幼馴染同士の戦い
タナトスとの一戦が終わり、俺はタナトスと握手したときに握り潰されそうになった右手をさすりながら 観覧席に向かっていた。
次に始まる、レオンとアリナの試合を見るためだ。
空いている席がないか見渡していると、見慣れた美しい銀髪が目に入った。
「おはようございます、第二皇女様。いらしてたのですね」
「はい、先ほど試合が終わって急いで来たので、先輩の試合は最後の方しか見ることができませんでした。決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとうございます。第二皇女様も試合は勝たれたのですか?」
「当然です。今回も、開始と同時に相手を押しつぶして終わりでした」
どうやら「最強」の重力魔法による犠牲者が一人増えただけのようだ。
「それで、その......」
皇女様は美しい銀髪を指でくるくるといじりながら何やらもじもじしている。
よく見ると、今日の皇女様はいつもと髪型が違った。
いつもはただ髪を下ろしている皇女様だが、今日は髪を編み込んでハーフアップをしている。
戦いやすそうな髪型には思えないが、何か理由があるのだろうか。
「昨日、先輩が羽ペンで伝えてくれたこと、直接言って欲しいなって...... 思っているんですけど」
そう言われて、俺は昨日のことを思いだす。
レオンが俺のふりをして、皇女様に「かわいい」と伝えていたんだった。
皇女様にレオンが勝手に書いたと伝えると余計面倒くさくなりそうだと思って、そのままにしておいたのを忘れていた。
まあ、たった一言伝えるだけだ。
それに、別に嘘でもお世辞でもない。
「かわいいですよ、皇女様」
「ふひぃ」
皇女様の瞳の色に負けないくらい顔を真っ赤にして変な声を出す皇女様。
帰ってきた反応が予想していたものと違って少し焦る。
皇女様は両手で顔を隠して俯いてしまった。
髪の毛を編み込んでいるせいで、真っ赤に染まった皇女様の耳がよく見えてしまう。
「あ、ありがとうございます......」
しばらくして、消え入りそうな皇女様の声が聞こえてきた。
「い、いや、別に......」
なんだか変な空気になってしまった。
どうしようかと思っていると、俺たちの間に気まずい沈黙は闘技場の歓声によって打ち砕かれた。
レオンとアリナの試合が始まるのだ。
皇女様は手で顔をパタパタと仰ぎながら顔を上げる。
先ほどよりも顔の赤みは引いていた。
「グラム先輩はどちらが勝つと思いますか?」
「俺は、レオンが勝つと思う。多分、アリナでは相手にならない」
俺の言葉に皇女様も頷く。
「両者、構えて!」
いつも通り胸に杖をしまうアリナ。そしてあいかわらずどよめく男子生徒。
向かい合うレオンの顔は真剣そのもの。アリナ相手とはいえ、手加減などしないだろう。
「試合、開始!」
アリナは今までの試合と同じように『風の元素魔法』で加速してレオンとの距離を詰めようとする。
そんなアリナに対して、レオンは流体金属の棘を地面から生やす。
串刺しにするのではなく、あくまでアリナの進路を塞ぐためのものだ。
アリナがもたついている隙を見逃すレオンではない。
レオンの流体金属がアリナの足を捉えた。
アリナは『元素魔法』で抜け出そうとするが、レオンの『固有魔法』相手では抜け出せるはずもない。
そのまま全身を流体金属で包まれてしまったアリナは、なすすべなく場外まで押し出された。
予想通り、レオンの圧勝だった。
アリナは拘束力の高い『固有魔法』との相性が悪い。
レオンとの相性は最悪だ。
とはいえ、戦闘向きではない『固有魔法』で準決勝まで勝ち上がったのはすごい事だ。
俺と皇女様は、一言も交わさずに握手をするレオンとアリナに拍手を送った。
「俺はアリナと話してから控室に行きます。皇女様はどうしますか?」
「私も決勝があるので戻ります。グラム先輩も決勝、頑張ってくださいね。先輩ならきっと勝てます」
