決勝戦
ついに決勝戦。
主席になるための最後の山場だ。
闘技場に立つ俺の前にはレオンが立っている。
レオンは制服の襟を直してから、彼の魔法を連想させる白銀の杖を取り出す。
彼の目はまっすぐと俺を見ていて、油断も隙もない。
やはり相当厳しい戦いになりそうだ。
「今年こそは勝つ」
レオンがそう言ってイケメンな笑みを見せる。
「悪いけど負けられない。今回は特に」
この国を変えるために女王を目指すアン第二皇女の味方になると決めた以上、俺もできるだけの事をしたい。
出世欲が無かったために、今まではそこまで魅力を感じなかった主席の座だが、皇女様の味方となった今、もしかしたら役に立つかもしれない主席の特権が欲しかった。
「あの時主席になっておけば」と後悔したくないので、負けるわけにはいかないのだ。
「グラムが皇女様のためにそこまで頑張るなんて、一年前のお前が知ったらびっくりするだろうな」
確かにその通りだ。
これではレオンのために努力をしたアリナとそこまで変わらないではないか。
その事を気づかされた俺は少し気恥ずかしくなった。
「それでは、両者構えて!」
審判言葉に反応し、俺もレオンも杖を構える。
「手加減なんてしないからな」
「グラムこそ、俺に負けて泣くなよ」
俺たちはいつものようにそんな軽口を言い合ってから、表情を引き締める。
俺は杖を両手で握り、杖の先をやや下に向けて構える。
いつもとは違い防御重視の構えだ。
おそらくレオンは、いきなり流体金属で押し流したりしようとはしてこない。
レオンの『流体金属を操作する魔法』は流体金属に魔力を流すことで自在に操る魔法だ。
流体金属が自立して行動しているわけではないので、プレウラの巨大ムカデやタナトスの死神と異なり、魔力による主従関係を切断することができる。
俺は去年、大量の流体金属で押し流そうとしてきたレオンに対し、流体金属に流れるレオンの魔力を切断することで対抗した。
レオンが再び流体金属の制御を取り戻す前に俺がレオンの杖を吹き飛ばし、勝利した。
レオンの敗因は俺に大量の流体金属で攻撃し、結果的にほとんど全ての流体金属の制御を失ってしまったことにある。
だから、レオンは大規模な攻撃をいきなり繰り出しては来ない。
多分、試合開始とに地面に棘を生やして牽制しつつ、流体金属の棘を飛ばして攻撃してくるはずだ。
それを捌くことができなければ、アリナのように足元から流体金属に捕まり、場外負けだ。
俺は深呼吸をして、レオンの一挙手一投足に集中する。
「試合、開始!」
レオンが杖を振りかざした。
やはり読み通り俺とレオンの間に流体金属の棘を地面から生やし、俺が距離を詰めれないようにしてから流体金属の針を放ってくる。
しかし、想像よりも針の本数が多い。
この前の手合わせの時は全然本気を出していなかったようだ。
俺は『一本の剣を作る魔法』で作り出した青い剣を振るい、流体金属の針を打ち落とす。
数本かすったが、致命傷だけは何とか避けることができた。
だが、安心している暇はない。
レオンは先ほどよりも多い流体金属の針を自分の周りに展開している。
先ほどは俺を崩した後すぐに流体金属で俺の足元を狙うことができるように、一部の流体金属を待機させていたのだろう。
だが今回は、待機させていた流体金属も針として飛ばして、全力で俺の隙を作りに来た。
ほぼ全方位から流体金属の針が飛来する。
これをすべて防ぎきるのはかなり厳しい。
俺は『水の元素魔法』で細かい水滴を無数に作り、俺の周囲を囲むように配置する。
この水滴に流体金属の針が触れて水滴が弾けると、その感覚で流体金属の針の位置を掴むことができる。
水滴によって死角を無くし、全方位の攻撃に対応する。
レオンには俺の足元を狙うだけの流体金属は残っていないはずなので、今は足元の警戒はそこまでしなくていい。
