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ファーストチキン

作者: 雉白書屋

「おーすっ、わざわざ来てやったぞぉーい」


 と、ドアを開けるなり友人がそう言い、ぐいとこちらに顔を近づけてきた。

 おれは奴を部屋の中へ迎え入れたが、釈然としない。いきなり訪ねてきて「わざわざ来てやった」とはなんだ。この野郎が。


「なんだよ、麦茶かよ。年寄りくせえな、お前」


 ベッド、それも枕の上にドカッと座った奴は、わざわざ飲み物を用意してやったおれにそう言った。

 おれは自分を「おれは心が広いんだ」と慰めた。


「で、わざわざ何の用だよ。いきなり来てさ」


 と、皮肉で反撃してみたが、図太い性格のこいつは意に介さないだろう。たまにこいつが羨ましくなる。これは皮肉ではなく。


「ははははっ、いやぁ、お前が電話を持っていれば、こうしてわざわざ会いに来なくてもよかったのになぁ」


「は? 電話なら……あ、まさかお前」


「そう、こーこっ!」


 と、奴は目を見開き、自分の頭を指で叩いた。


「埋め込んだのか……?」


「そそ! チップ! チィィィップゥ! グラルライザァー!」 


 そう言った奴は狂ったように笑い出した。おれはどうにも受け付けない。奴の笑い声も、頭の中に電子機器を埋め込むなどということも。

 グラルライザーとは次世代型の携帯電話であり、長さ一センチ弱、幅と厚さ数ミリのチップを脳に埋め込み、他のグラルライザーの保有者とまるでテレパシーのように会話できるという。

 

「でも、スマートフォンのような従来の携帯電話との互換性はないんだよな? それに電子マネーによる支払いもできない。だから、そうしたいときはこれまで通り、手首に埋め込んだチップを使うんだろう?」


「そうそう! なんだ、詳しいなぁ。興味あったのかぁ?」


「ニュースで少し見ただけだよ……」


 確か、見かけたのはニュースではなく、奴が以前家に来た時に置いていった雑誌だと思うが、おれはそう取り繕った。確かに興味はあった。どんな人間が頭にチップを埋め込むのかと。こいつのような無神経な人間なのだろう。

 まったく信じがたい行為だ。今の科学力を持ってしても人間の脳はまだ解明しきれていないというのに、そこに異物を挟んで、いったいどんな影響が出るのかわかったものではない。

 しかし、スマートフォンと同じく、徐々に人々に広まっていき、いずれはグラルライザーを持たない者が少数派という状況になるのだろうか。おれはゾッとした。


「で、お前もやろうよ」


「は?」


「なあ、いいだろぉ? 今なら、おれの紹介で割引がきくからさぁ。先行者特典ってやつだよ! きっと職場でチヤホヤされるぞぉ。お前、どうせ馴染めていないんだろー。何年目だよ。はははははっ!」


「う、うるさいな……別に、普通にやってるよ」


 奴はこれまでの付き合いで、おれの職場での立ち位置というものを薄々感づいていたらしい。おれは恥ずかしくなった。奴はニヤニヤと笑い、おれの心の中を読んでいるようだった。


「ほんとかなぁ? ま、それなら、持っといたほうがいいだろう。そのうち職場でも流行り出すぞ。そうなったら、お前だけ持たないわけには行かないだろ?」


「まあ、そうかもしれないけどさ……」


 おれはしぶしぶ奴の誘いに乗ることにした。奴の紹介で安くなるというのは魅力的だし、他に誘ってくれる人はいないのだ。

 休日、行ったことのない街のビルで手術を受けた。そして、それから数日後……。


『おいっすー』


「おい、仕事中にかけてくるなよ……」


 おれは声を潜めてそう言った。同僚の何人かが、ちらとおれを見たので背筋がヒヤリとしたが、彼らはまたすぐに業務に戻った。さほど気にはしていないようだった。


『おい、無視か? あ、さてはお前、また声に出してるな? 頭の中で思うだけで会話できるのに。そう、それがグラルライザー!』


『うるさいな……かけてくるなってのに。買ったばかりのオモチャにはしゃぐ子供みたいだぞ』


『ははは! 困るなら出なきゃいいのに。お前も本当は、はしゃいでるんじゃないのか?』


 それはその通りだった。不安だった施術も一時間もかけずに終わり、入院はしなかった。髪を剃る必要もなく、傷も目立たない。方法は少し太い針の注射器のようなもので頭の中にそっと置いてくるようなものだった。そんなことで本当に大丈夫なのだろうかと思ったが、実際に通話できているのだから、科学の進歩とはすごい。


