あなたに救われました
読んでくださるとありがたいです。
十数年絶望のさなかでさまよう中、女神とであった。その女神の名前は、アイラ様と言った。
端的に言うと、僕はアイラ様に買われた。
生きるということがどうでもよくて。何で生きているのかわからなくて。かと言って死ぬのも納得がいかなくて。気がつけばずるずると奴隷として生きて、十数年経っていた。生きることに積極的になれなくて、死ぬことに抵抗はなくて。そんな僕は、よく反抗的だと折檻された。それでも態度は変わらないので、少しすると主人の方が諦める。そして使えない、せっかく金を払ったのに、と文句を言ってまた別の奴に売りつける。文句を言われる割に、何故だか殺されることはなかった。
もう何回目かはわからないが奴隷商人が商品として店頭に鎖で繋いでくる。道から覗き込んでくる町の人は、僕を視界に入れるとみすぼらしいと顔をしかめてしまうのでなかなか買われない。そうやって何日かすぎた後に、聖女様がこの町にくる、という噂が聞こえ始めた。僕たち奴隷はボタン一つで爆発する首輪があるので逃げることはかなわないからなのか町の人たちと隔てるのは簡素な格子だけだ。そのおかげでしゃべり声が良く聞える。
聖女様が怪我を癒したらしくて。聖女様が町を救ったらしくて。聖女様は世界を救おうとしてくださっているみたいで。聖女様は笑顔がきれいで。聖女様は助けを求めたら応じてくれるみたいで。聖女様は。聖女様が。聖女様は。聖女様。聖女様聖女聖女聖女。
うるせえ。
じゃあ助けてって言ったら奴隷の身分から解放してくれるのかよ。救ってって言ったら首輪を外してくれるのかよ。そうじゃねえだろ。そんなことはしねえだろ。自分のできる範囲で自分の自己満足で、助けられて感謝するうわべだけを掬って人を救った気になって悦に浸っている偽善者だろ。行動力のある偽善者ほど厄介なものはない。どうせなら僕の視界に入らないほかのところでやってくれないかなあ。これで文句を言ってそれを真に受けた聖女様とやらが僕を買って、首輪を外して、これで救ったとか言って放り出したら最悪だ。お金もない、衣食住もない、そんな中で放り出されてもすぐに野垂れ死んで終わりなのに。滑稽だなあ。僕自身じゃなくてほかの人でやってくれないかなあ。笑えるから。笑ってやるから。
町中の人がうるさく騒いでいて、それで聖女様とやらが来たことを知った。僕のあずかり知らぬところで勝手にやってくれよ、と祈っているとその願いはどうやらかなわなかったみたいで町についた翌日に、ひょっこりと顔を出した。
奴隷商人のとこに顔を出して、いったい何の用鼻で笑ってしまった。奴隷を買って放逐をするのか、それとも聖女様とやらがペテン師のあほでただ本当に奴隷を買いに来たのか。どちらにしろ奴隷商人のところに来た時点で間違っている。社会の仕組みや犠牲が理解できぬほどの頭の弱い女なら、本当の意味で人を救うことなどどうせできはしないのだ。人々はこいつに騙されてるのだなあ、と。どうせこんなもんだろう、と。かわいそうに、と。密かに嘲笑していた。ら、爆弾を落とされた。いや、爆弾のように衝撃的な発言をした。
「ここにいる人を全員買わせてください。」
おいおいおい。冗談じゃない。これは本当に放逐されるパターンか?
わっ、とその場が盛り上がった。歓声をあげたりうれし泣きをしていたりして、奴隷になる経験をしたのにこいつらは脳みそお花畑なのかよ、と呆れた。まあいいや。どうせ最悪の事態になっても死ぬだけだろ。
順繰りに格子の区切りから出されている光景に、どこからその金は出てきているのだと、後ろ暗いことでもしているのかとにらんでいると、どうやら一人一人の名前を聞いて、一人ずつ自己紹介をしているようだった。
「名前は?」
僕の番が来てそう聞かれて、困らせたくなったから名前なんてものはないと答えた。
じゃあキュウね、と間髪入れずに答えられて嘲笑交じりに僕が九番目だからか、と聞く。
きょとんと目を瞬かせるこいつにいらついた。
「僕が格子から九番目に出されただろう。だからか?」
「そんなのよく数えてたね。違うよ。この前吸血鬼の絵本を読み聞かせすることがあってね、そのイラストの吸血鬼に似ていたから。吸血鬼のキュウ。安直すぎた?吸血鬼嫌いだった?」
僕の眉間にしわが寄っているのを見て、自己完結して焦っている。あわあわとしている聖女様に、途端にどうでもよくなってキュウでいいよ、と告げる。
「私はアイラ。」
にっこりと笑う彼女を見て、このまま放り出されることはないかな、と珍しく楽観的に物事を見た。
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アイラ様にほだされたのはいつだっただろうか。
アイラ様の家に連れていかれて身ぎれいにされて腹いっぱいにご飯を食べて、首輪を外されて給料は出ないが衣食住は保証するから労働力として雇わせてくれと言ったときだろうか。
どんな反応をしても仕方ないなあと言わんばかりに笑いかけられていると気づいたときだろうか。
前世の記憶があると言って、前世では笑えていたのかと真面目な顔で言われたときか。
本当に、ただこいつは世界を救おうとしているだけなのだとようやく気が付いたときだろうか。
まあつまり、恋に落ちてしまったのだ。
奴隷として仕えて三年。自覚して二年。募りに募ったこの思いをしかし、僕は告げるつもりはなかった。穏やかな思い出として終わるはずだった。
だからこそ、アイラ様が駆け寄っていく男に嫉妬した。アイラ様は僕には駈け寄らない。気づいたら手を振って寄ってきてくれるのだ。ただし、歩いて。もちろん、アイラ様の方から来てくれることに喜びを感じるし、駆け寄ってきて欲しいだなんて不敬である。最初の態度を思えば、嫌われていないだけ御の字である。今思うと嫌われてもしかたがないというか、むしろよく嫌われなかったなというか。まあ、そんな彼女だからこそ好きになったのだが。アイラ様は、知り合いになら自分が近づいていくのを見てきたのだ。自分がアイラ様にとって他の人と大差ないということはわかっている。でも、そんな中で走って迎えに行くのは、この三年間で一度も見たことがなかった。だからこそまだ我慢が効いたのだが。態度でこいつが特別なのだと表されて我慢ならなかった。
白く長い髪は白髪なのか地毛なのか。とりあえず長くてだらしないから減点。よく見たらかなり髪がぼさぼさで、ろくに髪を解いていないとみた。減点。あっ、こいつ、今アイラ様に手を握られた、減点!服装はセンスは微妙、着こなしが、というかきちんと着ていない。減点。えっ、アイラ様に選んでいただいた服?だったらなおさらちゃんと着ろよ、減点!
「あっ、キュウ。」
呼ばれたので返事をする。もちろんにこやかに、だ。険しい顔をしてそれがアイラ様にだと勘違いされたらたまらない。
「はい、何でしょうかアイラ様。」
「この人ね、私の幼馴染というか。オズヴァルトっていうの。」
「オズって呼ばれています。」
あだ名呼びでマウントか?こっちは命名されてんだよ。興味がないようにこちらを見ているくせにアイラ様に近づく奴は無条件に気に食わないのか顔をしかめている。
不本意ながら、この瞬間に思ったことは一緒であっただろう。
こいつとは絶対に仲良くできない、と。
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