先ほどの試合を見て、正直レオンに勝てる自身が無くなってしまっていた。
しかし、皇女様にそう言ってもらえて、失った自身が少しだけ戻ってきた気がした。
「先輩。もう一度さっきの言葉を言ってくれませんか? そうすれば、決勝で絶対勝てると思うので」
突然皇女様が、俺の制服の袖をつかんできた。
「さっきの言葉って、どれですか?」
「ですから、直接言っていただけると嬉しい言葉です」
さっきの言葉とは「かわいい」の事だったようだ。
「かわいい」という言葉には、皇女様を決勝に絶対勝てるようにする力もあるらしい。
いろいろなご利益がある言葉のようだ。
しかし、先ほどの事があったせいで、俺も変に意識してしまっている。
俺はなるべく動揺を出さないように意識する。
「皇女様は、かわいいですよ」
「へへ、ありがとうございます!」
照れたように笑い、そそくさと闘技場を後にする皇女様。
正直今だけはいなくなってくれてよかったと思ってしまった。
もし、俺が変に意識していると気づいたら絶対からかってくる。
皇女様とはそういう奴なのだ。
しかし、皇女様のおかげで自信をすこし取り戻せたし、緊張もほぐれた気がする。
俺は、パタパタと走る皇女様の背中を見送ってから、アリナと会うために観覧席を後にした。
◇
アリナは闘技場の外で、木にもたれかかって座っていた。
「試合、お疲れ様」
アリナは自分の隣の地面をポンポンと叩いている。どうやら隣に座れという事らしい。
俺はアリナの隣に腰を掛ける。
「昔はレオンより私の方が強かったんだよ」
「それ、十年前くらいの話だろ」
静かにツッコミを入れると、アリナはくすくす笑う。
「......レオンはどんどん強くなるのに、私は置いて行かれる。多分、私じゃもうレオンには勝てないんだよ」
「アリナはレオンに勝ちたいの?」
俺の質問にアリナは首を振る。
「勝ちたいわけじゃないの。強くなるレオンに、置いて行かれるのが怖いんだ」
「レオンはアリナの事を置いて行ったりしないと思うけど」
俺は素直に思ったことをアリナに伝える。
レオンはそんなことしない。
「知ってる、レオンは優しいからね。だから多分、私はレオンの足を引っ張るのが怖いんだと思う」
いつもは元気なアリナがぽつりと呟く。
アリナはさっきのレオンとの戦いで、埋めることのできない実力差を感じてしまったのだろう。
しかし、俺はアリナがレオンの足を引っ張ってしまうとはないと思う。
「アリナ、傷を癒す速度が一年前と比べて段違いになってただろ? 治癒系の魔法って、一分一秒が人の生死に直結する魔法だから、あれだけ素早く治癒できるようになったアリナもすごく強くなっていると思うけど」
治癒魔法はとにかく発動速度が重要だ。
瀕死の人間でも、腕の立つ魔法師が一瞬で治療できれば助かる可能性だってある。
あれだけの速度で治癒魔法を発動できるアリナが弱いなんて俺は思えなかった。
「グラムは本当によく人の事を見てるね」
いつも通りの笑顔に戻ったアリナが俺の肩を突いてくる。
どうやら少しは気持ちが切り替わったようだ。
「決勝前なのにごめんね。でも、ありがとう」
「全然いいよ。レオンが心配してるだろうから、後で話に言ってやってくれ」
伸びをしながら立ち上がるアリナに合わせて、俺も立ち上がる。
「うん、そうする。それじゃあグラム、決勝で私の敵、取って来てね」
「できるだけ頑張るよ」
「がんばれー」と大きく手を振りながら観覧席に向かうアリナに手を振り返して、俺は控室に向かう。
しかし、先ほどの口ぶりだと、アリナはレオンの足を引っ張りたくなくてここまで努力を重ねてきたと解釈できる。
レオンのためにあそこまで強くなったと考えると、何か恐ろしいものを感じる。
俺は一人で苦笑いをしてから気持ちを切り替える。
次は決勝。
皇女様の味方になると決めた以上、絶対に勝ちたい。
「先輩なら絶対に勝てます」
そう言ってくれた皇女様の姿をちらりと思い出しながら、深呼吸をした。