皇女様とのグータッチ
いつものごとくレオンにたたき起こされて一日が始まった。
昨日は、皇女様と二人で話をしているところをレオンとアリナに見つかってしまい散々にからかわれてしまった。
皇女様は用事があると言って早々に逃げてしまったので、俺が二人の尋問を受けることになったのだ。
しかし、あれだけイチャイチャしているこいつらに尋問されるのは納得いかない。
こいつらと比べたら、俺と皇女様の良さなど霞んで見える。
そもそも俺と皇女様は仲間であり、それ以上でもそれ以下でもない。はずだ。
明日はエキシビションマッチがあるからと理由をつけて、二人の追求から逃れるために早寝をしたのだが、その分レオンに早起きさせられてしまったようだ。
「グラム。お前本当に皇女様と何もないのか?」
俺の布団をはがしたレオンが、そのまま俺のベッドに腰かけて聞いてくる。
「だから昨日も言っただろ。俺と皇女様は同じ目標を持った仲間だって」
「じゃあ、お前は皇女様のことをどう思ってるんだよ」
レオンはいつになく真剣な顔でそう聞いてくる。
俺もレオンの真剣さに引っ張られて、皇女様のことを真剣に考える。
皇女様は本気で女王を目指している。
それはここ数ヶ月でよく分かった。
皇女様はやるといった事は絶対にやる。
風紀委員に入った皇女様は、宣言通り貴族の生徒に対する取り締まりを強化した。
貴族側の反発が予想されたが、皇女様はたった二ヶ月ほどで、その勢いを削いでしまった。
そして、今ではその貴族たちは皇女様の姿を見るだけで逃げ出すようになったのだ。
皇女様を近くで見れば見るほど、俺は皇女様に惹かれるようになった。
しかし、それは恋愛的な意味ではないと思う。
どちらかというと、彼女に対しての信頼感や安心感がどんどん大きくなっているような感覚だ。
だが、親友という立ち位置もしっくり来ない。
しばらく考えて、俺はしっくりくる言葉を見つけた。
「相棒、かな」
そう口にすると、レオンがふっと表情を緩める。
「まあ、そういう事には疎いグラムにしては上出来かな。その言葉、皇女様に言ってあげろよ」
「いや、平民の俺が皇女様にこんなこと言ったら、不敬罪で処されるから」
「第二皇女、喜ぶと思うけどな」
そう言いながら立ち上がるレオン。
「レオンって、何で皇女様の味方をしようって決めたんだ?」
「そりゃあ、第二皇女様は頑張り屋さんだからな。頑張っている後輩の味方をしたくなるのが、先輩ってものじゃないか」
キメ顔をしながらイケメンなことを言うレオン。
「まあ相手がグラムだと、第二皇女様も苦労しそうだしな」
なぜこの話の流れで俺が出てくるのかはよく分からないが、俺だってレオンと同じ気持ちだ。
頑張り屋の皇女様を少しでも支えるため、できることをしたい。
◇ ◇ ◇
「レオン! グラム! おはよー」
男子寮を出ると、アリナが待ち構えていた。
「き、昨日は優勝、お、おめでとう」
「レオン、強かった。グラムも、強かった」
プレウラとタナトスも一緒だ。
「おはよう。それよりみんな、朝から何でこんなところにいるんだよ」
「私はレオンに会いに来たの!」
清々しいほど笑顔のアリナ。
俺には全く用事がないらしい。
少し泣きたくなる。
「わ、私は、昨日グラムと、は、話そうとしたけど。会えなかった、から。タ、タナトスも、そう」
プレウラの隣でうなずくタナトス。
この二人は俺に用事があるらしい。
それだけで先ほどの涙が引っ込んだ。
俺は二人で歩くレオンとアリナの後ろを、プレウラとタナトスと共について行く。
「グラム、優勝、おめでとう。俺も、嬉しい」
「ありがとう、タナトス」
「お、お前が、優勝したなら。私も、少しは、な、納得できる」
この二人、悪い奴らではないのだが、会話のテンポが悪すぎる。
しかし、プレウラとタナトスは仲が良い。
俺が会話に入らなければ、この二人だけで楽しそうに会話をしている。
タナトスはその見た目と、孤児院出身という身の上のせいで、同学年から避けられていた。
プレウラは、彼女の『巨大なムカデを召還する魔法』のせいで、同じく同学年から避けられていた。
同じような境遇にあった二人だからこそ、通じ合うものがあるのかもしれない。
俺の前で二人の世界に入り込んでいるレオンとアリナ。
そして、俺の隣で楽しそうに話すプレウラとタナトス。
どうやらこの空間に、俺と話をしてくれる人はいないみたいだ。
そんな悲しい気分の俺の目が、遠くからでもよく分かる銀髪の少女を捉えた。
