あなたを愛したいのです
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ビー、ビー、と鳴る警戒音がうるさいのでスイッチを切る。
音が出ないように設定をし直してプログラムを見直す。建物すら揺らさんとばかりに、もはや音ではなく振動であると判断したくなるようなそれに、俺はこんなにうるさいアラートに設定しただろうかとため息をついた。いずれ乗っ取られる、というか暴動が起きることはわかりきっていたのだから、こんな鼓膜が破れるほどの音量にしなくてもよかったはずなのに。感情を煽るために相手方にも聴こえるようなアラートである必要はあったかもしれないが、確実にここまでせずともよかっただろう。
そうやってプログラムを見直していると、随分と昔に設定したアラートが発動していることがわかった。それを見て、血の気が引いていくのがわかる。
これまでたまりにたまったストレスが行き場を求めて、目先の自由を掴み取ろうとしてくるのはわかっていた。限界ギリギリにまで入れられていた水が入ったコップと一緒だ。あふれだすのはわかっていた。放っておいて問題なかった。自らの首を絞めに行く馬鹿どもに、俺が配慮する義理はなかった。いや、アイラには義理があるのだが。もう、愚かな人類を救ってやるつもりもなくなってしまっていた。
だから何もしていなかった。この暴動に対して抵抗するつもりもなかった。
だから何も警戒なんかしちゃいなかった。
なのに、それなのに。このどさくさに何やらこそこそと動く人物が一人。おいおいおい。冗談じゃないぞ。その黒い影が地下室に向かっているのを見て、慌てて駆け出す。全く運動をしてこなかったからか、急いでも小走りで進むのが精一杯で、五秒もしないうちに息切れする。情けない。今更何かしてもどうにもならないし、どうにもできないとは思うが。そこにいてほしくなかった。それに触れないでいてほしかった。自己満足でも、きれいなままであってほしかった。だって、そこには。
願いも虚しく、はたして杞憂はあっていた。開けられていて欲しくない扉が開け放たれていた。外れていてほしかった嫌な予感が当たってしまっていた。
部屋の中には、棺桶があった。
そこで、眠るアイラがいた。
結界を生成する要として。
アイラが入れられている棺桶の横に立って、アイラを殺した奴隷は待っていた。すでに何か仕掛けられているかもしれないが、彼女の死体を辱めるような行為はしていないはずであると思いたい。アイラが好きであってアイラを好きであった彼に、そうされるのはアイラがつらいだろうから。いや、本当はわかっているのだ。アイラを殺したのだから死体に何かをするだなんてできてしまうのだろうということは。でも、それでも。彼女が穢れてほしくはなかった。
「アイラに。何もしていないよな。」
そう問いかけると、途端に奴隷がこちらを蔑んだように見る。
「お前が言うな。お前こそ、アイラ様の死体をいじくって結界を作りやがって。」
言ったよなあ、僕、お人形遊びは楽しかったかってよお。
そうすごんでくる奴隷に、もはや何も言うことはできなかった。言われている通りだからだ。アイラの指示だから、という言い訳は、生きることに疲れて積極的に人類を生かそうとしなくなったあの時から、口にする資格はないのだから。
人類が守られるように展開されている結界は、アイラの死体を利用して張られている。
アイラの遺書に書かれていたことである。その結界で、人類を守護して欲しいと、それがせめてもの人類への償いであると、そう書かれていた。
でも、俺はそんなことやりたくなかった。そんなことしたくなかった。
死んでもなお人類を救うために犠牲となる彼女を見ていられなかった。だから地下室にしまい込んでいた。誰にも見てほしくなかった。俺は見たくなかった。
「ずううっと探してた。」
「こんなところに閉じ込められて。ほこりも積もってしまっているし、ここができてからも、あんたろくにこの部屋に来ていないだろう。」
「大切にしていなかったんだね。本当はどうでもよかったの?いや、違うか。怖かったんだね。ねえ、そうでしょ。」
「誰だって、自分の罪が形になってしまっているのを直視するのは怖いものね。」
「認めたくなかったんでしょう。わかりたくなかったんでしょう。アイラ様の犠牲を。」
「死んでからも人類のためなんかに利用されて。かわいそうだとは思わないの。解放してあげたいとは思わないの。」
「彼女を犠牲にしてまで生きる価値が、はたして人類にあると、本気で思ってるの。」
「一人が支えて生きている、そんなもろい世界なら、別に滅んでもよくないですか。」
「それともアイラ様は、必要な犠牲だったとでも言うおつもりですか。そうじゃないでしょ。」
「それは違うでしょ。あなただってそうわかっているから、こんな風に見えないところにアイラ様をしまっていたんだ。」
「いっそ、壊れてしまえとは思わないんですか。それともアイラ様のことを言い訳にしますか。まあ、あんたはそれができないからこんな中途半端なことになるのだろうけど。」
「この世界が憎いとは思わないんですか。彼女を犠牲にして成り立っている、この世界が。」
「アイラ様がずっと犠牲になり続けるだなんておかしいとは思わないのか。」
思うよ。
彼の言う言葉一つ一つが刺さる。そうだね、その通りだと全面的に肯定したかった。でもそれはできなかった。それをしたらお終いであるからだ。人間として。アイラに人類を託された身として。
人類は滅べばいいとは思っているが。
滅ぼそうと思ったのなら、アイラに顔向けができないのだ。もう、すでに色々と遅いかもしれないが。
そう思って、さて、どうやって説得をしたらそこをのいてくれるのかなと考え始めた時だった。
ガチャンと何かがぶつかって音を立てて、開いていたドアの隙間から、若葉色が覗く。
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