おめでとうございます、あなたが勇者です。世界を頑張って救ってくださいね。
是非とも読んでください。少しでも楽しんでくださるとありがたいです。
おめでとうございます、あなたが選ばれました。そう踊る白抜きの文字が俺をあざけっているように感じた。
今日、学校の道徳の授業で、生きる理由を考えてみなさいと言われた。クラスの優等生は他者を救うためだと答え、お調子者は生きているからだととぼけ、目立ちたがり屋は生物としての本能だと大声で言い放ち、いく人かは眠っているか、内職を隠すこともせずにしていた。
教師はこの答えに正解はないのだと、各自が思うものが各自の正解なのだとほざいた。正解はないのだと言ったその口で正解を説くのはなぜだろう、などとくだらないことをつい考えてしまう。暇だからそんなことを考えてしまうのだろうか。そんなこと、給料をもらうために以外にないというのに。薄っぺらなその正解とやらに、果たしてどれだけの価値があるのだろうか。そして教えられた生きる理由を胸に生きてみても、どうせ何も変わりはしないのだ。自分は有意義に人生を生きているのだと錯覚して少しの自己顕示欲が満たされるだけだ。有意義に生きる、だなんて生きるという行為に価値を見いだそうとする時点で不毛だ。こう語っていると、ではそうだとしたら、お前の生きる理由は何なのだと聞かれることだろう。もしも教師に発表をせよと当てられたら俺はこう主張していた。強いて言えば、死ぬ理由がないからだと。
そんな風に、生きることに消極的だったからだろうか。罰当たりな考えを持っていたからか。生きるということに日々感謝を捧げ、生きるという行為にありがたみを感じ取り感涙に咽び泣き五体投地をしないからか。死ぬ理由を、毎日飽きもせずに無意識的に探していたからか。だからであろうか。家に帰ると、ポストには青紙が届いていた。夢じゃないことを確かめるために何回か見直し、それでもなお消えぬそれに現実なのだと突きつけられて天を仰ぐ。空に白い雲に生える青い幾何学模様を睨み付けて、ため息をついた。現実逃避をするための今日の受けた授業の回想を止める。このまま続けようと思えば際限なく続くが、そうもいかない。もう一度ため息をついて家のドアに鍵を差し込んだ。
家の中に入り、あきらめ悪く、いや、自分の思っているものではないかもしれないと自分に言い聞かせながらもう一度封筒を開ける。太陽に透かして見てもこすっても、火であぶっても、水につけても、その一文は変わらずにそこにあった。いっそのこと見なかったことにしようか、とびちゃびちゃに濡れた紙をつまみ上げる。これでボロボロになってしまって読めません、という事態になっていたら現実逃避を続けることができるのに、無駄に頑丈なこの紙は乾かせばこのまま使えそうですらある。何でこんなに頑丈なんだよ、と愚痴をこぼす。
どんなに文句を言い聞かせても、この届けられた紙は青紙で間違いないようだった。
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青紙とは、勇者に選ばれたことを知らせる手紙だ。この手紙が届いたら勇者としての責務を果たさなければならない。届けられた次の日に、政府によって連れていかれてしまうのだ。では勇者としての責務とは何なのかというと、それはもちろん、戦いである。戦闘である。戦争である。
結界の外にいる、モンスターとの。
人類はモンスターが入ってこられない結界の中で暮らし、結界の外では勇者に選ばれた人々が戦う。勇者に選ばれるのは人類の中でも強い能力を持つ者なのだともっぱらの噂だ。勇者に選ばれたことは青紙が届くことで知らせ、拒否することは許されていない。そして、勇者に選ばれて結界の中に帰ってきた人もいない。つまりは、まあ、死んでいるのだろう。モンスターとの戦闘で。
何の訓練も受けていない一般人から徴兵するからそうなるのだ。せめて戦闘を職業としてそれ用の訓練でも受けさせればいいのに。それかモンスターが結界の中に入れなのであれば放置すればいいのに。これでは無駄死にだ。人口を減らしたいのだろうか。でも、そんなことをしなくてもただでさえ生まれてくる子供が年々減少していっているとニュースになっているのに。政府は人類を殺したいのだろうか。
まあ、とにかく何が言いたいのかというと。青紙が届く、それすなわち処刑宣告、余命宣告と同じ事であるということ。生きる理由もないが、わざわざ死にいく理由もない。
だってあんまりじゃないか。いったい俺が何をしたって言うのだ。いや、別に死んでもいい。死んでもいいが、無駄死には流石に勘弁してと、俺のまともであろう神経が訴えるのだ。まあ、ここでぐちぐちと訴えても何にもできはしないが。
「ラーメンでも食いに行くか。」
最後の晩餐なんて、そんなものだろう。
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