『巨大なムカデを召還する魔法』
トーナメントの進行は概ね予定通りに進んでいた。
「じゃあ、俺そろそろ控室行ってくるわ」
俺は隣で試合を観戦しているレオンとアリナにそう告げて席を立つ。
「グラム、頑張ってね!」
「お前の試合が終わったら次は俺の試合なんだから、縁起悪いし間違っても負けるなよ」
少しはプレウラの応援もしてやれよ。と思いながら俺は控室に向かう。
◇
控室の扉の前まで行くと、なぜかそこにはプレウラが立っていた。
部屋を間違えたか? と思っていると、プレウラがトコトコ近づいてきた。
「わ、私、今まで自分の魔法が、き、嫌いだった」
そしていきなり話し始める。
「ム、ムカデを召還する魔法、み、みんな怖がる。で、でも、グ、グラムは、強い魔法だって、い、言ってくれた」
確かに言った気がする。あれは確か去年のトーナメントだったか。
強い『固有魔法』を持っているのに自身の無さげだったこいつに勝った時、そんな言葉をかけた。
「わ、私、嬉しかった。そ、そんなこと言ってもらえたの、は、初めてで」
「あれはプレウラを喜ばせるために行ったんじゃないよ。俺よりよっぽど強い『固有魔法』を持ってるくせにうじうじしているお前にちょっとムカついて、嫉妬交じりに言っただけだ」
そう返すと、プレウラはジト目で俺の事を見てくる。どうやら俺の言葉が気に障ったらしい。
「な、何でもない! わ、私に負けても、な、泣くんじゃないぞ!」
そう言ってプレウラは自分の控室に向かっていった。
よく分からないが怒らせてしまったか。余計手ごわくなってしまったな。
遠くなっていくプレウラの背中を見送って俺は控室に入る。
「試合時間です」
外から声をかけられた。
俺は深呼吸を一つして、椅子から立ち上がる。
闘技場に向かう通路を歩いていると、舞台を挟んで向こう側の通路から歩いてくプレウラが小さくが見えた。
俺とプレウラが姿を現すと、闘技場は大歓声に包まれる。
ちらりと先ほど俺がレオンとアリナを一緒に座っていた場所を見上げると、そこにはいつの間にか合流していた第二皇女様も座っていた。
皇女様に負けるとこなど見せるわけにはいかない。
俺たちの紹介をしている審判の声をぼんやり聞きながら、俺はもう一度集中しなおす。
「それでは、両者構えて!」
俺は足を肩幅に開き、杖をしっかりと握って動きやすい姿勢を作る。
プレウラもこちらをじっと見つめながら杖を構える、
「試合、開始!」
審判の声に反応し、俺は『風の元素魔法』で一気に加速して距離を詰める。
先手必勝。プレウラが大量の巨大なムカデを召還する前に勝負を終わらせる。
しかし、プレウラはたった一体のムカデを差し向けてくる。
その体長は二メートルほどあるが、一体だけなら脅威ではない。
俺はそう判断してムカデに切りかかる。
カキン
その音とともに俺の『固有魔法』である青く輝く剣が弾かれた。
油断した。
プレウラはたった一匹のムカデに魔力を集中させて強度を高めたのだ。
俺は体勢を立て直し、ムカデの体節の隙間を狙って剣振り下ろして、ようやく一匹のムカデを撃破した。
もちろんその隙を見逃すプレウラではない。
俺が再びプレウラの方に向き直ると、十匹以上の巨大ムカデが俺に襲い掛かって来ていた。
恐らく一匹一匹は先ほどの個体よりは弱いだろうが、数が多い。
このままムカデを召還され続けると、闘技場がムカデに埋め尽くされてしまう。
そうなると俺は場外に押し出されてしまい、負けだ。
先頭のムカデを切り捨てながらプレウラの方を見ると、プレウラは全力で巨大なムカデを召還し続けている。
やはりこのままでは一匹倒してもそれ以上の数を召還されてしまい、いつかは押し負ける。
そう判断した俺は、『風の元素魔法』を応用して飛行して、闘技場の上空に逃れる。
まさかこの魔法を戦闘で使うとは思ってもみなかった。
当然プレウラは巨大ムカデで俺を狙ってくる。
ムカデの上にムカデが積み重なり、どんどん俺に迫ってくる。
俺はそのムカデを足場にしつつ、さらに上空へ逃げる。
ふと下を見ると、すでに闘技場よりも高い巨大ムカデの塔が出来上がっていた。
この下には恐らく百匹を超えるムカデが積み重なっている。地上に居たら今頃押し潰されていただろう。
ちらりとプレウラを見ると、ムカデの召還速度が遅くなっている。
