プロローグ
「アウレリア国立魔法学校、三年生主席、グラム・シリウス」
「はい」
名前を呼ばれた俺は椅子から立ち上がり、校長が立つ舞台の上に向かって歩き始める。
「何であいつが首席なんだよ」
「今年の三年生はよっぽど不作みたいだな」
俺が上級生の座る席の間を通ると、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
このアウレリア国立魔法学校は、その学年で一番強い魔法師が主席と呼ばれることになっている。
つまり、主席の評価がその学年の評価に直結するわけだ。
俺が「最弱の首席」の異名を欲しいがままにしてしまっているために、間接的に同級生まで馬鹿にされてしまう事には申し訳なさを感じる。
しかし、俺が最弱と呼ばれるのは仕方のない事ではある。
俺たち魔術師に求められるものは圧倒的な力。
たった一人で敵の軍隊を壊滅させ、たった一人で国を守れる、一騎当千の力が求められるのだ。
残念ながら俺にその能力は全くと言っていいほど無い。
『固有魔法』の強さは威力、射程、範囲、応用力の高さによって決まる。
俺の『固有魔法』は『一本の剣を作る魔法』
青く輝く、まっすぐな、たった一本の光の剣を杖の先に作りだす。
ただ、それだけの魔法だ。
「アウレリア国立魔法学校、二年生主席、アン・フロス・アウレリア」
「はい」
俺が舞台の上にたどり着いたタイミングで、一学年下の主席の名前が呼ばれる。
彼女は俺とは正反対で、十五歳という若さで「最強」と呼ばれている魔法師だ。
彼女が扱う『固有魔法』は『重力を操作する魔法』
威力、射程、範囲、そして応用力の高さ、どれを取っても欠点はなく、まさに最強である。
彼女はゆっくりと舞台に向かって歩きながら、舞台の上に立っている俺を睨んでくる。
「私を見下すな」と言わんばかりだ。
確かに彼女はこの国の王の二女。いわゆる第二皇女であり、身分も俺とは比べ物にならない。
身長は平均よりもやや低いが、長く美しい銀髪や、ルビーのような赤い瞳が、彼女の高貴さをさらに引き立てている。
ちなみに一年生は魔法の基礎を習うだけで、まだ魔法戦による順位付けを行わないため、主席がいない。
彼女が俺の横に並んで立ったことを確認して、校長が式典を進める。
「以上が今年度の首席だ。生徒諸君も知っての通り、我らアウレリア王国は、隣国のアルゲント王国と緊張状態が続いている。諸君たちも主席を見習い、いずれ我が国を守る魔法師としての活躍を期待されていることを忘れず、勉学に励むように」
アウレリア国立魔法学校。
ここは、王国の中でも魔法の才能に優れた生徒が集まり、魔法を学ぶ学校である。
この魔法学校で良好な成績を得たものは、将来この国を担う魔法師としての地位が約束される。
しかし、俺がこの学校に来た理由は、出世するためではない。
腐りきったこの国を変えるためだ。
―――俺の父も魔法師だった。
しかも、かなりの実力を持った魔法師だったらしい。
ただ、俺は父の事をほとんど覚えていない。
なぜなら、父は俺が三歳の時に戦死したからだ。
当時の記憶はほとんどないが、母の涙だけは鮮明に覚えている。
それから三年の歳月が経ち、俺が六歳になったころ、一人の魔法師が家を尋ねてきた。
その魔法師は、戦場で父に命を救われたと言っていた。
父親の最後がどのようなものだったのか、その魔法師は俺に教えてくれた。
父が命を落とした時、父親の部隊は敵陣深くに切り込んでいたらしい。
その時、敵がアウレリア王国軍の後方部隊を奇襲したそうだ。
後方部隊の指揮官はその攻撃に驚き、前線部隊を見捨てて逃走してしまった。
当然敵陣深くに攻め込んでいた父の部隊は孤立してしまう。
そんな状況で父親は自らが殿となり、絶望的な状況から部隊を救い出そうとして戦死したそうだ。
俺に話をしてくれた魔法師は、その時助かった一人だったのだ。
そして、魔法師は続けてこのようなことを教えてくれた。
戦場で死ぬのはいつも平民出身の魔法師なのだと。
父の部隊を見捨てた後方部隊の指揮官は、貴族出身の魔法師だったらしい。
まさか自分が攻撃されると思っていなかったため、攻撃を受けて慌てて逃げたのだ。
その魔法師は父の部隊を見捨てた責任を一切取らず、いまだに指揮官の地位にいるという。
この魔法師は、次の戦争でも父を見捨てた指揮官の下で戦うことになったと言っていた。
次こそは死ぬだろうから、その前に父の最後を話しに来てくれたのだ。
そして、父の話をしてくれたその魔法師が俺の家に来ることはもう二度となかった。
俺の父が死んだのは貴族のせいだと知った。
平民出身の魔法師の命を兵器として消費し、自分は安全な場所から戦場を眺め、いざ自分に危険が及ぶと逃げ出す貴族を、俺は許せなかった。
そして、学校に通って勉強するようになると、その貴族たちを束ねる王族がいるということを知った。
腐った貴族たちを束ねる王族こそが俺の真の敵だと、その時、子どもながらに思った。
アウレリア国立魔法学校に入学しても、俺の考えは変わらなかった。
この学校には、貴族出身でありながら善良な奴もいた。
しかし、それはごく少数だった、
ほとんどの貴族出身の魔法師は平民出身の魔法師を見下し、いじめていた。
こんな奴らのせいで父が死んだと思うと、吐き気がした。
この国を変えるためには、この腐った連中を排除しなければならないと本気で思った。
だから努力し、主席になるまでの実力を手に入れた。
しかし、主席になれたところで、この国を変える力が手に入るわけではなかった。
俺一人の力では、腐った貴族たちを一掃することなど、到底不可能だ。
そんな力を持っていたら、「最弱の主席」と呼ばれることもなかっただろう。
それに、俺は貴族を恨んではいるが、皆殺しにしたいわけではなかった。
そもそも俺は殺しが好きではない。
俺の『一本の剣を作る魔法』で人を切ると、その感触が杖を通じて俺の手に伝わってくる。
俺はその感触が嫌いだった。
俺が国を変えるためには、別の方法を探さなければならなかったが、そう簡単に思いつくものではない。
正直俺は、半ば諦めかけていた。
しかし、希望は意外なところにあった。
俺にとってこの国の腐った貴族は敵だった。
そして、そんな奴らを束ねる王族も当然敵だった。
だから、俺はこの時想像すらしていなかった。
今俺の隣に立っている一歳下の後輩。
最強の重力魔法の使い手で、この国の第二皇女。
銀髪赤眼のこいつが、俺の最強の相棒になることを。
―――そして、俺の人生で一番大切な人になる。ということを。
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