「最強」の戦い方
皇女様と対戦相手が、杖を構えて対峙している。
「試合、開始!」
審判の声と同時に
ブオン
と、重苦し音が闘技場に響く。
『重力を操作する魔法』が発動したときの音だ。
重力に押しつぶされて這いつくばる相手に、ゆっくりと近づく皇女様。
「参りました......」
「そこまで。勝者、アン・フロス・アウレリア第二皇女!」
まさに一瞬の出来事だった。
少し遅れて闘技場に歓声が響き渡る。
「すごいな」「すごいね」
レオンとアリナが同時に呟く。
一回も彼女の魔法を見ていなかったら、俺も同じことを呟いていたのだろう。
レオンとアリナから見ても、アン第二皇女の魔法は圧倒的だったのだ。
一瞬で相手を無力化する威力も当然恐ろしい。
ただ、それよりもすごいのが魔法の発動速度だ。
試合開始の合図と皇女様の魔法の発動がほぼ同時だった。
あの速度で「最強」の魔法を発動されては、ほとんどの魔法師が何もできずに敗北するだろう。
「俺じゃあ、多分皇女様には勝てないな」
レオンが両手を頭の後ろで組みながらそう言う。
「おい、グラム。『そんなことないよ』って言えよ!」
「いや、そんな無責任なこと言えないし」
頭をグリグリしてくるレオンを払いのけていると、第二皇女様がこちらを見ていることに気づいた。
できれば挨拶をしておきたかったが、俺たちも試合がある。
闘技場にいる皇女様に手を振って、俺たちは三年生のトーナメント会場に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
無事に二回戦を突破したレオンを控室まで迎えに行く頃には、もうすっかり日が傾いていた。
レオンは先ほどより持つよう学年八位の生徒と戦った。
結果はやはりレオンの圧勝。一回戦目の時のように、レオンが相手を流体金属で押し流して勝利した。
これで今日の日程は終わりだ。
ちなみに、アリナも俺も二回戦を突破することができた。
アリナは学年四位の生徒と戦った。
アリナの相手は、『空気中の水分を操る魔法』を使っていた。『水の元素魔法』の上位互換のような『固有魔法』だ。
かなり強力な魔法だが、拘束力が低いという欠点があり、それがアリナとは相性が悪かった。
アリナは多少の怪我では動きを止めないため、アリナを拘束して場外に出せなければ勝つことが難しい。
結局、アリナの相手はアリナの動きを止めることができず、そのまま敗北したわけだ。
そして、俺は学年七位の生徒と戦った。
俺よりも上位だが、プレウラに比べればどうという事はない。
俺に向けられた相手の『悪夢を見せる魔法』を切断し、そのままの勢いで杖を弾き飛ばし、勝利した。
明日には準決勝と決勝が行われる。
レオンが二回戦を突破したことで、三年生の四強が出そろった。
レオン、アリナ、俺、そしてタナトスだ。
明日はレオンとアリナ、俺とタナトスが準決勝で戦うことになる。
俺が主席になるためにはタナトスに勝ち、そしてレオンかアリナに勝たなければならないわけだ。
主席までの道は遠い。
「あー 今日は疲れたなー」
俺の横でレオンが伸びをする。
俺たちはアリナを女子寮まで送り届け、男子寮へ向かって歩いていた。
「俺も疲れたよ」
俺たちは何とか部屋までたどり着く。
すると、ちょうど皇女様にもらった羽ペンの魔道具が紙に何かを書いていた。
この羽ペンは二本で一組の魔道具で、相手の羽ペンが書いた内容を紙に書き写してくれる。
離れていても連絡が取れるという優れモノだ。
今日のようにお互い予定があって会うことができないとき、皇女様は決まってこの魔道具で連絡をよこしてくる。
そして俺が返事をしないと機嫌が悪くなる。
機嫌を損ねた皇女様はかなり面倒くさい。
この前は皇女様に機嫌を直してもらうのに丸一日かかってしまい、本当に大変だった。
それ以降、俺はなるべく皇女様に返事をするようにしている。
