前哨戦
風紀委員に入ってから二週間ほどが経過した。
あれから皇女様とはほぼ毎日会っている。
風紀委員の見回りの時はもちろんだが、それ以外の日もなぜか授業後は皇女様と一緒に居るようになってしまった。
皇女様は毎日、なんだかんだ理由をつけて俺を呼び出し、この国についての話をしたり、魔法の話をしたり、学校の話をしたりしてきた。
皇女様も、今すぐ王位簒奪を狙うわけではない。
王位簒奪に向けて常に気を張っていては体がもたないので、俺も彼女の話にはなるべく付き合うことにしていた。
最初の方こそレオンやアリナにからかわれたが、今では二人もすっかり第二皇女と仲良くなってしまった。
そして、いつの間にか二人も彼女の仲間になることを決めていた。
ただ、プレウラだけはなぜか彼女を警戒しており、なかなか心を開こうとしない。
まあ、プレウラは人と話すのが苦手だし、もう少ししたら仲良くなるだろう。
「アン皇女、むっちゃいい子じゃん。早く結婚して逆玉の輿しちゃいなよ」
最近アリナがろくでもないことを言い出すようになった。
「アリナ、状況分かってるのか? もし皇女様が王位簒奪に失敗したら、俺たちだってどうなるか分からないんだぞ」
俺がそうアリナに言うと、アリナはきょとんとした顔をする。
「グラムは、アン皇女が女王なれないと思ってるの?」
そうだ、アリナはこういう奴だった。
多分こいつは、第二皇女に全幅の信頼を置いているのだろう。
「いや、俺も彼女が女王になるって信じてるよ」
そう言うと、アリナは満足そうにうなずく。
アリナもレオンもあの第二皇女の事を信用している。
どうやら彼女には不思議なカリスマ性があるようだ。
「おい。グラム、アリナ、しゃべってないで早く来いよ」
前の方からレオンが俺たちを呼んでいる。
俺たちは、学校の裏の広場を目指して歩いていた。
もうすぐ始まるトーナメントの訓練をするためだ。
学校裏の広場は学校内では唯一自由に魔法を使用してもよい場所だ。
当然教師の監視も厳しいが。
トーナメントとは、平たく言えば一対一での魔法戦を行い、最強の魔法師を決めるイベントだ。
そして、基本的にはトーナメントで優勝した生徒がその学年の主席になるわけだ。
正直俺は今まで主席という肩書きにそこまでこだわっていたわけではない。
しかし、主席になると面倒なことも多いが、その分いいことだってある。
第二皇女の味方をすると決めた以上、主席の肩書きは絶対に欲しい。
だから、今回のトーナメントはいつも以上に本気で挑むことに決めたのだ。
しかし、もちろん簡単に主席にはなれない。
レオンを始め、この学年には強い魔法師がたくさんいる。
そのため、トーナメントに向けて、実戦形式の訓練を行うことにしたのだ。
「じゃあ、始めようか」
制服の上着を脱いで杖を構えるレオンに向かい合い俺も杖を構える。
「二人とも準備はいい?」
アリナの問いかけに、俺たちは黙ってうなずく。
「模擬戦、開始!」
俺たちは同時に動き出す。
レオンは俺に向かって流体金属の針を数本飛ばしてきた。
同時に、地面から流体金属を針状に生やして俺の逃げ場を塞いでくる。
回避ができないのなら迎撃するしかない。
俺は飛んできた流体金属の針を、魔法で作り出した剣で全て叩き落とす。
俺の剣に切られた流体金属の針が制御を失い、バシャリと音を立てて足元に落ちる。
今度はこちらの番だ。俺は『風の元素魔法』を使い、加速する。
そして、地面から生えている流体金属の針を切断しながらレオンに肉薄する。
取った。と思った瞬間、流体金属で地面との摩擦を無くしたレオンが、滑るような動きで俺から距離を取りつつ、流体金属の針を飛ばしてきた。
俺は再び全弾叩き落し、レオンと向かい合う。
やはりレオンもこの前戦った時より強くなっている。
厄介だ。そう思いながら、俺はもう一度レオンに向けて突進する。
「ちょっとちょっと。二人とも本気で戦ってよ。怪我してくれないと治せないじゃん」
五分ほどレオンと模擬戦を続けていると、アリナがずいぶんバイオレンスな発言をしてきた。
