死神
トーナメント二日目。
俺より早く起きたレオンによってカーテンを開けられた窓からは、朝日が差し込んでいる。
今日もいい天気だ。
俺たちは朝の身支度と軽い朝食を済ませ、男子寮の前にある広場で軽く運動をしてからトーナメントが行われる闘技場へと向かった。
今日はまず俺とタナトスの試合。その後レオンとアリナの試合。
そして、休憩をはさんで決勝戦が行われる。
闘技場に入ろうとした俺たちは、闘技場の入り口近くで何やら話をしているタナトスとプレウラを見つけた。
「い、いいか? グ、グラムは『風の元素魔法』で加速しながら、ち、近づいてくる。す、すごく速いから、き、気をつけろ」
「分かった。俺、気をつける」
「そ、それと。あ、あの剣と正面から、き、切り合っては、ダ、ダメだ。なるべく、よ、避けろ」
「分かった、避ける」
どうやら俺を倒すための作戦会議をしていたようだ。
タナトスは俺の身長の二倍はありそうなほどの大男なので、地面に座ってプレウラと目線を合わせながら話を聞いている。
タナトスは孤児院で育ったと聞いている。
だから、苗字がない。
見た目は怖いが、タナトスはいい奴だ。
しかし、彼は強い。
タナトスの魔法は『死神を召還する魔法』
黒いマントに身を包み黒い大剣を持った、大男のタナトスよりもさらに大きい人型の怪物を一体召還する。
プレウラ然り、何かを召還する魔法は強いものが多い。
熱心に作戦会議をしている二人を見ていると、こちらに気づいたプレウラが急に慌てだす。
「グ、グラム。これは、お、お前に復讐とかじゃなくて。そ、そう。タナトスがどうしてもお前に、か、勝ちたいって言うから」
「俺、お前に勝ちたい」
プレウラにしっかり合わせてあげるタナトス。
大きいし、顔に傷があるし、『固有魔法』も見た目が怖いが、とても優しい奴なのだ。
「お手柔らかにお願いするよ」
俺はタナトスとプレウラに手をひらひらと振って、レオンとともに控室に向かった。
「じゃあ、頑張って来いよ。応援してるからな」
「レオンもな」
俺たちはグータッチをする。
「実は、グラムに一つお願いがあるんだ」
「アリナの事だろ」
「分かってたか。多分準決勝は俺が勝つ。だから、アリナの事を頼みたいんだ。俺が何言っても嫌味になるだろうし」
アリナの事だ。どうせ一日経ったら忘れているだろうが、レオンが心配するのもわかる。
アリナ、負けた時の悔しさで「山にこもって修行する」とか言い出しそうだし。
「アリナの事は心配しないで、お前も安心して勝ってこい」
「当たり前だ」
レオンの言葉を背にして、俺は控室に入った。
◇
準決勝は時間通りに開始された。
俺は、対戦相手のタナトスと向かい合っている。
さっきプレウラと一緒に居たときは座っていたので威圧感がそこまでなかったが、タナトスは今、立っている。
自分よりはるかに高い男に見下ろされると、やはり威圧感がすごい。
「それでは。両者、構えて!」
審判の合図で俺たちは臨戦態勢に入る。
俺の作戦はいつもと変わらない。
相手に魔法を発動させずに勝つのが一番だ。
「試合、開始!」
俺はプレウラと戦った時と同じように、一気にタナトスと距離を詰める。
タナトスは死神を召還して、自分はガードの姿勢を取った。
俺の一撃を受け止めて、その隙を死神で刈ろうという作戦だろう。
読み通りだ。
俺はタナトスの足元を通り過ぎ、背後に回る。
振り返ると、そこにはタナトスの無防備な背中がある。
――はずだった。
タナトスは背後にいる俺に向かって、回し蹴りを放って来た。
剣でのガードが間に合わず、俺は思いっきり蹴り飛ばされる。
二、三回地面を転がり、場外負けギリギリのところで体勢を立て直す。
その隙に死神が体験を振り下ろしてきた。
何とかその剣を受け止めると、今度はタナトスが直接俺を攻撃しようと迫ってくる。
完全に後手に回ってしまった。
俺は死神の大剣を何とか弾き飛ばし、取れるだけ距離を取る。
召還魔法は厄介だ。