ムカデの召還もそろそろ限界なのだろう。
俺は上空に逃げるのをやめ、反転攻勢に出ることにする。
しかし、このまま地上に降りても、このムカデたちに押しつぶされてしまうのは目に見えている。
巨大ムカデの数を減らさなければいけない。
俺はムカデの塔の頂上から飛び上がり、『風の元素魔法』と重力の助けを借りて、落下しながら全体重をかけてムカデの塔の頂上に向けて剣を突き立てる。
一匹ずつ倒すのが大変なら一度に倒してしまえばいい。
俺はさらに加速しながら、大量に積み重なった巨大ムカデの塔を貫きながら、一気に地上に落下していく。
俺の剣が闘技場の地面に突き刺さった。
周りがムカデだらけで分からなかったが、ムカデの塔を地上まで貫き切ったようだ。
俺は体勢を立て直しながら、プレウラの居場所を彼女の魔力を頼りに探す。
二時の方向、プレウラの魔力だ。
俺は再び『風の元素魔法』で加速、巨大ムカデの壁を突き破る。
――見えた。
プレウラは再びムカデを召還しようとするが、今度は俺の方が速い。
プレウラが杖を持つ右手首を、俺の青く輝く剣が貫いた。
「グッ」
痛みによって杖を落とすプレウラ。
杖に魔力が供給されなくなったため、バランスを崩して今にも倒れそうだったムカデの塔が一気に消滅する。
俺は腕を抑えて膝をつくプレウラの首に、『固有魔法』の青い剣を解除した杖を優しく当てる。
「ま、参った」
「そこまで、勝者、グラム・シリウス!」
闘技場は歓声に包まれる。
去年は俺が勝っても主に貴族たちによるブーイングの嵐だったのだが、なぜか今年はそうではない。
少し気になったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺は、目の前でポロポロと泣き出してしまったプレウラにハンカチを差し出す。
しかし、プレウラはそのハンカチを払いのけてしまう。
それはそうだ。勝者からの同情など、今のこいつは欲しくもないだろう。
仕方がないのでそのハンカチをプレウラの右手に巻き、とりあえず止血をする。
「去年よりもずっと手ごわかった」
俺はそれだけプレウラに言い残し、闘技場を後にした。
◇
次はレオンの試合だ。
レオンはおそらく控室にいる。
俺は迷った末に、一応顔だけ出すことにした。
「よう、グラム。無事勝ったんだってな」
部屋に入るなり、レオンに笑顔でそう言われる。
「いや、本当にギリギリだったよ」
俺が頬をかきながらそう答えると
「みたいだな」
と椅子から立ち上がったレオンが笑う。
「レオンも負けるんじゃないぞ」
「負けるわけないだろ」
俺はレオンとグータッチをして、控室を後にした。
「あ! グラム、お疲れー」
「お疲れ様です。グラム先輩」
観覧席に戻ると、アリナとアン第二皇女が手を振って俺を迎えてくれる。
「ありがとう。皇女様もレオンの試合を見ていかれるのですか?」
「すみません。私は自分の試合がありますので、そろそろ失礼します」
「えー アン皇女行っちゃうんですか?」
皇女にダル絡みをするアリナ。こいつ怖いもの無しかよ。
「申し訳ありません。でも、もしお時間があるようでしたら、ぜひ私の試合を見てほしいです」
「見ます見ます!」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
きれいなお辞儀をして去っていく皇女様を見送ると、闘技場から歓声が上がる。
どうやら次の試合が始まるようだ。
レオンの試合の結果は言うまでもない。レオンの圧勝だ。
学年一位のレオンの相手は学年十六位の生徒。当然と言えば当然だ。
試合が開始した瞬間にレオンは大量の流体金属で相手を押し流した。
相手も抵抗しようとしたが、それを許すレオンではない。
試合が開始されてから十秒ほどで、レオンが勝者となったのだ。
レオンの試合が速く終わったので、俺とアリナはレオンを迎えに行った後、アン第二皇女の試合を見に行くことにした。
二年生の会場に到着すると、ちょうど大歓声が聞こえてくる。
どうやら間に合ったようだ。
堂々と入場してくる皇女様。
観覧席をぐるりと見まわして俺たちを見つけた皇女様は、ぺこりと頭を下げてくる。
俺たち三人もつられてお辞儀をして、観覧席に座る。
「両者、構えて!」
皇女様の試合が始まろうとしていた。