俺は全神経を集中し、飛んでくる流体金属の針を水滴に触れた順に、ほとんど反射で迎撃していく。
一瞬流体金属の針の勢いが衰えてきたのを感じ取り、俺はちらりとレオンの方を見る。
レオンは流体金属針を飛ばしながら、次の針を作り出していた。
この隙を逃せばまた流体金属の針の雨が降る。
先ほど『水の元素魔法』で作り出した水滴も残り少なくなってきた。
今の状況では、水滴の再展開も厳しい。
動くのは今しかない。
俺は針の隙間を縫って、一気に飛び出した。
勝算はある。
レオンは地面に生やした流体金属の棘の配置を試合開始から一切変更していない。
おそらく針を飛ばすのに集中しており、棘にまで気を配る余裕がないのだろう。
俺は地面から生える流体金属の棘を足場として逆に利用して、立体的な動きでレオンから放たれる針を回避しながらレオンに肉薄する。
俺に利用されないように流体金属の棘を解除するレオン。
その瞬間を見逃さず、俺は『風の元素魔法』で加速し、一直線にレオンに向かう。
もしレオンが防御しようとしてきても、流体金属に流れるレオンの魔力を切断してそのままレオンを攻撃する。
頭の中で勝利の方程式を組み立てながら突撃する。
俺の剣の間合いにレオンを捉えた。
上段に構えた青い剣を、まっすぐレオンに向けて振り下ろす。
カキン
甲高い金属音が闘技場に鳴り響く。
レオンが左手に握った流体金属の剣で、俺の剣を防いだのだ。
プレウラと同じように、左手に持つ剣にほとんどすべての魔力をつぎ込み、限界まで強化したのだろう。
俺の視界の端で流体金属が動くのが見えた。
このままでは、レオンの流体金属によって俺の体は串刺しにされてしまう。
レオンが勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。
しかし、まだ俺が負けたわけではない。
俺は一度『一本の剣を作る魔法』を解除する。
そして、レオンの流体金属の剣に受け止められていた青い剣をいったん消し、杖をそのまま杖を持つレオンの右手をめがけて振り下ろす。
そして、俺の杖の先がレオンの右手に触れる寸前で、再び『一本の剣を作る魔法』で杖の先に青く光る剣を作りだす。
レオンの流体金属が俺を貫くより早く、再び作り出された俺の剣がレオンの右手首を切りつけた。
レオンが杖を落としたことで流体金属が制御を失い、バシャリと音を立てて俺の周りに落ちる。
俺は肩で息をしながらレオンに剣の切っ先を向ける。
レオンも俺と同じように荒い息をしていた。
「参ったよ」
レオンが両手を上げながら爽やかな笑顔でそう告げる。
「勝者、グラム・シリウス!」
俺の名前が審判に呼ばれ、闘技場が歓声に包まれる。
しかし、それに答えるほどの余裕は残っていない。
本当にギリギリの戦いだった。
正直勝った気がしない。
レオンの右腕を治癒しに来た魔法師をぼんやりと眺めながら、俺は闘技場に大の字に倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ってくる審判に手で大丈夫だと伝えしばらく休んでいると、傷を治療し終えたレオンが手を差し伸べてきた。
俺はレオンに引っ張られるようにして立ち上がる。
「悪い、加減できなかった。右腕痛かっただろ」
「大丈夫。今回は勝ったと思ったんだが、やっぱグラムには一歩及ばなかったか」
「いや、本当にギリギリだった。やっぱりレオン、この前手合わせしたときは本気じゃなかったんだな」
「当たり前だろ。相手に手の内を見せるなんてことするわけないさ」
俺たちはいつものように会話をしながら歩き出す。
そして、本来は対角線上にある別々の出口から退場しなければいけないことをすっかり忘れ、二人揃って同じ出口から退場してしまった。