自然の生物を使い魔として操る魔法と違い、召還魔法は自分の魔力で一から生物を作る。
一度作ってしまえばその後は、魔力を供給し続ければ自立して動き続けるため、燃費は悪いが、使い魔のように主従関係を切断して無力化するという事ができない。
要は一度召還されたら倒すしかないのだ。
しかし、タナトスが召喚した死神は強力だ。倒すのは現実的ではない。
普通、召還魔法を使う魔法師を倒すには、召喚獣ではなく魔法師本体を狙うのが効果的だ。
だが、タナトス相手ではそれも難しい。
タナトスはその見た目に違わず武闘派だ。
先ほどのキックも相当強力だった。
彼を一瞬で無力化するのはかなり難しい。
しかし、彼を無力化するのに手間取っていては、その隙を死神に狙われる。
死神の攻撃をかいくぐり、タナトスを無力化する。
それしか勝ち目はないのだが、なかなかに無理難題だ。
俺は『炎の元素魔法』をタナトスに飛ばし、牽制する。
その隙を狙って死神が攻撃してくるが、それには付き合わずに距離を取る。
タナトスは『炎の元素魔法』を特に防御することなく受け止めた。
『炎の元素魔法』はこけおどし程度の威力しかないため、当然だ。
俺は死神から距離を取りつつ、タナトスを牽制し続ける持久戦に出ることにした。
召還魔法は燃費が悪いため、このままでは先にタナトスの魔力が尽きるだろう。
タナトスが勝負を決めに来たタイミングをカウンターで仕留める。
勝つにはそれしかない。
俺はタナトスへの牽制を『水の元素魔法』に切り替え、死神とは距離を取り続けた。
それと同時に、俺とタナトスの間に『風の元素魔法』で空気の膜を作る。
これは、この前コーヒーハウスで皇女様が見せてくれた防音の魔法の応用だ。
『元素魔法』は『固有魔法』より魔法を使用していることが気付かれにくい。
俺はタナトスに悟られぬよう、ゆっくりと空気の膜の内側の酸素濃度を高めながら、タナトスの動きを注視し続けた。
突然死神が動いた。
先ほどまでの動きと違い、俺をタナトスと死神で挟み撃ちするような動きだ。
タナトスは、俺が死神の方ではなく自分を攻撃してくると読んで、ガードを固める動きをしている。
俺はタナトスに向けて『炎の元素魔法』を放ってからタナトスに背を向け、死神を攻撃するそぶりを見せる。
それを見たタナトスは、ガードをやめて、俺に突撃してくる。
『炎の元素魔法』の威力はお粗末なことをタナトスは知っている。
タナトスは、俺が放った『炎の元素魔法』を気にすることなく、俺に向かって突っ込んでくる。
俺とタナトスの間に、酸素濃度の高い空間があるとも知らず。
俺の放った『炎の元素魔法』が酸素濃度の高い空間に振れた。
すると、警戒せずに突撃してきたタナトスの目の前で、突然『炎の元素魔法』が巨大な火の玉になった。
しかし、所詮は『元素魔法』
少し威力を高めたところで、人を倒せるほどの威力はない。
ただ、人は予想外の事態が起きると驚くものだ。
巨大な火の玉に驚き、一瞬動きを止めたタナトスの杖を持った右手にめがけて、俺は『風の元素魔法』で加速して一気に距離を詰める。
当然反撃しようとしてくるタナトスの足元の地面を『土の元素魔法』で少しだけ沈める。
普段のタナトスなら冷静に対処しただろうが、今のタナトスには効いた。
俺は、『一本の剣を作る魔法』で作り出した青く光る剣を振りぬく。
タナトスの杖が宙を舞い、場外に落ちた。
少し遅れて死神が消滅する。
「参った」
息を切らしながらタナトスに剣先を向ける俺に、タナトスがゆっくりとそう呟いた。
「勝者、グラム・シリウス!」
歓声に包まれる闘技場。
やはりブーイングが少ない。
タナトスはゆっくりと俺に近づいてきて、右手を差し出してくる。
「やっぱり、グラム、強い」
「タナトスにそう言ってもらえると自信になるよ」
俺とタナトスは握手を交わし、それから闘技場を後にした。
ちなみにタナトスは握手の力加減が下手くそで、とても痛かった。