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経緯


「ラファを、でございまするか」

 公爵のことばに確認を返すのは、この家の家令でありラファの養父でもあるオベドである。

 場所はジェレマイアの個人的な居間であり、時は彼らが死を意識して三日目の朝のこと。

 オベドが聞き返すほどに公爵のことばは意外なものであった。

 窓にかけられた白く繊細な紗の帳に季節には珍しく鋭い陽射しが琥珀へとやわらいで部屋をほのかに照らしていた。それは場の雰囲気には不釣り合いなほど穏やかなものであった。

 ジェレマイアの命でラファを養子にして早十七年になろうとしている。彼の出自を知るのはジェレマイアと彼だけであるゆえに、オベドにとって彼らのありかたを見続けることはどうしても心痛を感じずにはいられないものだった。

 裏表なくヨシュア公爵であるジェレマイアに仕えてきたという自負が彼にはある。生まれたばかりの彼の前に額突(ぬかづ)いたオベドに「これからおまえが一生を()してお仕えするかただ」と、先代の家令であった父親に命ぜられてそのふっくらと幼児らしい足を圧し戴いてから四十年近く。彼も七十の坂を越えた。公爵の信頼を得ていると自負できる。だからこそ、己がしなければならぬと、彼は幾度となく殿を諌めてきたのだ。

 しかし。強くも出られずにいた。

 ジェレマイアがひとを殺すようになった理由を知るからである。

 そうして今一つ理由があった。

 ジェレマイアはラファを苛むことができている間は凶行に及ばなくなるのだ。それはオベドにとってなによりもありがたいことであったのだ。

 オベド以外の家人(けにん)たちはただその関係を唾棄すべきものと見倣してラファを蔑む。それが殿を蔑むことが叶わぬがゆえの代替行為であることは明らかであったが、彼らはそれから目を逸らすためにも殊更卑しんだ。それはあからさまなほどで、オベドは手を(こまね)いた。

 ラファを哀れと思えど、オベドのなかではジェレマイアの方にどうしても比重が片寄る。たとえどれほどラファが傷つこうと、重傷を負うことになろうと、彼にとって大切なものは、ジェレマイアでありヨシュア公爵家であるのだ。

 ラファの余命がどれほど残されているものであろうと、重要なのはジェレマイアの病を抑えることができるものが彼だけであるという事実であった。

 ジェレマイアのあれ(・・)は、精神の病である。

 そうであるはずなのだ。

 二十年近く前まで、彼は決してあのような凶行に及ぶことはなかったのだから。生来の(さが)ではありえないのだ。

 ある時突然、あれ(・・)は発症した。

 積もった雪に細い銀の糸のような月の光が反射する幻想的な夜に、白い地面を朱に染める亡骸とその傍らに湯気のたつ血刀を手にしたジェレマイアの姿。亡骸は罪を犯した家人の某であった。その夜から定期的にジェレマイアは病に冒され続けたのである。ただ、当初は家内で済んでいたものがいつしか外へと向かっていったのだ。それは、彼がラファをつれてきてからであることをオベドは覚えている。

 ラファなのだ。

 やはり。

「殿にとってラファはそれほどまでに………」

 ラファを療養の名目で別邸に送ると決断したジェレマイアに、オベドは知らずことばにしていた。それを特に気にした体も見せることなく、

「爺。これは決定だ」

 平坦な声で彼は告げたのだ。

「冒す」はあえてこの漢字を選んでいます。

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