どうやら模擬戦を見るのに飽きてきたようだ。
「お前なあ」
俺がアリナの方を見て文句を言おうとした瞬間。
「隙あり!」
レオンが流体金属で作り出した剣で思いっきり殴ってきた。
「痛っ」
俺は頭を抱えてその場にうずくまった。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
アリナが俺の頭をなでながら、治癒魔法をかけてくれる。
そのおかげで痛みはかなり和らいだ。
「アリナがいてくれてよかったな」
俺を思いきり殴ってきたレオンが笑みを浮かべている。
笑顔はイケメンだが、だからと言って許せるわけではない。
「絶対許さないからな」
恨みをこめた目でレオンを睨むと、レオンは笑いながら謝ってくる。
「ごめんごめん。グラムって訓練とかいつも一人でやるタイプだっただろ? 初めて手合わせを頼まれて、俺も気合が入っちゃったんだよ」
「魔法師は一人で訓練する人も多いだろ。『固有魔法』は千差万別で、人と訓練しても強くならない魔法もあるんだから」
俺は肩をすくめてそう返す。
「だからこそだよ。お前は今までとは別の方法で強くなろうとしているって事だろ。置いて行かれる訳にはいかないからな」
そっか。と納得しかけて慌てて首を振る。
「いや、だからって殴っていい理由にはならないだろ」
「いいじゃん。私に治癒してもらえてるんだから」
なぜかアリナはレオンに味方をする。さっきから理不尽すぎないか?
「あの第二皇女と会うようになってから、グラムやっぱり変わったよな」
突然、レオンが先ほどまでとは違うまじめな顔をしてそう言ってくる。
「まあ、まじめに主席を目指すようにはなったかな」
「今までは不真面目でも主席になれたって言いたいのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど......」
冗談だよ。と笑うレオン。
「正直今までのお前はちょっと怖かったんだよ。なんかの拍子にやけを起こして貴族相手に戦争を起こしそうでさ」
「いや、レオンも俺が人を殺すことが嫌いなの知ってるだろ?」
「そりゃ知ってるけどさ、やりかねないっていう危うさがお前にはあったんだよ。第二皇女を会うようになったきっかけだって、お前が王族に喧嘩を売ったことが始まりだっただろ?」
そう言われて俺は黙ってしまう。
確かに、今思い返せば事あるごとに貴族や王族に喧嘩を売って来ていた。
レオンやアリナが俺のことを心配するのも無理は無いな。
「だけど、今はその危うさが無くなった。ずいぶんアン皇女に飼い慣らされたみたいだな」
「そんなんじゃないよ」
飼いならされたわけではない。ただ、皇女様に会うまで、俺は心のどこかでこの国を変えることを諦めていた。
王族と貴族を恨むだけ恨んで、人生を終える自分を想像したこともある。
学校生活を楽しむと決めたのも、一種の現実逃避だったのかもしれない
だが、皇女様に会って、もしかしたら本当にこの国を変えられるかもしれないという希望が見えた。
今に風に吹き飛ばされてしまいそうな、細い細い一本の希望かもしれないが、希望には違いない。
「ただ、俺も頑張ろうって思っただけ」
俺の頭をなで続けているアリナの手をどかしながら、俺は立ち上がる。
きっとあの「最強」で、まっすぐで、少しだけ「重い」皇女様が女王になったら、俺の父みたいな死に方をする魔法師は減るだろう。
だから、俺はあの皇女様を女王にするという目標のために、できるだけのことをしたいのだ。
「愛だねー」
ニヤニヤしながらそう言ってくるアリナを無視してレオンの肩に手を置く。
「模擬戦、もう一本お願いするよ」
「任せろ、次もボコボコにしてやる」
トーナメントが始まるまであと一週間ほど。
主席になるために、できるだけ頑張ろうと思う。
お読みいただきありがとうございました。
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