『それで、何の用だよ。ないならもう切るぞ』


『まあまあ、紹介したい人がいるんだよ。さあ、どうぞ』


『え?』


『あ、どうもー』

『こんにちはー』

『よろしくどうぞ』


『あ、あ、どうも……』


 声からして男、女、老人のようであった。全員がチップを埋め込んだ先行者で、このように同時通話も可能らしい。おれは人見知りする性質なので、少々気まずい思いだったが、しかし、仲間意識が芽生えるのにそう時間はかからなかった。


『あたし、グラルライザーのことを親に話したら泣かれちゃって』

『僕も同僚に話したらもうドン引き。ずっと変な目で見られてますよ』

『はっはっはっ! 私なんて息子から詐欺に遭っただのボケたとか、好き放題言われてますよ』


 みんな、なかなか周りから理解を得られないらしい。その点、おれは実生活に話し相手がいない分、気が楽だった。


『その点、お前は、気が楽でいいよな。友達が全然いないし!』


『え、今、声に出てた? あ、いや、違くて、友達はいるし』


『あはは、あたしも友達が少ないんですよぉ。ねえ、良かったら友達になってくださいよっ。なんて、ダメ?』


『え、いや、それは大歓迎と言うか』


『僕とも友達になってくださいよ』

『はははは、私なんてもうみんな仲間だと思ってたよ。はははは!』


『あ、ははは、よろしくお願いしま――』


「おい、ちょっと、さっきから呼んでるんだけど」


『あ、はい、先輩。あ、間違えた』


『おーっと、天然が出たよ、ははは!』

『あははは』

『ふふふっ』

『はっはっは』


『あはは……すみません、ちょっと行ってきます。ふふっ』


 仲間。おれはその響きが妙に心地良かった。



『ようやく飲み会が終わったよ。上司の奴、グラルライザーのない馬鹿のくせに、あれこれどの話題にもうんちくを垂らすから長くなるんだ』

『最低ね。そういえばまた増えたわよ。ほら、お繋ぎよ』

『こんばんはぁー』

『こんばんはー、どうもどうも、この間は助かりました。お陰でテストもうまく行ったみたいで』

『あら、それってカンニングじゃない?』

『固いこと言いっこなしですよ。先行者特典です』

『それにしても、なかなかの大所帯になりましたなぁ』

『ですね、誰が喋ってるんだかははは、わからなくなっちゃいますよ』

『誰だろうと同じですよ。我々は一つの共同体なんですから』

『そうですね』

『素敵な考えね』

『まったくですね』

『こうなると一緒に何かしてみたいなぁ』

『ああ、それならこの前』

『ちょっと、それはまだ内緒でしょ』

『ええ、なになに?』

『え、まさか』

『ちがうちがう、想像してるようなことじゃないよ』

『そう、ふふふ。もっといいこと』

『危ない香りがしますなぁ』

『ちょっとした悪戯ですよ。でももっと仲間がいたら』

『大きなことも』

『ワクワクしますね、ははははは!』

『うふふふふふ!』


 その後、次々と仲間が増え、今ではすっかり、おれもグラルライザーの虜だった。このおかげで仲間の存在を近くに感じられるのだ。たとえ、周りに人がいなくても……。





「経過はどうだ?」

「ああ、チップを頭に埋めた者同士は強い仲間意識を抱くようだ。溶け合うように思想まで似てきている。埋め込んでいない者を見下し、場合によっては敵視。その逆もしかりだ。周囲から嫌悪され、排他的な扱いを受け、より仲間内で考えが纏まってきている」


「従来の電話とは違い、オンオフの切り替えが曖昧になっているのではないか? 備わった能力。自分たちは選ばれし、進化した存在なのだと錯覚を起こしているんじゃ」

「その傾向はみられるな。我々の星でこれを導入する場合は、全員に同時に実施することにしよう」


「もう少し、様子を見る必要はあるがな」

「ああ、しかし慎重なことだ」


「当然だ。テクノロジーは慎重に扱わねば文明を破壊するからな。今回もいい実験結果が得られてよかった。それで、次の実験は?」

「抗ウイルス剤の副作用その他もろもろ。まずはウイルスをこの星全土にばらまくところからだな。来週から始めよう」

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