『グラム先輩、今日はお疲れ様でした。私は無事二回戦を突破することができました』
紙にはそう書いてあった。
皇女様も二回戦を突破したらしい。まあ、当然だろう。
あの皇女様が負ける姿は想像できない。
『皇女様もお疲れ様でした。俺、レオン、アリナも二回戦を突破しました』
俺はそう返事をする。
すると、羽ペンがまた動き出す。
『先輩が負けるとは思っていませんでしたが、良かったです。レオン先輩にも、お疲れさまでした。とお伝えください』
「レオン。第二皇女様がお疲れ様だってさ」
一応皇女様の言葉を伝えておく。
すると、レオンが俺と皇女様の会話が書かれた紙を、机に座る俺の肩越しに見てきた。
「皇女様、字が綺麗だな。グラムとは大違いだ」
余計なお世話だと思いつつ、皇女様への返事を綴る。
『レオンが、ねぎらいの言葉ありがとうございます。と言っていました』
「そんなこと言ってねえよ」と言うレオンを無視していると、再び羽ペンが動きだす。
『今日のグラム先輩の戦いは素晴らしかったです。プレウラ先輩の魔法に正面から打ち勝つなんて、とても格好良かったです』
皇女様はこの会話をレオンに見られているとも知らず、そんなことを送ってきた。
「おいグラム、お前皇女様にカッコよかったって言われてるぞ!」
俺の後ろで騒ぐレオンは無視だ。
格好良かったかどうかは置いておいて、皇女様が正面から打ち勝ったと評価してくれたことは少しだけ嬉しかった。
俺の、搦め手や『元素魔法』を多用する戦い方を認めてくれた。そんな気がしたからだ。
なんて返事を変えそうか。と考えていると、レオンが俺から羽ペンを奪い取り、勝手に返事を書き始める。
『皇女様はすごく可愛かったですよ』
俺はレオンから慌てて羽ペンを取り返す。魔法道具が壊れなくてよかった。
レオンが書いたことを伝えようと思ったが、羽ペンが動き出してしまった。
どうやら皇女様はもう返事を書き始めているようだ。
この魔法の羽ペンは便利なのだが、相手が文字を書いている時は羽ペンが勝手に動き出してしまうため、何もできなくなってしまうという弱点がある。
俺はおとなしく皇女様の返事を待つしかなかった。
『突然何を言い出すんですか。でも、ありがとうございます』
おそらく皇女様はレオンが書いたと気づいていない。
レオンが急いで書いた崩れた文字は、奇跡的に俺の筆跡に似ていたので無理もない。
『とても嬉しいです。今度は、直接言っていただけると、私が少しだけ早く女王になることができるかもしれません』
続けて羽ペンがそう綴る。
これはレオンが書いたと訂正したほうが面倒なことになりそうだ。
どうやら、皇女様に可愛いと言うと早く女王になることができるらしい。
理屈は分からないが、皇女様が言うことなので正しいのだろう。
俺は『わかりました。また、機会があれば』とだけ返事をしておく。
すると、またすぐ羽ペンが動き出す。
『楽しみにしています。すみません、明日も試合があるので、私は先に休ませていただきます』
明日は準決勝、そして勝てば決勝だ。
アリナには申し訳ないが、俺は決勝ではレオンと戦うことになると思っている。
もちろん俺がタナトスに勝てればの話だが。
皇女様の『おやすみなさい』に対して俺も『おやすみなさい』と返してベットに入る。
先ほどまでウザ絡みをしてきたレオンも大人しくベッドに入った。
「なあ、グラム。第二皇女様、恐ろしく強かったな」
レオンが突然そう話しかけてくる。
「強かったな」
「もし第二皇女様が敵に回ったら、大変なことになりそうだよな」
「なりそうだな」
「もし、第二皇女様が悪い人で、女王になった後に俺やグラムの敵になったらどうする?」
「その時は――」
俺はしばらく考えてから口を開く。
「刺し違えても、倒すよ。俺が彼女を信じると決めたんだから、その責任はしっかり取らないと」
「愛だねー」
と言う、意味の分からないレオンの言葉を聞きながら、俺は意識を手放した。