逃れる。


 俺はただ、驚いていた。

 

 例外はあるが、魔法は普通一つの物を対象に発動する。

 なぜなら、それが一番簡単だからだ。

 俺の魔法も正確に言えば、触れた物を対象にして、それを切断している。

 あれだけ強かったレオンも、自身の作り出す流体金属を対象にして、それを操作することしかしていなかった。


 魔法とは、自分の精神で現実世界を書き換えるような感覚で発動する。

 ただ、ほとんどの魔法師は現実世界そのものではなく、現実世界にある物の法則を書き換えているに過ぎない。


 しかし、皇女様は今、物ではなく空間を対象に魔法を発動した。


 彼女は、自分の魔法でほんの一部ではあるが、現実世界を魔法で塗り潰してしまったのだ。


 まさに神業だ。



 俺は自分を対象に発動された『固有魔法』なら切断できる。

 実際、俺を対象に発動された皇女様の初撃は、ギリギリではあったが切断できた。


 しかし、空間を対象に発動された『固有魔法』を防ぐには、空間を切断するしかない。

 今の俺にそんな神業はできない。



 皇女様の魔法から逃れた俺に、皇女様はもう一度『固有魔法』を放ってくる。

 俺はその場から飛びのいた。

 先ほどまで立っていた場所の地面がへこみ、亀裂が走る。



 なるほど。


 どうやらこの空間を対象に発動する『固有魔法』は難易度が高い分、発動が遅くなるようだ。

 

 それならば勝機はある。


 俺は皇女様の動きに集中する。

 

 そして、再び皇女様が魔法を放ってきたタイミングで、俺は一気に距離を詰める。

 自分の後ろで皇女様の『固有魔法』の発動音が聞こえた。

 皇女様の『固有魔法』を躱したのだ。



 行ける。


 

 俺は剣を構えながら、皇女様に突撃する。

 

 しかし、皇女様は俺に杖を向け、今度は空間ではなく俺に向けて魔法を放ってきた。


 俺はその魔法にギリギリで反応し、切断する。


 その隙の皇女様は、俺の周りの空間に『固有魔法』を発動してくる。


 すんでのところで避けることはできたが、また距離を離されてしまった。


 皇女様は、速く発動できる俺を対象にする魔法と、決め手となる空間を対象にする魔法を打ち分けてきた。


 近づこうとすると、俺を対象にする魔法で牽制されてしまい、距離が詰められない。


 このままではいつかは押し負ける。



 仕方ない。


 

 俺は一か八かの勝負に出ることにした。

 

『風の元素魔法』で俺の後ろに圧縮した空気の塊を作る。


 皇女様の二種類の魔法を何とかしのぎながら、空気塊の圧力のゆっくりと高める。



 しかし、皇女様が俺のことを逃がし続けるはずがない。


 とうとう俺は皇女様の『固有魔法』に捕まった。


 皇女様の『固有魔法』が発動した空間からほんの少し逃げ遅れ、俺は再び膝をつく。


 もう少し空気塊の圧力を高めたかったが仕方ない。


 俺は『土の元素魔法』で何とか皇女様の魔法の範囲から逃れる。


 


 そして、追撃しようとする皇女様に向かって、俺の『一本の剣を作る魔法』を発動させたままの杖を全力で投げつけた。


 青く輝く剣が皇女様の足に突き刺さる。


 痛みによって膝をついた皇女様に向かい、俺は走り出した。


 だが、俺の手から離れた杖には魔力が供給されなくなる。


 皇女様に突き刺さっていた剣は輝きを失い、俺の杖が皇女様の足元に静かに落ちた。


 皇女様は膝をつきながら、俺に杖を向けて魔法を発動しようとする。



 俺の杖は皇女様の足元。

 

 もう俺に魔法を防ぐ方法はない。


 恐らく誰もが皇女様の勝利を信じて疑わなかっただろう。



 


 だが、俺は後ろで弾けた空気塊が生み出した風を利用して、一気に加速した。


 俺が杖を投げる前に発動していた『風の元素魔法』が、俺は杖を離したために解除されたのだ。


『元素魔法』なので、俺を吹き飛ばすほどの威力はない。


 それでも、その風圧は俺が加速するには十分な威力を発揮した。

 皇女様は、痛みによって魔法の制御が甘くなっている。



 

 一瞬俺の方が速かった。


 俺の足が、膝をついたままの皇女様の杖を持つ右手を蹴り飛ばし、皇女様の杖が場外に飛んでいく。


 皇女様を蹴りながら拾った俺の杖を皇女様に向けながら、俺は必死に上がりきった息を整える。


「参りました」


 皇女様は静かにそう言う。


 そして、俺の剣に刺された足をかばいながら闘技場に座り、悔しそうな笑顔で俺を見上げてきた。

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