あなたはだあれ
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建物全体に聞こえるであろう大きな鐘の音が響いて、やっと瞬きをしてくれる。瞳孔すら開いていそうな大きな目で瞬きすらせず、恍惚とした表情で見られて、俺はもう何をどうすればいいのか、わからなかった。精神的に疲れた。
「これから全体訓練なんです。」
我に返ったように瞬きをして恍惚とした表情からニコニコとした顔に戻って言ったそんな言葉に、そうなんだ、としか返すことができなかった。そんなの知るかよ、と言いたくなったがこいつの機嫌を損ねたくないのと、会話する前に俺もいかなくちゃいけないとわかっているからそれをすることはなけなしの自制心を振り絞ってとどめた。いそいそと準備をしているのか首にかけられていたタオルを外して洗濯物であろう衣服が入っているかごにつっこむ。部屋のカギを探すその首にはごつめのシンプルなチョーカーがついていて、似合わないな、と思うのと同時に汗をかいていただろうに痒くないのだろうかと気になった。
では行きましょう、案内します。そう言って嬉しそうに先導するキュウについていく他なかった。
意外にも移動中はしゃべりかけてこないようで、あると確実にわかっているがどこにあるのか理解できない地雷を踏みたくはないのでそこは助かった。だが、今は逃れることはできても同じ部屋だからかなりの時間を一緒に過ごすことになるわけであって、考えるだけでも憂鬱であると現実逃避をしたくなる。
つきましたよ、と話しかけられて、全体訓練とやらは第一訓練室で行うものなのだなとわかった。
内開きのドアを押し開けて中に進むと、私語をしつつも整列している性別、年齢共に、とある一つの事以外に全く統一感のない人々が目に入った。ざっと目算して二百人いないくらいだろう。まだ時間ではないのかきっちりと並ばれておらず、ほとんどは近くの人と喋っていた。時折怒号や悲鳴、泣き声までもが聞こえてきて、予想はついてはいたが、本当に勇者などという名称は名ばかりであるのだなと実感する。こんなにも猥雑で無秩序でともすれば人を救う気などかけらもないような人々が勇者と対外的に言われているとは、世も末である。まあ、俺に勇者という名を背負う気は全くもってないのだから別に構わないのだが、何というかそれにしてもこの惨状はいったいどうしたことなのだろう。監視役であろう政府の役人達も全く咎める様子も仕切る様子もない。キュウは既存の列に並ぶ素振りすら見せずに、政府の役人に近い前あたりに、俺の手首を握って話しかけることはせずに待機していた。
五分くらいたったであろうか、そうすると時間になったのだろう、役人が時計を見て何やら機械を取り出していく。一番近くにいた役人にキュウが、俺を指さしながら話しかける。
「僕の同じ部屋の今日入ってきた人です。バーコードを貰いに開発室に行きますね。僕も付き添いで行って来ます。」
「では新しく来た方は貰ったその場でデータを取ってください。」
取り出した機械をキュウがつけているチョーカーにかざして、淡々と言った。明らかにさぼりであろう発言も咎めることをせずに。
じゃあ行きましょう、と手首をつかまれたままに、列に並んでいる人々の首についたチョーカーに機械をかざす作業を進めていく、という異様な光景を横目に訓練室を出ていった。
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訓練室に行く時とは打って変わってベラベラと喋ってくるが、俺はそれにぼんやりと相槌を打つだけだった。気もそぞろなのがキュウもわかったのか、ねえ、と少し強めの語調で呼びかけられた。
「気にすることないよ。このチョーカーは、確かに僕たちを管理するものだけれど。」
僕らは、あいつらは、支配されて当然なんだから。
酷く冷たい声で呟いたその言葉をごまかすように、まあ僕を管理するのが君だったら言うことは何もないんだけどね、と声を張り上げて茶化してくる。
「別に、無理しなくてもいいよ。」
「え?」
小首をかしげてきょとんとしているから、無理しているように見えたから、と言葉を重ねる。それに頷くと、一層笑み崩れてお礼を言われた。こいつはちょっと気持ち悪いけど、でもだからといって暗い顔をして欲しいわけではないから。
開発室、と書かれたプレートがかけられているその部屋には、そのプレートよりも大きな看板が目立つように私語厳禁、立入禁止、とでかでかと書かれていて、入室することを戸惑わせた。そんな俺の気持ちをよそに、むしろ乱雑とも言えるキュウの手つきで扉は開かれた。幸いにして蝶番などは錆びてはいないようで大きな音もきしんだ耳障りな音を立てることもなく終わったがそれを喜ぶこともなく舌打ちを今にもしかねない機嫌の悪さで入っていくキュウに、こいつは情緒不安定なのだろうかと若干の不安がよぎる。今までの言動を振り返って今更だな、とあきらめが入った。
中にはごちゃごちゃとした良く分からない大量の器具と、それをいじる一人の男性がいた。その男性は年齢不詳で、見た目は下手したら十代後半にも見えてしまうほど若く、しかしその落ち着いた雰囲気と大きな部屋を一人で使っていることから感じられる地位のありそうな立場が老成しているようにも見えて、本当に何歳なのか予想もつかなかった。
サクサクとチョーカーもどきをつける作業は進んでいき、面倒くさくない、と若干上がる俺の機嫌とは裏腹に部屋に入る時から底辺を這う機嫌の悪さでその作業を眺めていたキュウは、いよいよチョーカーを取り付ける、となったタイミングでストップをかけた。
「ねえ、本当につけるの、それ。」
「そのためにわざわざ来たのに、何言ってんだ。」
そう発言した俺を横目で見て、なあ、と顔をしかめて発現する。
「なあ、本当につけさせるのか、お前が。」
「何を。言っている。規則だ。」
俺たちの問答を無視してチョーカーをスタンバっていた男の人はそう発言すると、タイムラグなくつけてきた。首につけるので顔が近くになり、目がきれいな青色なのだなと、若干呆けた。
今にも唾を吐きかねない形相で男性をにらみつけると、しかし一転して笑顔になり、お昼まで何もすることはないので行きましょうか、と手をつかまれる。
「行きましょう、アイラ。」
ずんずんと進んでいくキュウに若干引きずられていた俺は、その声を聴くことはなかった。
「お前。その名前を。何処で。」
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