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草の匂い



「レヴィ。邪魔をするよ」

 低くよく響く声が雨上がりの空のしたに広がる。

 雨に打たれて艶を増した草が踏みしだかれた緑の匂いが遠からずまた降りはじめるだろう曇天のもとたちこめた。と同時に苔色の袴に青海波模様の砂色の着物を合わせた若者が縁側に足をかけた。桜貝のような爪を備えた白い素足。まろい踵のやわらかさも色めく。

 日に焼けた畳を踏みしめ白い足袋が部屋の陰影の奥から現れた。鈍色の単衣に栗梅色の帯が目に鮮やかである。総髪を肩の位置でゆるく束ねたその黒髪に縁取られた生成り色の鋭い鑿で彫り込まれたような容貌のなか、黄色味の強い瞳が苦笑するかのように微かに細められた。

「エスター。またそのようなところから。玄関からお見えになられればよろしいと常々」

「大仰なのは苦手なんだ」

 帯にかけられているごつとした手が解かれ、

「ではあちらへ」

 扇をひらめかせるかのような動作で促した。

 おや? といったふうに首をかしげる若者の高い位置で縛られた鳶色の髪がするりと揺れてさして陽に焼けてはいない後ろ首を露にする。

「いつも空いているわけではないのですよ」

 若者の肩が上下する。

「レヴィのところに客人とは珍しいね」

「昨夜」

「おや。艶っぽい話かい?」

 揶揄するような声色に、

「そうならこうしてあなたの相手をしておりませんよ」

「おや。辛辣な」

「本日はこちらでご辛抱くださいますか」

「よかろうさ」

 ふんぞり返るそのさまに無言で振り返り、青空のもと瑠璃色の露草が見事な襖をおもむろに開き促した。

「また雨が降り始めましたので、瑠璃の間がよろしかろうと」

 名の通り瑠璃色がすがしい。勧められるまま紫紺に見える絨毯に足をのせる。

「素足に心地いいね」

「それはよろしゅうございました」

 異国風が上品に溶け込む室内に感想をひとこと。座布団に腰を下ろした。

「水出しだね。美味いよ」

 供された緑茶が硝子の茶器のなかで揺れる。

 坪庭側の掃き出し窓から入るのは曇天越しの薄明かり。

「それで」

 漆塗りに螺鈿のみごとな卓を挟んだレヴィに水を向けた。

「聞きたいのですか」

 溜め息を飲み込み緑茶を飲み干す。喉仏が上下する。

「昨夜。川釣りと洒落こんでいたのですが」

「釣果は?」

「それなりに」

 差された水に律儀に返し、じろりと黄色味の勝った瞳がエスターに向けられた。

「悪かった」

「流れてきたので土左衛門かと思ったのですが。これが生きておりました」

「それで拾ったのか。お前って顔が怖い割に優しいよな」

 私のことも助けてくれたのはお前だったしなぁーーーと懐かしそうに喉の奥で忍び笑う。

「顔は関係ありませんよ。もういいですか。私の話は退屈なのでしょう」

「悪かった。続けてくれ」

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