ちょうど女子寮の方から闘技場に向かっているようだ。
「あ! あれ第二皇女様じゃない?」
俺が気付いた少し後にアリナが気付き、そのまま皇女様に突進していく。
やはりアリナは怖いもの知らずだ。
アリナに激突されて困ったような笑顔を見せる皇女様を見ていると、皇女様にアリナを取られたレオンが肩を組んできた。
「やっぱり、かわいい女の子たちが仲良くしてる所を見るのはいいよな」
「そうだね」
適当にそう返すと、レオンがわき腹を突いてくる。
「やっぱりグラムも第二皇女のことかわいいって思ってるんだな」
「まあ、そうだね」
「第二皇女様に言ってあげればいいのに」
「昨日、皇女様に二回も言わされたよ」
すると、狐につままれたような顔になるレオン。
「やっぱりお前らそういう仲じゃないか!」
レオンの大声にその場にいた全員が振り返る。
エキシビジョンマッチとは言え、試合前なんだから集中させてくれ。
心の中でそう願いながら、俺はエキシビジョンマッチが行われる闘技場を目指した。
闘技場に着いて、しばらく経つと続々と観客が入ってきた。
全員エキシビジョンマッチを見に来たのだろう。
観覧席に向かうレオンたちを見送った俺は、まだ控室には入らず、闘技場の外を散歩していた。
ちなみに隣には皇女様がいる。
皇女様も控室には向かわず、俺の後ろをついてきたのだ。
追い払うのも悪いので、俺たちは一緒に闘技場の周りを歩いている。
今日は昨日まで俺たちが試合を行っていた闘技場ではなく、五年生のトーナメントが行われていた闘技場に来ている。
ここは学校で一番大きい闘技場なので、観客の数も段違いだ。
今日はまず、俺と皇女様の試合が行われる。
その後、四年生と五年生の優勝者の戦いが行われる。
今日のメインイベントは四年生と五年生の試合だろう。
『植物を操る魔法』を使う四年生のユノ・エーデルワイス先輩と、『人形を使役する魔法』を使う五年生のノル・ククロセアトロ先輩が試合をすることになっている。
どちらもの先輩も前主席だ。
ユノ先輩には去年、完膚なきまでに叩き潰されたし、ノル先輩とは話したことはないが、筋骨隆々でいかにも戦士と言った風貌の男なので、強いのは間違いない。
俺と皇女様の戦いはユノ先輩と、ノル先輩の戦いの前座のようなものだ。
それに、俺の相手は「最強」の皇女様。
勝負の行方は目に見えているようなものなので、ほとんどの観客は興味もないだろう。
そんな悲観的なことを考えていると、俺の考えを読まれたのか皇女様がジト目で俺の方を見てきた。
「先輩。私に勝つことを諦めていませんよね」
「いや、諦めてはないよ。後輩に負けるのは悔しいし」
皇女様はほっとしたような表情を見せる。
「ならよいのです。昨日の約束は覚えていますか?」
皇女様との約束。
そういえば昨日そんな話をしたことを思い出す。
皇女様はここ二ヶ月ほど掛けて、今まで俺のことを馬鹿にしてきていた勢力をほとんど淘汰してくれていたのだ。
仲間を助けるのは当然だと皇女様は俺に言ってくれたが、どうやら他にも理由があるようだった。
俺が皇女様に勝てば、皇女様は俺に「他の理由」を教えてくれるというのが、昨日皇女様と交わした約束だ。
「うん、覚えてるよ。でも、俺に言いたくないなら言わなくてもいいのに」
「言いたくないわけではないです。言わなければグラム先輩が気づいてくれないことも分かっています」
皇女様のルビーのような、赤く美しい瞳に貫かれる。
「でも、私が自分から言うのは悔しいので、先輩に負けた時、仕方なく言うことにします」
そう言ってふわりと笑う皇女様。
俺は皇女様のように人の心を読むことはできないので、皇女様の言いたいことがよく分からない。
しかし、皇女様がわざと負けるようなことはしないだろう。
結局、俺は全身全霊で皇女様に挑むしかないわけだ。
「俺が勝っても恨みっこなしだぞ」
「もちろんです。私は『最強』なんですよ。そう簡単に負けません」
そう言って拳を突き出してくる皇女様。
俺が戸惑っていると、
「グラム先輩がいつもレオン先輩としてるのを見て、私もやりたいなって......」
と、皇女様が恥ずかしそうに目を伏せる。
「ごめん、気づけなくて」
そう言いながら皇女様のかわいらしく握られて拳に、俺の拳を軽く当てる。
「やっぱり、グラム先輩は鈍感ですね」
「悪かったな」
「それでは私に勝てませんよ」
「魔法の腕は鈍くないから安心してくれ」
俺と皇女様は拳を離し、一緒に闘技場の入り口まで戻る。
そして、それぞれの控室に向かった。